![[書評コラム]日本料理文化史(熊倉功夫)](/files/cache/3e0b093f6060cedd027d44c86803c400_f3042.jpg)
食の書評コラム
[書評コラム]日本料理文化史(熊倉功夫)
食や料理に関心の高い皆さんへ届けたい書評コラム[BookClip]。今回は懐石料理の誕生とその後の展開を踏まえながら、日本料理の文化をたどる『日本料理文化史(熊倉功夫著、講談社学術文庫)』です。
本書の概要
「日本料理文化史」は、本書の主なテーマである懐石料理の誕生とその後の展開を中心に、その前提になる「懐石料理以前」の歴史を振り返りながら、日本料理文化史における懐石料理の位置づけが整理された一冊(2002年に原本が人文書院より刊行、2020年7月に講談社学術文庫より刊行)。
懐石料理とは何か、日本料理とは何か
日本の歴史学者の熊倉功夫氏が膨大な資料をもとに紐解いてくれる本書は、茶道から生まれた”懐石”というスタイルが、どのように日本料理の伝統を形づくったのかを全312ページにわたって教えてくれる。
本書の目次
唐菓子と柏餅―序にかえて
第一部 懐石誕生
懐石の誕生
近世公家の懐石
千家茶会記にみる懐石
茶書にみる懐石の心得
第二部 懐石以前
大饗料理
本膳料理
精進料理
食の作法
第三部 料理文化の背景
中世の食文化点描―大工・荘園・都市
日本の食事文化における外来の食
熊倉氏は、懐石の誕生は日本料理文化史における革命とも呼べる意義のあるもので、長い時間をかけて様式を整え洗練されてきたと記載している。そして懐石誕生からの変遷が大きな刺激を与えつづけ、日本料理の本流となったと続く。そのような懐石の変遷を明瞭に伝えるためか、「近世公家の懐石」「千家茶会記にみる懐石」「1650年前後の懐石」「1690年前後の懐石」「1730年代の懐石」「1760年代及び1800年代の懐石」「1830年代の懐石」と公家や茶家、そして年代ごとに区分して紹介しているところが興味深い。
また、タイトルにも使われている「日本料理」という文化の始まりや定義に関する記載も多く確認でき、日本料理全体への理解を深めるにも魅力的な一冊だと言えそうだ。
日本の料理文化を考えるときに、いつも考えておかねばならぬのが、この外来文化の要素である。最も「日本的」であるはずの神社の御饌(しんせん※ )のなかに、古代の中国文化がはっきりと残されていることも明らかなように、日本の料理文化は、外来的要素と自制的な要素が今となっては腑分けしがたいように渾然一体と、まじりあってできあがっているのである。いいかえれば、日本料理というときの「日本」とは何か、あまり厳密には線引きできていない。ということになろう。(唐菓子と柏餅ー序にかえて)
※神様に献上する食事
照葉樹林文化を基層にした
日本の料理文化の道すじ
ジャック・アタリ著の「食の歴史」(プレジデント社)は、全世界を対象範囲として食の歴史を紀元前から教示してくれたが、今回の日本料理文化史は、懐石料理を中心にし日本料理文化の発展を示してくれるもののようだ。素人の私では決して一度の読了で全て理解に至ることができなかったが、懐石料理がこれほどまで年代ごとに発展し、さまざまな人から愛された背景を断片的でも理解することができた。また、個人的にもっと深く学びたいと思ったところは、下記、日本の食文化に関する記述。
同様に朝鮮半島と日本の食文化の共通性も限りなくある。そもそも共通する文化圏にあるこれらの地域の食文化は、外来が自生、その原型はどこか(一部簡略)、いずれにしても東アジアを覆う照葉樹林文化の産物に違いないからである。
(一部省略)照葉樹林文化を基層とし、歴史的にさまざまなの段階で異文化を受容するなかで日本の料理文化は展開している。こうした事実を前提として、なおかつ、日本料理文化の自律的展開の道すじはどんなものであったかを問う
照葉樹林文化(※) を前提に置かれた日本料理の文化史の考察として新しい気づきをもらえた。
※ヒマラヤから東南アジア北部山地,雲南・貴州から江南を経て西日本にいたる常緑広葉樹林帯に共通してみられる文化複合。 この樹林帯はカシ,シイ,ツバキなどの照葉樹から成っているためこの名がある。 中尾佐助が提唱し,上山春平,佐々木高明らが発展させた。
日本で定着する食品やメニューとは
本書の主たるテーマの懐石の歴史から少し反れる第三部「料理文化の背景」も学びが多い。
(一部省略)その結果、欧米との比較よりも、まず東アジアの枠で食文化の比較を試みる必要があることが明らかになった。何が東アジア的であり、何が日本的なを明らかにすることで、「日本の食の原型」というテーマに近づくことができるでろう。
外食の食が日本に定着してきたといいながら、そこにはいくつかの段階があった。まず第一に日本が外来の食を、かなりランダムに受容した段階。いつ何を受容したか、というのが第一の段階。第二に需要したもの、すべてが定着したわけではなく、受容はしたが定着したものも少なくない。ここには選択のスクリーンが機能している。つまり、日本独自の選択の段階があって、そこをくづりぬけたものが日本化の道を歩みはじめる。これが第二段階。
現代のフードシーンでどんなに世界の国々との距離が縮まっても、日本で定着するものとしないものが存在する。また、メニューや食品そのものが日本ではなくても日本の中でローカライズ・定着化するものも少なくない。その違いを整理するのに役立ちそうな視点を、この本書から見つけることもできそうだ。
食文化の本を読むと、いつもの食やビジネスに関する書籍とは違う視点で食品を向き合うことができ、とても心が落ち着く。脳が心が喜んでいるような感覚を覚えるのは、きっと私だけではないだろう。ぜひ、懐石の歴史を辿る旅を楽しんでほしい。
[著者]熊倉功夫
1943年東京生まれ。東京教育大学文学部史学科卒業。日本文化史専攻。文学博士。京都大学人文科学研究所講師,筑波大学教授,国立民族学博物館民族文化研究部教授を経て、現在はMIHO MUSEUM館長、ふじのくに茶の都ミュージアム館長、国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、静岡文化芸術大学名誉教授。『茶の湯の歴史 千利休まで』(朝日新聞社)『後水尾天皇』(岩波書店同時代ライブラリー)『日本文化のゆくえ』(淡交社)など著書多数。
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著者情報

- 渥美まいこ
- FoodClip編集長。ストラテジックプランナーを経て現職、好きな料理はベトナム料理。
https://note.com/atsumimaiko
https://twitter.com/atsumi_maiko