
企業・業界動向
電気無水調理鍋「ホットクック」のマーケティングトレース
SNSなどで話題の「マーケティングトレース」をご存知ですか? 基本のフレームワークを使いながら成功事例を分析し、マーケティング思考を鍛える方法です。5回目となる今回は、考案者の黒澤友貴さんに調理家電の「ホットクック」をトレースしていただきました。
前回記事はこちら:https://foodclip.cookpad.com/7846/
はじめに「マーケティングトレース」とは?
「マーケティングトレース」とは、企業のマーケティング戦略をフレームワークに落とし込んで分析し、言語化や図解をしながら思考力を鍛えるトレーニング手法です。自分自身がCMO(最高マーケティング責任者)になった想定で、戦略の仮説作りまでをおこないます。マーケティングトレースによってマーケティング脳が鍛えられると、顧客ニーズがわかるようになったり、時代の流れが読めたり、打ち手を考える力が身につきます。
以下が、黒澤さんによる調理家電「ホットクック」のトレース内容です。
「ほったらかし」がトレンドに
水なし自動調理鍋「ホットクック」とは
水なし自動調理鍋「ホットクック」とはホットクック(正式名「ヘルシオ ホットクック」)は、食材を入れてボタンひとつで美味しい料理ができる自動調理鍋です。シャープ株式会社が2015年に発売開始したブランドで、時短家電として注目を集めました。
共働き夫婦の三種の神器として、ルンバ・ホットクック・食器洗浄機といわれるほどの人気ぶりで、ロボット掃除機といえばルンバといわれるのと同様に、「自動調理鍋といえばホットクック」というイメージが定着。「ほったらかし家電」とも呼ばれ、メディアでも取り上げられました。
商品ジャンルの代名詞となること、つまり特定カテゴリーの第一想起を獲得することは、ブランド戦略で目指すべき状態です。なぜホットクックは、第一想起として選ばれる存在になれたのでしょうか?
ホットクックのヒットの裏側に、どのようなマーケティング戦略があったのか「マーケティングトレース」を通じて読み解きます。
コロナ禍の自炊増で販売台数が大きく伸張
まずは、Googleトレンドで人気の動向を確認してみましょう。ホットクックの検索ボリュームは、2015年の10月以降、年々増えており、2020年に入ってから急増しています。
直近の販売動向として、2019年度の年間販売台数は、前年度比で約1.7倍の約10万台を記録。2020年の4~6月の販売台数は前年比3倍まで急増しました。
コロナ禍で外食機会が減り、自宅での調理機会が増えたことも大きな要因と考えられ、ホットクックが売れている、社会に定着している理由も理解できます。
マーケティングトレーステーマ
なぜホットクックは、第一想起として選ばれる存在になれたのか?
▼ホットクックのマーケティングトレース全体像
ここから、ホットクックのヒットの裏側にある戦略を掘り上げていきましょう。
外部環境分析(PEST分析)
ー時短ブームにいち早く適応したホットクックー
ホットクックのブームの裏側にあるトレンドを読み解くと、【社会視点】で特に注目したい、下記のような要素を抽出することができます。
【社会視点】
- コロナ禍による在宅時間の増加
- 共働き世帯の増加
- 時短家電への注目、食や家電領域の消費は増加傾向
- レシピ動画サイトやインフルエンサーの影響力の拡大
上記のような社会環境で生まれた近年のトレンドキーワードとしては、
- 時短家電
- ほったらかし調理家電
- ズボラ主婦
が注目を集めています。
ホットクックが時短が求められる社会トレンドに適応してきたことが、の成功と関係していると考えることができます。
勝間和代さんの著書「勝間式-超ロジカル家事」をはじめ、時短目線でさまざまなメディアに紹介され、時短調理家電の象徴的ポジションを獲得したのは大きかったのではないでしょうか。
競合の定義
ーホットクックはどの市場カテゴリーを選択したのか?ー
続いて市場環境を分析していきます。ホットクックは、どのブランドを競合と捉えていたのかを考えていきます。
競合グループを3つに分類してみます。
-競合グループ①【価値競合】時短価値を提供する家電商品カテゴリー
ドラム式洗濯機、食洗機、ロボット掃除機など
-競合グループ②【価値競合】気軽に取れる食事サービス
スーパーのお惣菜、宅配食(ミールキットやお弁当)などは潜在競合に当たると考えられる
競合グループ③【業界競合】低価格の調理家電(調理鍋)
アイリスオーヤマ、山善など
例:アイリスオーヤマ RC-IJH50-W ヘルシーサポート炊飯器
時短調理鍋に後発で参入するブランドは増えてきています。そんな中で、ホットクックが第一想起を獲得したのは、市場選定で「競合グループ①時短価値を提供する家電商品カテゴリー」を選び、このカテゴリーで想起される存在になったためだと考えられます。ドラム式洗濯機にしようか、ロボット掃除機にしようか、ホットクックにしようか…。と商品カテゴリーを「調理鍋」ではなく「時短家電」にズラした戦略に勝機があったのではないでしょうか。
