
非食品
食の未来を担う若手イノベーター「50 Next」発表
2021年4月「世界のベストレストラン50」が、35歳以下という条件のもと、ユニークな方法で食にアプローチしている世界6大陸の若手イノベーターたちを「50 Next」として選出しました。その中でも特に興味深いメンバー6人を取り上げ、食領域でアクションし続ける彼らの視点や取り組みについて紹介します。
選考のルールと背景
レストランやシェフを対象としたリストやアワードを展開する「世界のベストレストラン50」は、次世代の食を担う若手リーダーたちを祝い勇気づけ、つなげ合うことを目的に、35歳以下のリーダー選出リストとして「50 Next」を発表しました。
「50 Next」は、食に関する幅広い分野を7つのカテゴリーに分類し、6大陸34カ国から年齢20〜35歳の男女43人を選出、彼らの革新的で新しい取り組みを支援し、世界に知らせたいと考えているのです。
自薦・他薦による応募のほか、アカデミーパートナーであり世界的にも有名なバスク料理センターの専門家チームのスカウトも合わせ、約700人の候補者の中から選出された若手リーダーたちは、生産者や教育者、技術者、社会活動家など多岐にわたっており、食や食文化に関する総合領域(ガストロノミー界)を積極的に盛り上げ、食の未来を変えるような取り組みをおこなっています。
本来であれば、にぎやかなイベントとともにおこなわれるべき選出者の発表ですが、コロナ禍の2021年においては、渡航制限やソーシャルディスタンスのために皆が集まることができず、オンライン上でおこなわれましたが、「世界のベストレストラン50」コンテンツ・ディレクターのウィリアム・ドリュー氏は、コメントで次のように語りました。
「美食の世界が、パンデミックの壊滅的な状況から回復を遂げようと次の段階を見据えている今、彼らを紹介するのにこれほど良いタイミングはありません。食の未来を語るために必要なことは全てここにあります。美食の明るい未来のために戦う人々を育てること、そしてそのためのプラットフォームを提供することを誓います。」
【50 Next 7つの選出カテゴリー】
- 生産者部門
- テクノロジー部門
- 教育者部門
- クリエイティブ部門
- サイエンス部門
- ホスピタリティ部門
- 社会活動家部門
選出者43人のなかから、特に興味深い6人を下記に紹介します。
おいしさを追求する
プラントベース食品の起業家
【テクノロジー部門】
マティアス・マチュニック/Matias Muchnick
アメリカ・ニューヨーク[チリ出身] 32歳
動物性たんぱく質の代替えとして注目されるプラントベース食品の課題はおいしさ、“味”でした。アメリカでは有名シェフが経営するレストランで、メニューを完全なビーガン食に変更する事例が増えてきています。例えば、世界のベストレストランでトップとなった「イレブンマディソンパーク」のダニエル・ハムや、「シングルスレッド」のコノートン夫妻が良い例です。
マティアス・マチュニックは、この分野の成長が新の成功の鍵であると考えています。プラントベース食品のおいしさが重要となるのです。彼のプラントベース食品は、香り、食感、そして最重要ポイントである味において、動物性に劣らないよう作られており、彼の会社である「NotCo」は食品業界をプラントベース食品で改革することを目標としています。
アマゾンのジェフ・ベゾスも投資しているマティアスの商品を近くのお店で見かける日もそう遠くないでしょう。
飲料部門に新しいカテゴリーを蒸留した
アップサイクルの伝道師
【テクノロジー部門】
ジョナサン・エン/Jonathan Ng
シンガポール 30歳
ジョナサン・エンとチームメンバーは、豆腐を作る際の副産物である大豆ホエイを使って作られる世界初のアルコール「Sachi」を開発しました。活用されていなかった食の副産物に着目した結果です。
「Sachi」は日本酒のような味わいで、低いアルコール含有量とフルーティーな香りが特徴です。また、「Sachi」のフレーバー違いのノンアルコール飲料なども開発しています。
ジョナサンと彼の所属する「SinFooTech」は、捨てられる運命にあったものに価値を与えるアップサイクルの方法で食の未来にインパクトを与えています。
スパイス貿易の脱植民地化に取り組む
インド人チェンジメーカー
【クリエイティブ部門】
サナ・ジャヴァリ・カドリ/Sana Javeri Kaori
アメリカ・オークランド[インド出身] 27歳
サナ・ジャヴァリ・カドリは、2012年に生まれ故郷のムンバイからカリフォルニアへ移住し、アメリカで手に入るスパイスの質の低さと、実際にはインドのスパイス農家が販売額の1%も受け取っていないという事実に気づきました。
