[研究開発AtoZ]今年のノーベル賞とスパイスの話

[研究開発AtoZ]今年のノーベル賞とスパイスの話

食品業界の中でも、マーケティングやセールスからすると近いようで遠い存在の研究開発職。FoodClipでは現役の研究開発職に就かれている「じゃぐさん」に、開発職の基本や最新情報などをお話いただく連載企画。今回は「ノーベル賞とスパイス」について解説いただきました。


以前「おいしさについて細かく要素分解」というコラムを書いたときに、こんな内容の一文を書きました。

体性感覚(温度や痛覚)
辛いもの(唐辛子)や冷感のあるもの(ミント)などもありますね。これらはTRPチャネルという温度を感知するチャネルのリガンドとして働き、熱さ・辛さ(hot)や冷たさ(cool)を感じます。

さて、この体性感覚という言葉はあまり聞きなれないかもしれませんが、つい最近非常に注目を集める出来事がありました。それは、この体性感覚に関する仕組みの発見が、2021年10月にノーベル生理学・医学賞を受賞したことです!

ノーベル賞の研究自体は難しい内容が多いのですが、今回の発見は食にも密接に関わっていて、皆さんにもぜひ知っていただきたいので、できるだけ分かりやすく身近な話題として解説してみます。

体性感覚とは?

例えば、何かを手で触れたとしましょう。触れたと感じるのは、手に小さなセンサーがあり、その信号が神経を伝って脳に届き、脳で「触れた!」と解釈する、そんな一連の流れがあります。「触覚」という言葉は五感のひとつとして、聞いたことがあるかもしれません。

他にも、温度を感じたり(温度感覚)、痛みを感じたり(痛覚)も同様で、これらを合わせて「体性感覚」と呼びます。

食べ物とどういう関係が?と思われるかもしれませんが、この感覚は口の中にも存在していて、食感や刺激などとも関わっています。

特にその中でも、今回のノーベル賞にも関わっている「TRPチャネル」について、もう少し詳しくみていきます。

辛みを感じる正体、TRPV1

TRPとは「Transient receptor potential」の略で、このTRPのなかでもTRPV1というタイプのセンサーがトウガラシの辛み成分であるカプサイシンに反応するということを、今回の受賞者であるDavid Julius氏が発見しました。

しかしこれで終わらないのが面白いところで、トウガラシの辛みって舌が熱いとも感じますよね。このTRPV1チャネルが「辛い」という感覚だけでなく「熱い」という感覚も伝えているということが分かり、すなわち「辛い」と「熱い」は同じ感覚として認識されているということが分子レベルで明らかになりました。英語では辛いことも熱いことも共にhotと呼ぶのも面白いですよね。

トウガラシはなぜ辛いのか?辛いものは辛いんだと言ってしまえばそれまでなのですが、それが明らかになったというのがまさにサイエンスと言ったところでしょうか。

では、なぜ辛さは持続するのか?舌で「辛い」と感じるまでの流れをもう少し詳しく見ていきましょう。

比較としてまずは一般的な味覚について、甘味やうま味を感じる味細胞は味蕾と呼ばれる部位に存在し、舌のほぼ表面にあることから、口に含むと比較的速やかに感じることができます。

一方、このTRPV1チャネルは、舌の表面ではなく上皮細胞の下の感覚神経に発現しています(※1)。その結果、カプサイシンが舌に付着した後細胞の奥まで浸透する必要があるため、水を飲んで流そうとしても奥まで浸透したカプサイシンは簡単には流れず、すぐには痛みが消えないようです。

それだけではなく、そもそもカプサイシンは水に溶けにくい性質(脂溶性)であるため、そういう意味でも洗い流しにくく、辛さが口の中で持続してしまうようです。

またこれらの性質から、辛み成分は口に入れてから辛いと感じるまで、味覚と比べてタイムラグがあるという説もあるようです。確かに、一瞬時が止まってから辛みを感じることは体感としてもあると思います。


