時代にあったおいしさ作り。明治創業の味噌蔵の新しい挑戦

時代にあったおいしさ作り。明治創業の味噌蔵の新しい挑戦

歴史ある食品メーカーであっても次世代にバトンが渡らない例がある中で、伝統を守りながら地域社会と連携し、現代のニーズにあった商品をどのように作っていくべきなのか。本特集では「おいしさの現場から」と題して、食をもっと楽しくもっとおいしく、をテーマにものづくりをされている企業をご紹介しています。今回は、明治より続く新潟の味噌蔵「峰村商店」と、伝統的な甘酒をモダンにアレンジされている「古町糀製造所」の2社が手がけた、地域の食文化を活かした新商品開発についてお話をうかがいました。

お話をうかがった方

株式会社峰村商店 
代表取締役
葉葺(はぶき)正幸氏

株式会社古町糀製造所 
代表取締役 
小畑 宏樹氏

時代ともに衰退していた味噌事業
立て直しの秘策とは?

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ー 御社は明治38年(1905年)の創業以来、今なお歴史を守りながら事業を継続されていらっしゃいます。創業の経緯について教えてください。

葉葺氏:初代の峰村仲蔵は、もともと穀物の相場師※でした。そのため、大豆にも詳しかったため、酒蔵だった場所を買い取って味噌を作るようになったのが始まりだと聞いています。それが、仲蔵の「仲」の字をとり屋号を「マルナカ」とした始まりです。

※相場師:株や債券、商品などの取引市場で投資や投機をする投資家


ー 葉葺社長は、2013年に事業継承されたとのことですが、長い歴史ある事業を続ける難しさ、面白さはどんなところでしょうか?

葉葺氏:私が引き継いだ2013年頃は、大衆向けの安い味噌屋というイメージでした。新潟のなかでは二番目に製造量が多く、短い期間でできる熟成度合いの浅い味噌を大量に作っていたんです。

以前はスーパーの成長と共に事業も伸びていたのですが、食文化の変化によって、味噌そのものが衰退産業になっていました。大量に製造してもすべて売り切れず、売れ残りが返品されてその処理に追われ、スタッフのモチベーションも下がるといった状況でした。

当時、東京のスーパーで大きな味噌がとても安い値段で売られていて「こんなに安く売られていたら大変だな」と思ってよく見たら、自分がこれから引き受ける味噌屋のもので…まさかの偶然です(笑)。

これを見た時に、今までのように問屋としてやっていくのは難しいと。土蔵を直売店にして、お客様に直接売るという事業形態にシフトチェンジしました。この直売店を作ったことが新潟県の中で話題になり、多くのメディアにも取り上げていただたきました。


ー 「卸売」ではなく「直売」という形に販売チャネルを切り替えたことが、大きな転機になったのですね。

葉葺氏:そうですね。ただ、一番大きなきっかけというと「蔵祭り」ですね。「蔵祭り」は、工場を開放して、30秒間で味噌盛り放題などの体験ができるイベントです。春と秋の年2回開催していたのが話題になり、地元メディアにも取り上げられて、2日間で約2万人が来場するほど盛況になりました。それまで多くの返品作業に追われていたのが、お客様に「楽しかった!」と喜んでもらえる。まさに「味噌屋としての存在意義」を感じることができました。

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ー お客様に喜んでいただけるというのは、何よりの価値ですね。

葉葺氏:まさに、おっしゃる通りですね。さらに、以前に比べて、味噌そのものの品質が上がったというのも大きな理由だと思います。それまで赤字取引が多かったため、卸先に値上げのお願いに行ったところ、ことごとく断られてしまって…(笑)。結果、出荷量が大きく減り、900tほど作っていた製造量を700tまで落とさなければなりませんでした。