ターゲティング
ー時短家電を競合にし幅広い客層を獲得ー
家族、共働き夫婦、一人暮らしなど、ホットクックの利用者は広く存在しています。
競合の定義でもふれた通り、ホットクックは調理鍋ではなく時短家電のカテゴリーにエントリーし、年齢・性別・家族形態に捉われず「広いターゲット層」を獲得しました。
SNSのクチコミを分析すると、
- 時短(家庭の必需品)
- 美味しい料理を食べられる
- 栄養が摂れる
といった導入理由があります。
選ばれている理由をポジショニングマップで整理します。
ポジショニング
ホットクックが選ばれている理由は、
・「時短」⇆調理
・「身体への気づかい」⇆美味しさ
時短で美味しさを求める層は、外食の選択肢ももっています。そこでホットクックは、手間をかけずに栄養価が高い料理を家庭で食べられるという価値を提案し新しい自炊のスタイルを生み出しました。
このポジションを築けたのは、「健康とおいしさ」と向き合ってきた「ヘルシオブランド」が大元にあることは理解しておきたいところです。
ホットクックのマーケティングミックス4P
最後にホットクックのマーケティングミックスを読み解いていきます。マーケティングミックス4Pの中で、商品(Product)と広告(Promotion)の2つに注目していきます。
【売物Product】
ホットクックは、シャープにしか生み出せなかった技術に支えられています。
「業界初の電気無水鍋」を謳える商品特徴があったことが、市場や生活者に新規性や革新性をアピールできるポイントだったと考えます。
- まぜ技ユニット
- 温度×蒸気のダブルセンサー
この2つの技術は、シャープの技術資産が活かされています。
【売方Promotion】
カテゴリー第一想起を獲得しているホットクックですが、大々的な広告を打っていないのが特徴です。ユーザーのクチコミの連鎖が生まれる仕組みに注目しましょう。
①レシピは書籍を中心に展開
ホットクックのお助けレシピについてまとめられた書籍が数多く出版されています。
②ホットクックユーザーのコミュニティ形成
ホットクックのプロモーションを読み解く上で、ユーザー同士で情報(レシピ)共有ができる公式ファンコミュニティが作られています。
サポートサービスとして使いこなし講座を行い、顧客の成功体験をサポートすることはもちろんのこと、ユーザーの自発的な発信を促していることがホットクックの認知を形成したポイントだと考えることができます。
「ホットクック教」と呼ばれるユーザー(名乗っているユーザー)から、ホットクック調理で使う塩分計算機が勝手に作成されている現象まで発生しています。広告ではなくクチコミを中心に、生活者のライフスタイルに商品を浸透させる打ち手は、ホットクックから学べる点が多いのではないでしょうか。
ホットクックの成功要因と今後の成長戦略
上記のマーケティングトレースから、ホットクックの成功要因をまとめていきます。
【成功要因の要約】
①調理鍋ではなく、時短家電のカテゴリーにエントリーし、第一想起を獲得
②ホットクックが家庭の救世主になるようカスタマーサポート→料理の成功体験がユーザーの口コミを最大化する
上記のような仕掛けから、「自動調理鍋といえばホットクック」と、生活者や社会にイメージが定着したと考えられます。
特定カテゴリーで第一想起を獲得できると、マーケティング施策の幅は広げやすいメリットがあります。
自動調理鍋のカテゴリーで第一想起を獲得しているホットクックは、次のステップとして「細かな顧客ニーズに答える」動きを強化しています。
新機種では本体幅をコンパクト化、食材のつぶしや泡立てもおまかせ!といった機能追加を発表しています。
今後の打ち手としては、ホットクックを利用してもらう顧客層を広げていく、既存顧客の愛着度を高めてLTV(ライフタイムバリュー)を引き上げる、この2つが重要と考えられます。
売れている、定着している商品ブランドには、必ず理由があります。
ぜひ、マーケティングトレースのワークシートを参考に、ご自身でも取り組んでみてください。
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著者情報

- 黒澤友貴
- 1988年生まれ。ブランディングテクノロジー株式会社 執行役員 経営戦略室 室長。「日本全体のマーケティングリテラシーを底上げする」をミッションに6,000人近くのマーケターが集まる学習コミュニティ#マーケティングトレースを運営。2020年2月に書籍「マーケティング思考力トレーニング」を出版
note:https://note.mu/tomokikurosawa
Twitter:https://twitter.com/KurosawaTomoki
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