[発見。ニッポン食文化見聞録]浜松ソース木桶仕込み

[発見。ニッポン食文化見聞録]浜松ソース木桶仕込み

その土地土地において伝統的に培われた「本場」の製法で、地域特有の食材などの厳選原料を用いて「本物」の味を作り続ける人々がいます。そんな製造者たちによって作られる「原料」や「製法」にこだわった伝統食品を通して、日本各地の豊かな食文化を探っていく連載。
第3回目は、浜松のソースを紹介します。

日本におけるソースの歴史

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日本にソースなるものが初めて入ってきたのは、江戸時代末期。だが、この液体調味料が広まることはなかった。一方で、日本産の醤油は中国醤油よりも高品質だと知られ、アジアのヨーロッパ占領地やオランダに輸出されていた。ソイソースと名づけられたのもこの頃で、最初は樽で、18世紀後半からは白い磁器のコンプラ瓶で運ばれたのである。

日本でソースが注目されたのは、明治維新以降。欧米列強国からさまざまなものがもたらされた際に、ソースも入ってくる機会が増えた。見た目は醤油に似ているが味はまったく異なるソースのことを、当時の人はどう思ったのだろうか。おそらく、最初からおいしいと感じた人は少数だったはずだ。一方で、西洋文化への憧れから、おいしいと思おうとした者、味に慣れようとした者が、上流階級には多かったであろうと想像できる。当然、日本人が好む味に変えれば大きな商売になると考えた者もいたわけだ。

国産ソースの商品化を最初に実現したのは千葉のヤマサ醤油で、1885(明治18)年である。「ミカドソース」と名づけられた国産ソース第1号は、醤油に西洋酢と各種スパイスを加えたもので、「新味醤油」として特許と商標を取得した。しかし市場で受け入れられることなく、わずか1年で販売中止に追い込まれてしまう。

国産ソース人気に火が着いたのは、関西からであった。1894(明治27)年以降、「三ツ矢ソース」「錨印ソース(イカリソース)」などが発売され、「洋式醤油」や「新式醤油」と呼ばれて広まっていった。これ以降、洋食の広まりとともに、全国に多数のソースメーカーが生まれたのである。

現在、国内ソースメーカーの数は100社を超えるものの、販売金額シェアは、ブルドックソース、オタフクソース、カゴメ、イカリソース、キッコーマン、コーミの順。上位6社で国内シェアの85%以上を占めている。
各社のソース発売時期は、以下の通りだ。

  • ブルドックソース:1905(明治38)年に犬首印ソース、1909(明治42)年にブルドックソース
  • オタフクソース :1950(昭和25)年にお多福ウスターソース
  • カゴメ     :1908(明治41)年にカゴメソース
  • イカリソース  :1896(明治29)年に錨印ソース
  • キッコーマン  :1936(昭和11)年にキッコーマンソース
  • コーミ     :1946(昭和21)年にコーミソース

ウスターソースは
イギリス・ウスターシャー生まれ

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トリイのウスターソースに用いられているスパイス

明治時代に広まったのはウスターソースであった。ウスターソースはイギリス・ウスターシャー州で生まれ。野菜と酢をベースに作られた、これまでにないソースだったために、1820年代にはウスターシャーソースと呼ばれて流通するようになった。

ウスターシャーソースがメジャーになったきっかけは、州都であるウスター市で薬局を営んでいた2人の薬剤師、ジョン・リーとウィリアム・ペリンズが、地元の貴族からインド産ソースの再現を依頼されたことであった。だが、当初ふたりが調合し作ったものは臭すぎて商品にならず、樽に入れられたまま地下室に放置されたという。それから2年経った1837年(天保8年)、試しに味わってみたところ、おいしく変わっているのに気づき、商品化に至った。放っておかれているうちに発酵熟成が進み、味に劇的な変化をもたらしていたというわけだ。