ただ、それによって味噌をうまく熟成させられるようになり、品質を上げることができたんです。これまでも、作り手から品質を上げるためのさまざまな要望があったのですが、なかなか採用できていませんでした。そうした意見もできるだけ汲み取り、積極的に取り組んでいくようにしました。こうしたさまざまな要因で味が改善され、質の向上に繋がっていったのだと思います。

昨年、今年とコロナ禍でイベントができない分、2.5kgの大袋を工場価格で販売しているですが、これがとても好評で、味がよいとリピーターの方も増えています。おいしくて値ごろ感があって、家庭の役に立っているというのは、作り手にとってこの上ない喜びです。やはり味噌屋としては、味がおいしいといっていただけるのが一番嬉しいことですからね。

味噌は日本人の身近にある食材
だからこそ地域との関わりが大切

ー 峰村商店のある新潟県の沼垂(ぬったり)地区は、全盛期には多くの酒蔵や味噌蔵が軒を連ね、「発酵の町」として親しまれていたそうですね。御社にとって、地域や住民の方々はどのような存在でしょうか?

葉葺氏:味噌は多くの人に日常的に使われる、身近な調味料です。だからこそ、地域や住民の方々など身近な関わりは大事にしたいと思っています。

イベントもそのひとつとして始めたわけですが、「発酵・大醸し祭り」を開催して、県外からも多くのお客様が来てくださるようになったら、新潟の観光協会エリアに選んでいただくことができました。現在は、この周辺エリアが観光資源となって、行政からの支援も受けられるようになりました。

シャッター通りとなった商店街
新潟名産の米を使った「糀」で新しい風を

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ー もうひとつ手がけてらっしゃるのが「古町糀製造所」。こちらを創業した背景を教えてください。

葉葺氏:私が東京で経営するおにぎり店を支援してくださる方で、新潟の古町に神社を構えている方がいらしたんです。古町は昔はとてもいい街だったのですが、だんだん人が減って寂しくなっていて悲しいと。そのため、新潟の米を使った新たな事業で、古町でお店を構えてもらうことはできないかと、相談をいただいたのがきっかけでした。

実はそのちょうど1年ほど前から、おにぎり店で甘酒をテスト販売していて、私自身も発酵食の勉強をしていました。ゆくゆく製品化を考えていた時に、こうしたご相談があったので、そうであればぜひ!と、出店することになったんです。


ー 古町糀製造所を出店されている上古町商店街の様子は、開店当時と今で、何か変化はありましたか?

葉葺氏:お店を構えたことで、商店街に人を呼べるようになりましたね。店の佇まいで雰囲気を変えられないかと思い、当店はシャッターを木製の引き戸に変え、お店が閉まっていても美しい景観を保てるようにデザインしました。すると、それまではどのお店もシャッターが多かったのですが、うちにならって周辺の店舗の方もお店づくりを意識されるようになって街並み自体が変わりました。さらに新規出店も増えるなど、いい効果がありました。

お客様のニーズに応えていくなかで
新たな商品が生まれていく

ー 御社は、固定概念に縛られず、さまざまな商品開発に取り組んでらっしゃるイメージです。 古町糀製造所でも「甘酒」を軸に、季節にあわせたフレーバーも発売されていて、とても斬新だと思いました。

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葉葺氏:これについては、お客様のおかげなんです。以前、松屋銀座と自由が丘に同月にお店をオープンして、糀ブームを巻き起こした時期がありました。その際、お客様から「来月はどんな味が出るの?」と期待の声をたくさんいただいたんです。また、百貨店は季節ごとの催事もあるので、それに合わせた商品ラインナップが必要です。

当初は、プレーンタイプ、玄米甘酒、生姜甘酒、さくら甘酒の4種で、今ほど多いバリエーションは意図していなかったのですが、お客様のニーズにお応えしたいという一心で、結果として新しいフレーバーの開発に繋がりましたね。

乳酸菌と米糀で作られた新商品
「お米ののむヨーグルト」

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ー2021年7月に発売された 新商品「お米ののむヨーグルト」、こちらの反応はいかがでしたか?

