数百年に一度の大変革。SDGsとフードテック【前編】

数百年に一度の大変革。SDGsとフードテック【前編】

2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標、SDGs。食品の生産、流通、消費のあらゆる分野において、これまでの経済合理性優先の大量生産・大量消費から脱却し、持続可能なあり方への変化が迫られています。変化へのカギとなるフードテックは、今後どのように進化していくのか?フードテックに精通するクックパッド住さんによる、カオスマップを交えた前後編の2回に渡る解説。今回は前編をお届けいたします。


SDGsフードテックカオスマップ

SDGsフードテックカオスマップ 2021年度版

コロナ禍の裏で起きているSDGs認知元年

SDGsは2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。採択から6年たった現在は、実行のフェーズとなっています。
しかし、コロナ前の2019年に世界経済フォーラムが世界28カ国で行った調査によると、日本でのSDGsの認知率は圧倒的最下位に。日本人にとっては、縁遠い言葉となっていました。


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2020年から始まったコロナウイルスの流行は、世界経済の停滞や人の移動に制限をもたらしました。今ある生活は永遠に不変なものではなく、失ってしまう可能性があるのだと、人々の認識に大きなインパクトを及ぼしたのです。これを機に、世界中で「持続可能性」が大きなテーマとなってきました。

国内でも2020年7月より買物時のビニール袋が有料化。こうした象徴的な出来事を背景に、一気にSDGsへの認知率が増え、2020年はまさに「認知元年」ともいえる年となりました。

一方で、SDGsについて「具体的な行動をしている」と答える人は1割強となっており、「認知はしたが具体的に何をするかはこれから」というのが日本の現状です。

SDGsとフードテックは削減だけでなく
革命的な変化をもたらす

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SDGsは、17の目標とさらに細分化した169のターゲットで構成されています。この中の「12.つくる責任 つかう責任」のターゲット12.3には、「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させる」と記載されています。

このように「食品ロス」は、SDGsの中でも重要なテーマのひとつです。一方で、人類は食べなくては生きていけません。森林を伐採して農地を開拓し、家畜を育て、海洋資源を採取することで、さまざまな食料を得て世界中に輸送し、人々が食べているわけです。

これまでは経済合理性が優先され、できるだけ安価に大量生産・大量消費されてきましたが、SDGsの普及により生産、流通、消費のあらゆる面で新しい変化が起きています。

重要なことは、SDGsは削減や効率化といったレベルではなく、人類が有史以来拡大を続けてきた「食」という大きなテーマに、革命レベルの変化をもたらそうとしていることです。

森林を伐採する農業からの脱却

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人類が農業を発明してからおよそ1万2000年と言われていますが、農業を行うためには山野を開墾する必要があります。人口の増加と農業の発展に伴って、森林が姿を消していくことに繋がっているのです。

こうした森林の伐採や温暖化によって地表の4割が砂漠化。環境劣化が進み農地に向かない土地が増加しつつある状況となっています。一方で、地球の人口は今後も増加し続けるため、食料生産を拡大するためには、さらに森林を伐採し農地を開墾する必要があります。残念ながら、新たに農地として利用可能な土地はあまり残されていません。こうした背景から、新しい農業のあり方が模索されています。

より多くの食料を、より省スペースで生産
垂直農業(バーティカルファーミング)

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農地は基本的に、広大な場所に作物を植えていくという、面積を横に拡張していくものです。垂直農法は、名前の通り農地を垂直方向に積み上げていくことによって「より多くの食料を、より少ないスペースで」生産できるようにする栽培方法です。

人口光による植物工場は、2010年ごろからさまざまな企業が挑戦していますが、多くが不採算となっていました。近年は技術やコストが改善され、2020年には約2000億円と、2019年の3倍もの額が、垂直農業のベンチャーに投資されています。

日本のPLANTXは、一般的なビルのフロアにラックが並んでいるオープンタイプではなく、完全に密閉されたクローズドユニット方式を世界で初めて採用。装置全体を密閉し、光・空気・水の環境を完全にコントロールすることによって、従来の植物工場よりもかなり高いパフォーマンスを実現しています。

垂直農業の発展は、自然を破壊することなく都市近郊でも安定して食料の生産を可能にしていきます。

都市空間の隙間を利用
都市型農業(アーバンファーミング)

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人類が居住する場所は都市に移行しつつあり、現在では55%ですが、2050年には70%の人類が都市部に集中して生活すると予測されています。

Plantioは家庭で使用するプランターに取り付け、野菜の生育をサポートしてくれるIOTセンサーや栽培をアシストするアプリなどを提供。都市型農業で人と人、都市全体を繋ぐ体験を創造しています。