彼らが商品化したリーアンドペリンズのウスターソースは評判を呼び、海外に輸出されるまでになった。このソースが日本に輸入されるようになったのは、1900(明治33)年。明治屋によってだ。そしていまも変わらず、リーペリンウスターソースの名前で明治屋が販売を続けている。

日本におけるウスターソースの定義

とんかつソースや中濃ソースと、ウスターソースとの違いが気になってきた方もいるだろう。ひとことで言ってしまえば、粘度の違いなのである。


日本農林規格(JAS規格)ウスターソース類の定義

ウスターソース類 
次に掲げるものであって、茶色又は茶黒色をした液体調味料をいう。

1. 野菜もしくは果実の搾汁、煮出汁、ピューレー又はこれらを濃縮した ものに砂糖類(砂糖、糖蜜及び糖類をいう。以下同じ)、食酢、食塩 及び香辛料を加えて調製したもの
2. 1にでん粉、調味料等を加えて調製したもの

●ウスターソース
ウスターソース類のうち、粘度が0.2Pa・s未満のものをいう。

●中濃ソース
ウスターソース類のうち、粘度が0.2Pa・s以上2.0Pa・s未満のものをいう。

●濃厚ソース
ウスターソース類のうち、粘度が2.0Pa・s以上のものをいう。

なお、とんかつソースやお好みソースという分類は存在せず、濃厚ソースに含まれる。とんかつソースは現オリバーソースが1948(昭和23)年に、お好み焼き専用ソースはオタフクソースが1952(昭和27)年に、中濃ソースは1964(昭和39)年にキッコーマンが発売した。

ソースは健康的な調味料

リーペリンソースの特徴的な原材料は、熱帯果樹の果実タマリンドとアンチョビだ。鼻をつく酸味と独特な香りが特徴で、ハッシュドビーフやステーキソースの隠し味、さらにはカクテルのブラッディ・マリーにも使われている。

日本のウスターソース類は、本家ウスターシャーソースのアンチョビを昆布や鰹節に置き換えることで、日本人好みの味に変化させている。
なお、日本における味の地域性については、西に行くほど甘く、東に行くほど辛い。

ウスターソース類の中での人気順は、中濃ソース、濃厚ソース、ウスターソースとなる。濃厚ソースのとんかつソースやお好みソースは、揚げ物や焼き物の食感を損なわず、かつ使いやすいように粘度を高めるため、ウスターソースにでん粉と果物を加えて作られている。濃厚ソースに続く中濃ソースの登場によって、ウスターソースは人気を失っていった。

ウスターソース類の主原料は、野菜と酢。塩分濃度は9%と醤油の16~17%の半分程度、ノンオイルなのでカロリーはマヨネーズやドレッシングよりも低い。見た目に似合わずソースは、酸で塩味を引き立てている健康的な調味料なのである。

加工食品製造の木桶が広まったのは江戸時代

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出典:https://www.s-shoyu.com/kioke

加工食品や水の保存容器は、もともと甕であった。いまもよく使われる「水がめ」という単語に、その名残をとどめている。重く割れやすいうえに、容量の小さな甕の欠点を解消した容器として登場したのが、木桶だ。加工食品製造用の木桶が広まったのは江戸時代。こうして醤油、味噌、酢、みりん、酒などは、すべて木桶で醸造、熟成されるようになったのである。

だが現代では、醤油にしても、木桶で発酵・熟成させる伝統製法で作られたものの流通量は、1%にも満たない。ソースに至っては、木桶熟成しているメーカーは数社しか残っていないのである。



いまだに木桶熟成で作られるトリイソース

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生産効率の観点から、使い続けてきた2400リットルの木桶を600リットルの木桶に更新。


木桶熟成のウスターソース作りにこだわり続けている会社が、静岡県浜松市にある。打ち出の小槌のロゴが地元で長く親しまれてきた鳥居食品だ。

トリイソースの前身であるタカラソースがウスターソースを発売したのは、1924(大正13)年。これはオタフクソース、キッコーマンソース、コーミソースよりも早い。食品製造容器がホーロー、ステンレス、FRP(強化プラスチック)と変化していく中で、トリイソースはかたくなに木桶熟成にこだわり続けている稀有なメーカーだ。3代目社長の鳥居大資さんはこう語る。