小畑氏:「お米ののむヨーグルト」は、新潟県食品・流通課が主管する雪国の発酵文化事業「新潟の発酵食研究会」と連携して作られた商品で、コウジ発酵の作用で作られる甘酒に、乳酸菌ヤマコシ株※の作用を加えたものです。

※乳酸菌ヤマコシ株(学名:Lactiplantibacillus paraplantarum YAMAKOSHI)
新潟県長岡市山古志地域に伝わる無塩漬物「いぜこみ菜」から見つかった乳酸菌。(新潟県特許出願中)


味の感想については、個人で異なるところもありますが、いわゆる多くの方になじみのある乳酸菌飲料に近い味です。甘酒業界では、お客様から「甘すぎる」「甘くない甘酒が欲しい」という声をいただくことがあり、課題のひとつでした。「お米ののむヨーグルト」のベースは甘酒ですが、酸味を帯びて甘さが控えめに感じられ、とても飲みやすい味に仕上がっていると思います。あくまでも個人的な印象ですが、「お米ののむヨーグルト」は他の商品に比べると、男性の反応がよいと感じていますね。


ー「お米ののむヨーグルト」は、モニター調査や販促ツールなどのマーケティング活動について、クックパッドが共同で進めさせていただきましたが、率直にいかがでしたか?

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小畑氏:当社単独だったら、あれだけ多くの方へ情報を届け、声を集めるということはできなかったので、とても参考になりました。特に味の評価について、特に味の評価について、店頭に来てくださるお客様は、口に合わなかったとしても面と向かってそう言ってくださることは多くありません。万人受けすればいいですが、そうではない正直な意見も、匿名性の高いアンケートだからこそ目に見える形で吸い上げられたのは良かったと思います。

発酵領域でフードテック
世界を見据える新たな挑戦

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ー 葉葺社長は「最も興味がある食材が”糀”」とおっしゃっていますが、その真意はどんなところにあるのでしょうか?

葉葺氏:私自身、出身が新潟で、両親も米どころ魚沼の出身です。ですから、お米に対しては、特に思い入れがあります。日本には、味噌、しょうゆなど米を発酵させる基礎調味料が数多くあって、何てすごいんだろうと。ただ一方で、ずっと脇役的になっている糀を、もっと世に問い直したいという想いを込めて、 古町糀製造所を作りました。

以前は、漬物や味噌など発酵食品といえば「ごはん食が中心の高齢層がメイン」でしたが、最近では、健康や美容意識の高まりからか発酵食品そのものへ関心も高くなり、若者から小さいお子さんのいる世帯でも増えてきたなと感じています。

峰村商店でも、味噌の新たな可能性として、「味噌スイーツ」に力を入れており、従業員たちが積極的に次々とアイデアを出し商品開発を進めてくれています。直売店でも、お客様からご好評いただいており、ブランドの新しい顔になりつつありますね。

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ー 最後に、今後の展望について教えてください。

葉葺氏:これまで以上に、地元の浸透度を高めたいと思っています。以前と比べると、驚くほど直売所で売れるようになり、お客様から「ここの味噌と出会って味噌汁を飲むようになりました」といった声もいただけるようになりました。

さらなる展望としては、発酵領域でフードテックに挑戦していきたいですね。発酵そのものもテクノロジーであることに変わりはないので、もっと幅広く活用し、広めていけたらと考えています。

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毎日の食卓に欠かすことができない発酵食品。日本の食文化の根幹を支えているといっても過言ではありません。だだ、どんなに当たり前にあるものでも、時代のニーズやライフスタイルの変化に合わせて、進化していかなければ生き残ることはできません。

峰村商店、古町糀製造所の取り組みから、次世代へと事業継承していくヒントを感じ取っていただけたのではないでしょうか。日本が誇る発酵食品が、今後、世界へと広まっていく未来が楽しみです。


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writing support:Miyuki Yajima



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