利用者はお互いに何を育てていて、いつ収穫できるかがわかるようになっており、ユーザー同士でアドバイスをしたり、収穫した野菜の交換などができるようになっています。
また、こうしたスマート化された個人の家庭菜園の他に、ビルの屋上やオフィス内もシェア農場化するサービスも提供しており、都市全体が一つの農場コミュニティとなって、都市の緑地化と究極の地産地消を実現することが可能になります。

植物のポテンシャルを最大化
立体的な生態系を構築する「協生農法」

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農地は森林や草原を耕し、ひとつの作物のためだけの場所を作る事を目的にしているため、多様性が失われて生態系が破壊されてしまうという課題を抱えています。
日本のように比較的水が多く、湿度が高い気候では大きな問題にはなりにくいですが、土地がもともと肥沃ではないアフリカなどでは、農業によってさらに土地が痩せ、砂漠化が起こっています。

ソニーから産まれたSynecOは協生農法によって生態系を破壊する農業から脱却し、砂漠化を進める農業ではなく、砂漠が豊かな自然に戻るような革新的な農業にチャレンジしています。

環境負荷低減と動物福祉が
未来の畜産の価値を作る

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地球温暖化の原因と言われる温室効果ガス。二酸化炭素が圧倒的に多く75%を占めますが、次いで多いのがメタンガスの16%です。
世界食糧農業機構(FAO)発表の試算によると、人為的に排出されている温室効果ガスの14.5%は畜産業に由来するとされ、中でも反芻動物である牛が最も多くのメタンガスを排出しています。SDGs推進のためには、畜産からの温室効果ガス削減は必須となっています。


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牛由来の温室効果ガス削減を目的としたチャレンジは世界中にあります。英国のZelpは、牛に装着するスマートマスクによって温室効果ガスの排出を60%削減。同時に、病気の兆候を発見したり、個別の体調管理をすることを可能にしており、より健康で高品質な牛肉の生産を可能にしています。
また、Bezoar Laboratoriesは微生物を活用し、メタン排出を削減するとともに健康維持を可能としており、牛への投薬なども削減可能な飼料を開発しています。

脱工業的な食肉と動物福祉

畜産からの温室効果ガス削減の一方で、注目されているのが動物福祉です。
EUでは動物福祉に関する法整備が進んでおり、今後世界中のルールが変わっていく可能性が高いとされています。
特に最近話題なのは鶏で、雄は卵を産まないため出生時に殺処分されています。その数は世界で年間60億羽にもおよび、ドイツ、フランス、スイスなどは殺処分を禁止する法律が出来ました。

ルールの変化により、畜産のあり方も変化しています。孵化前に雌雄判断ができるeggXYtや、受精卵に特殊な音波をあてることにより雌雄両方の特性を持ったひよこが産まれるSOOSなど、さまざまなチャレンジが生まれてきています。


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また、これまでの畜産は食肉の安定供給が重要視され、大量生産・大量消費というまさに「工業化された産業」でした。クラウド牛群管理システムFarmnote CloudのようなICTによる管理は、効率化するだけではなく、動物と「個」として付き合い、より品質の高い畜産を可能にしています。


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法整備だけではなく、売り場や消費者意識も変わってきています。日本でも人気のアメリカの高級スーパー「Whole Foods」では、店内の食肉売り場に5段階のAnimal Welfare(動物福祉)基準が掲示され、各製品にはどのレベルの基準を満たしているかが明示されています。生活者は動物福祉を意識して購入することができ、「工業化された肉を安く買う」という時代から変化しつつあります。

海洋資源に頼らない新しい漁業の形

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国連食糧農業機関(FAO)によると、近年漁船などによる漁業生産量は横ばいで、養殖による生産が増えています。現在の漁業漁獲量は、海洋資源的に自然発生する量よりも多く、徐々に資源が減少しているという状況にあります。
また、国別に傾向を見ていくと、日本や北欧等の先進国は漁獲量が減少傾向ですが、中国などの新興国は増大傾向にあり、天然資源の枯渇が危ぶまれています。


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養殖の餌問題にまつわるイノベーション

養殖において、餌は総コストの6~7割を占めています。餌は「魚粉」つまり天然の魚を使う場合も多いため、単純に養殖を増やせば天然資源消費が減るというわけではありません。


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リージョナルフィッシュは、2021年9月に厚生労働省および農林水産省に届出をした「可食部増量マダイ」を生産しています。魚をゲノム編集※して品種改良することにより、同量の餌で1.2〜1.6倍に成長する魚の開発に成功。従来よりも生産効率を圧倒的に改善する技術を持っており、まもなく市場に出荷される見込みとなっております。