「木桶の方がまろやかな味になるから使い続けているだけです。木桶での熟成期間は最低1カ月。官能評価の結果、味の変化は最初の1カ月間が劇的で、その後は少ししか変わらないためです」

たしかにトリイのウスターソースの味は、まろやか。酸味や辛味より先に、うま味と甘みを感じる、尖ったところのないおだやかな味である。


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門外不出であった滓を限定品として商品化した「桶底のちから」。

さらに見た目も特徴的。黒というよりも赤に近いのだ。原料に用いる砂糖の違いが色の違いになるという。
「当社では原材料のひとつひとつの必然性を再確認していく過程で、砂糖については種子島産の粗糖を使うと一番おいしくなるという結論に達しました」

原料に占める野菜の重量比は約4割で、可能な限り地元産を用いている。スパイスを含めて、全量生野菜から仕込むのがトリイ流。ペーストやパウダーに加工されたものは一切使わないというこだわりようである。

「桶底のちから」は、鳥居さんが社長就任してからの新商品。ウスターソースの熟成中に沈降した澱(おり)の部分のみを別に取り出してボトリングしたものだ。つまり原材料も製法もウスターソースと同じことになる。どれだけ味が違うのだろうかと、木桶熟成のうまさをストレート伝えるネーミングに期待が膨らむ。
ウスターソースよりも熟成期間が長いとはいえ、ここまでスパイス感が強調されていると思わなかった。


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鳥居食品が考えるウスターソースの未来

衝撃だったのは、ただお湯で薄めただけのウスターソースを飲んだ時。妙に尖った味やいつまでも口の中に残る味のない、手作りスープの味そのものだったことだ。

「ラーメンやカレーが日本でよりおいしく進化してきたのと同じことを、ソースで実現したいんです。ソースは、十分可能性がある」と鳥居さん。ウスターソースの味作りには探求の余地がまだまだ残されているのだそうだ。

「醤油は味にこだわり抜いた商品が各社から販売されていて、それを求める消費者もいます。ソースを見てみると、まだこれに相当する市場がありません。地元での販売が7割を占めている当社は、首都圏での拡販、海外展開を視野に入れつつ、プレミアムカテゴリーも開拓していくつもりです」

「醤油と比較すると、ソースは素材の味を引き立てる力がまだ弱いと考えています。逆に言うと、自己主張が強い味なんですよね。5味のバランスで決まるソースづくりの方程式を、自分で解いてみたい。基本的な製造方法は変えませんが、味づくりは変え続けていきます」

鳥居食品の究極のソースづくりは、じつはまだ始まったばかりなのかもしれない。


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トリイの中濃ソースはリンゴの甘みが強く感じられる

浜松ソース木桶仕込みは、
「本場の本物」でも認定

「本場の本物」とは、日本各地の豊かな食文化を守り育てるために設けられた地域食品ブランドです。言い換えれば、その土地土地において伝統的に培われた「本場」の製法で、地域特有の食材などの厳選原料を用いてつくり続ける「本物」の味と認められた食品の証です。

浜松ソース木桶仕込みは、「本場の本物」に伝統の味、本物の味として認定されています。
https://honbamon.com/product/浜松ソース木桶仕込み/index.html


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【参考文献】
「発酵と醸造Ⅲ」東和夫,光琳,2004
「食の歴史書Hand Book」日本出版制作センター,2017



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著者情報

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竹下大学
「食と農にかかわる物語づくりをお手伝い」をモットーに縦横無尽に活動中。農作物を起点とした日本の食文化・食品加工・品種改良に詳しい。植物好き、料理好き、酒好き。J.S.A.ソムリエ。著書に『日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語』など。
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https://twitter.com/wavebreeder