2017年に設立された彼女の会社「Diaspora Co.」は、現在きれいにパッケージされた唐辛子、ターメリック、クミン、そしてトートバックまでをオンラインで販売しています。
サナと仲間たちはインド各地のスパイス農家と直接やり取りをし、現在市場に出回っている他の商品とは比べ物にならない、シングルオリジンで在来種のスパイスに公正な仕入れ価格を支払っています。”メイドイン・インディア”は多くの場合、多すぎる肥料、農家の自殺、そして労働者の虐待を意味するものとなっている、と彼女は語ります。
コロナ禍においても「Diaspora Co. 」は工夫を重ね、パートナー農家の4つにしっかりとした健康保険の資金を準備しました。彼女は脱植民地化以外にも、あらゆる形の公平性を推奨しています。同性愛者の有色女性として、彼女は世界中の若い起業家をインスパイアし続けています。
お菓子をファッションに変えた
日本のケーキクイーン
【クリエイティブ部門】
庄司 夏子/Natsuko Shoji
日本・東京 31歳
東京生まれ、東京育ちの庄司夏子は、高校の課題でシュークリームを作ったことをきっかけにお菓子作りに興味を持ちました。その後、東京の有名フレンチ「florilege フロリレージュ 」で経験を積み、2014年には「été エテ」というタルト店をオープン。ルイヴィトンやシャネルといったハイブランドにインスパイアされた、オートクチュールのケーキを作り始めました。
マンゴーやいちごなど日本産の季節の果物を使ったケーキは、デビッド・ベッカムやレネ・レゼピといったセレブリティたちが顧客となったことでも一躍有名となりました。また、6席しかない彼女の招待制のレストランも大変な人気となっています。
男性が圧倒的に優位な日本の美食の世界において、彼女の存在は若い女性へのインスピレーションとなっており、彼女自身もこの業界を希望する若い女性を勇気づけたいと願っています。真の成功はキッチンでの努力から生まれるということを強調し続け、2020年にアジアのベストペストリーシェフに選ばれました。
エコな化学で干ばつと闘う
南アフリカ人化学者
【サイエンス部門】
キアラ・ナーギン/Kiara Nirghin
アメリカ・スタンフォード[南アフリカ出身] 21歳
サイエンス分野では、ほんの小さなことが大きな発明のきっかけとなることがよくあります。キアラ・ナーギンの場合は、姪のオムツを変えているのを見たのが“エウレカ”の瞬間でした。大量の液体を吸収するポリマーに魅了されたキアラは、干ばつに見舞われた故郷、南アフリカのためにこの力を使うことを思いつき、在籍していたスタンフォード大学にて超吸収性のポリマー「SAPs」の研究を進めました。
彼女は「SAPs」を降雨の前に使うことで大地に水の層を作り出し、干ばつとなっても作物に水を供給できると考えたのです。また、これまで「SAPs」が使われてこなかった理由は、生物分解されないからだという事実も明らかにしました。彼女はその後1年以内に、オレンジの皮に「SAPs」と同じような性質があること、さらに食品廃棄物であるアボカドの皮から取れる油分は、生物分解されてポリマーに使用できるということを発見したのです。
2021年には、世界的な農業企業と協力して商品の販売を開始。それは保水に関しての革命的な商品で、干ばつの間も作物を維持し食料の安全性を高めることになりました。彼女が開発した分解される「SAPs」は、世界を何百年も悩ませてきた問題を解決しつつあります。
イノベーションに挑戦し
旅を続けるチリ人シェフ
【ホスピタリティ部門】
ディエゴ・プラド/Diego Prado
デンマーク・コペンハーゲン[チリ出身] 35歳
「加水分解された蚕のシルクはいかがですか?」科学と美食の境界線を混ぜ合わせていくのがデンマーク・コペンハーゲンにあるレスラン「アルケミスト」のシェフ、ディエゴ・プラドの仕事です。
世界でもっとも実験的なレストランのR&D責任者として、このチリ人シェフはキッチンであまり使われないもの、例えば蝶々や蛾、毒のある植物、種、貝殻などをリサーチし挑戦しています。
彼のスタジオ「Prado Taller」では、2014年から食品廃棄物へのイノベーションにも取り組んでいます。また、スペインのサンセバスチャンにはR&Dのキッチンラボ「BCulinaryLab」を設立し、ガストロノミー界に新しい知識を生み出すことを目標としています。
その他の受賞者詳細はこちら
▶ https://www.theworlds50best.com/50next/list/the-list
この記事が気に入ったらフォロー
ニュースレター登録で最新情報をお届けします!
著者情報

- 稲垣陽子
- 大阪にある外国人向け和食教室Osaka Kitchen代表。翻訳家。外大から普通の会社員を経て外国人に和食を語る仕事へ。近年は発酵への愛が止まらず、アジアを含む味噌の文化に夢中。赤味噌エリア出身。