他にも餌にまつわる技術革新は数多く、ウミトロンは人工衛星等から取得したデータをもとに最適な給餌量をコントロールして効率を上げています。Novonutrientsは工業的に排出された二酸化炭素や水素などを活用し、カーボンニュートラルを超えてカーボンを資源に再変換するチャレンジをしています。

この領域は海洋国である日本のスタートアップも数多く活躍しており、よりおいしく持続可能な魚が今後も生まれ続けるでしょう。

※ゲノム編集は、遺伝子組換えではなく自然界でも起こりうる変化であること、食品としての安全性が従来の食品と同程度であること(オフターゲットや有害物質の産生が認められない)、生物多様性に悪影響を及ぼすものではないことが確認されております。参考:https://regional.fish/



コロナ禍で爆発的に成長する
プラントベースは一大産業へ

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Good Food Instituteの発表によると、2020年は約3400億円もの資金がプラントベースフードスタートアップに投資されており、過去最大の市場成長をみせています。

現在約79億人の地球人口は、2050年には100億人に達する見込みです。以前から、現在の畜産や漁業システムでは人類のたんぱく質をまかないきれないと言われていました。そうした中、なぜ2020年にこれほどまでに、プラントベースフードが急成長したかというと、コロナ禍による世界貿易の低迷が大きな要因となっています。


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農林水産省によると、2020年の日本の食糧自給率は37%で過去最低を記録しています。また、世界の多くの国が自給率100%以下となっており、貿易によって食料調達をするのが前提となっているのが現状です。

ところが、コロナの流行によって人や物の移動が制限される事態が実際に起き、今の食糧システムを改革しなければ需給バランスを保てないという事が現実味を帯びてきました。新たな持続可能な仕組みとして、プラントベースが強く注目されるようになったのです。


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では、生活者や小売でのプラントベースフードへの扱いはどうなっているのでしょう。アメリカでは、プラントベースフードは一般のスーパーでも、専用の売り場が設けられています。
写真は2019年1月のコロナ流行直前のものですが、精肉コーナーの一部にプラントベース専用の棚が大きく設けられており、動物性の肉か、プラントベースの肉かをユーザーが選べるようになっています。

日本でのプラントベース肉は、レトルトのハンバーグやハムといった、温めれば食べられる加工食品が多いですが、アメリカでは調理が必要な生肉に近い形が多いのが大きな違いです。

肉だけではなく多様な発展をするプラントベース

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参照:https://gfi.org/

プラントベースフードというと肉製品というイメージが強くなっていますが、乳製品全般や卵製品などの領域も世界的に成長しています。
上記の図はセールスデータを元にしており、実際に小売で販売された金額ベースの成長率となっています。従来の動物ベースと比較して、プラントベースは急速に成長していることがわかります。もはや一過性の流行ではなく、あらゆるたんぱく質製品市場において、プラントベースがポジションを獲得していく傾向が見られます。


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プラントベース市場では、Impossible FoodsBeyond Meatがマーケットリーダーとなっており、いずれもハンバーガーパティから始まり、豚や鶏といった他の肉製品にも広がっています。さらに、世界にはユニークなプラントベースフードが次々と誕生しています。

直近で最も成長率の高い分野の卵では、Zero EggJust、乳製品を作るRemilk、蜂蜜のMeliBio、シーフードのGood Catchなどがあります。少し変わったところでは、動物を使わずに本物よりも高機能な脂肪を食品加工向けに提供するMission Barnsや、本物と同等またはそれ以上の免疫力を付与可能な代替乳を作るbiomilkなど、ありとあらゆるたんぱく質を革新させるチャレンジが進んでいるのが世界の状況です。

一方、日本では以前から大豆ミート製品の知名度がありました。大豆に置き換えたレトルト加工食品を大手食品メーカーがリリースするなど、売り場で見かけることも増えています。

また、外食でもプラントベースフードの販売が増加。Next Meatsが焼肉用の肉を焼き肉店へ提供したり、DAIZのミラクルミートはナゲットやハンバーグなど、さまざまな外食用の挽肉として使われています。

多様性という面で、日本はまだまだ海外に比べて発展途上ですが、さまざまな企業の得意を持ち寄って多様な培養たんぱく質を作るIntegri Cultureなどのユニークなチャレンジも産まれています。製品的にも市場的にも、今後の成長が注目されます。

後編では、資源・流通・廃棄削減についてお届けします。



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著者情報

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住 朋享
2015年クックパッド入社。世界一のユーザー投稿型レシピコミュニティとIoT家電を繋ぎ、未来の料理体験を生み出すスマートキッチン関連事業の立ち上げと、クックパッド社内の新規事業制度設計、投資基準策定及び運用をおこなっている。2020年より東京大学大学院非常勤講師として新規事業教育に携わる。