▼TRPV1以外のセンサー

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熱いと感じるものがあれば冷たいと感じるものもあるのでは?という予想はその通りで、「冷たい」を感じるセンサーとして、ペパーミントに含まれるメントールを感知するTRPM8、ワサビやからしの辛み成分であるアリルイソチオシアネートを感知するTRPA1など次々と見つかることとなりました。

アリルイソチオシアネートも例のツーンと来る成分で、揮発性が高く鼻腔にまで広がってツーンと来るわけです。なので、鼻から大きく息を吸って口から吐けば痛みが和らぐという話もあるようです。

ちなみに、ワサビが冷感?と思われた方もおられるかもしれませんが、このTRPA1が細胞レベルではなくヒトでも本当に冷感のセンサーとして働いているのか?ということは実はまだわかっていないようです。

スパイスとTRPチャネル

さて、ここまで見てきてお気づきかと思いますが、TPRと関係している成分や食材のほとんどが「スパイス」です!

スパイスの役割としては香りづけ(アニス、カルダモンなど)、着色(ターメリック、パプリカなど)、脱臭(ローズマリー、タイムなど)などいろいろありますが、やはり辛味をはじめとした刺激も大きな要素のひとつ。

ということで、さまざまなスパイスの成分とTRPの関係を一部抜粋してまとめてみました。(※2)


▼スパイス成分とTRPの関係

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舌以外でもスパイス成分を感知する

さらに、これらのセンサーは何も口の中だけにあるものではありません。このTRPV1やTRPA1チャネルは口から入れて、食道を通過した先の胃や腸にも存在しており、例えば胃液の分泌を促したり、腸の運動を活発にするなどの働きが知られています(※3)。漢方薬にもこれらの働きが期待されて含まれている成分もあるようです。

胃腸でも感知できるということは、逆に言えば取りすぎると胃腸に負担をかけてしまうこともあるかもしれません。辛い物を食べ過ぎた翌日にお腹やお尻が痛んだ経験がある方も多いのではないでしょうか?喉元過ぎれば熱さを忘れるなんで言葉もありますが、通り過ぎてもTRPは待ち構えていますので、何事もほどほどに。

また食から少し離れますが、TRPM8を活性化するメントールは、肌に塗布して清涼感を与える役割を果たすなど、生活の中でも大活躍していますよね。もしかしたら産業界におけるTRPの研究は、食品メーカーよりむしろ化粧品メーカーの方が盛んであるかもしれません(※4)。

麻と辣を科学する

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さて、ここまでTRPに関してスパイスと絡めて解説してきましたが、最後にノーベル賞からは少し離れ、TRP以外にも刺激を感知するセンサーの話をしたいと思います。

突然ですが、中華料理で「麻(マー)」と「辣(ラー)」という言葉をご存知でしょうか?

「辣」は辣油にも使われるように、これまで出てきたカプサイシン(TRPV1)の話。では「麻」とは何でしょう?数年前に麻活という言葉が流行りましたが、これはカプサイシンではなく山椒や花椒(ホワジャオ)に含まれるサンショールの刺激によるもの。麻婆豆腐でおなじみですね。

このサンショールは前述の通りTRPV1を活性化しながら、そのほかにKCNKチャネルというセンサーにも作用するのですが、これが麻酔などの作用点と同じと言われています。

トウガラシがヒリヒリして辛いのに対して、山椒がピリピリして痺れるのは、このようにメカニズムが違うからのようです。

ということで、今回は、今年のノーベル生理学・医学賞と食との関係に関してまとめてみました。研究と聞くと難しいとか近寄りがたいという印象をお持ちの方も多いと思いますが、実はスパイスのような身近なところにもつながっています。

ぜひこの機会に体性感覚やTRPという言葉を覚えてみてください!


【参考文献】
※1:ユニークな人間の「体温」
※2:スパイスの化学受容と機能性
※3:消化管における TRPV1 の発現と機能
※4:マンダム社研究開発情報サイト



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著者情報

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じゃぐ
食品メーカーの現役研究員。基礎研究から商品開発まで幅広い業務経験を持ち、学生時代から栄養学や薬理学を専門とするなど、一貫して食と健康の課題に取り組んでいる。科学全般や理系就活生向けの話題もSNSで情報発信中。
https://twitter.com/food_juggle