
非食品
萌芽はあり。シグマクシスが語る日本のフードテック躍進の鍵
FoodClipでは新春特集として、食品業界を担うキーマンの思考を連載形式でたどります。日本のフードテック界隈に萌芽がみられた2021年。2022年以降、その芽はどのように伸びていくのでしょうか。今回は「フードテック革命」著者で株式会社シグマクシス 常務執行役員、スマートキッチンサミットを主催する田中宏隆氏に、2021年の日本におけるフードテック動向の振り返りと2022年の注目点についてうかがいました。
お話をうかがった方
株式会社シグマクシス 常務執行役員
スマートキッチン・サミット・ジャパン主催者
一般社団法人 SPACE FOODSPHERE理事
田中宏隆 氏
フードテックは企業の成長戦略に。
裾野が広がった2021年
ー 2021年、フードテックの全体像として特徴的だった変化や企業の動向はありましたか。
田中氏(以下、田中):2021年は、フードテック領域を具体的な成長戦略と捉える企業が増えました。食品業界に限らず関心を持つ方が増え、既存事業の延長線だけでなく、新たな戦略として導入する企業が増え、裾野が広がってきた印象です。味の素などの大手メーカーをはじめ、本格的な動きが増えていましたね。
ー 異業種からの参入も増えているのでしょうか。
田中:まず、食品スーパーなどの流通系は間違いなく加速していますね。フロントランナーは、フードテックベンチャーとの協業を進めています。
USMHは、フードテックベンチャーのプランテックスと協業で「グリーングロワーズ」をスタート。野菜のSPF※モデルを導入し、植物工場で栽培した野菜が、実際に店頭に並んでいます。また2021年2月には、USMH傘下のマルエツ船橋三山店が、デジタルとの融合を強化した“体験型スーパーマーケットモデル”の第1号店としてオープン。「体験型ステーション Meet!」を導入し、さまざまなメーカーやスタートアップ企業などが提案する新しいアイデアや最先端の製品などを展示しています。
東京建物も複数社と共同で、食に関わる実証実験や社会実装の場を備えたTOKYO FOOD LABを2020年にオープン。さらに2021年には、新たな食の価値の創出を目指す一般社団法人Tokyo Food Instituteを設立しました。食関連にとどまらず、製造業など新たなプレイヤーの参入が増えています。
※SPF(Specialty store retailer of Private label Foods)製造小売業のこと
ー 異業種参入が加速した背景には、フードテック関連の情報が増えたことや、危機意識が
高まったことが関係しているのでしょうか。
田中:2020年頃から、大手企業によるフードテック関連の発信が増加。国や産業を超えて、フードシステム全体を「解決すべき課題」と捉え、国連食料システムサミットや東京栄養サミット2021のような国際的な議論の場も増えています。「どうしたら、よりサステナブルかつリジェネレイティブ※で、世界中の人々が心身ともに健やかに暮らしていくためのシステムを構築できるのか」を多くの人が考えるようになりました。そうしたムーブメントの高まりから、食品業界や周辺領域も含め、幅広いプレイヤーがフードテックに参入する契機になったのです。
※リジェネレイティブ(regenelative)、直訳すると再生。生産だけでなく、消費や廃棄物の再利用にいたる全体の流れをひとつのシステムとして捉え、無駄を出さない方法を構築し、生じてしまった廃棄物は別の形にして再び活用するアプローチのこと。
ー 長期化したコロナ禍を経て、変化が加速したカテゴリなどはありましたか?
田中:食糧危機や社会課題という文脈だけでなく、食の多様な価値、ロングテールニーズの表出です。食は単にお腹を満たすためのものではなく、自己実現や他者との繋がりなど多様な側面をもつもの。飢餓の解消といった既存の価値観から、健康寿命や心の健康など、より“ウェルビーイング”な方向へ転換しています。「多様な価値観に合わせて食も変化していくべき」という社会的な要請が生じてきたことは、大きな変革点と言えるでしょう。
またGDW※という言葉が登場し、経済価値では捉えきれない一人ひとりのウェルビーイングを価値の源泉に考えましょうという動きも出てきています。「Connect for Well-being」を掲げるロート製薬のように、コーポレートビジョンにウェルビーイングを取り入れる企業も増えています。
※GDW(gross domestic well-being)国内総充実
レストランテック、ECの進化が加速。
地域でのイノベーションにも注目
ー 2020年のフードテック革命刊行以降、フードテック領域で加速した動きや注目すべき点はありますか。
田中:レストランテックは劇的に広がっていますね。特にアメリカは動きが早く、2020年8月頃から、レストランテックが急拡大しました。レストランテックサミットなど、領域特化型のサミットが広がり、フードロボットに特化したメディアも登場しています。ゴーストキッチンとフードロボットで運営するレストランに参入するベンチャーも。
飲食店はこれまで、チェーン店以外は運用が非効率でした。それが、受発注から顧客管理までを含めたレストランOSや、横串のプラットフォームなど、さまざまなギャラリーソリューションが提供され、圧倒的な大変革が起こりました。トレタも予約管理システムにとどまらず、共同開発で新しいレストランOSにステップインしていましたね。
また地域というカテゴリも注目ポイントです。コロナ禍で生き残った外食チェーンは、いずれも地域に根ざした経営をしていました。コンパクトで意思疎通が成り立ちやすい、地域というコンパクトな単位は、リビングラボ化し、アップサイクリングやレストランテックなどの社会実装の場になっていくでしょう。イタリアでも、町単位でリジェネレイティブなまちづくりに向けた動きがあり、今後、イノベーションは地域単位で起こっていくと考えられます。
アメリカでは、コネクテッドオーブンなど、家庭向けの小物家電も動きが加速しています。家庭の中で料理する機会が増えたことで、急速に需要が高まりました。こうした背景から、IoTオーブンを手がけるJUNE OVENなどのスタートアップを、グリルの老舗企業のWeberが買収する動きが加速しています。
またECの伸長とともに、アプリとECのサービス連携も進んでいます。食材の相性をAIで解析し、最適なレシピを自動作成する「Plant Jammer」などが、ウォルマートやカルフールなど、大手スーパーマーケットのECサイトと協業する動きが進んでいます。お店にある在庫を起点にしたレシピ提案など、レシピプレイヤーとECプレイヤーの連携も。国内では、サッポロビール株式会社のうちレピが近いサービスを提供しています。
2025年大阪万博までが勝負。
日本のフードテックイノベーション
ー 海外の動きにはスピード感がありますね。日本ではフードテックベンチャーなどの縦横無尽な動きが少ないのは文化の違いもあるのでしょうか。
田中:欧米は基本的に、ロジカルに考えられたプロダクトやサービスが、すんなりローンチされるカルチャーがあります。ベンチャー企業が創出したものをドライブし、大手企業が資本を投入して、という形。翻って日本はフードテックに限らず、投資するプレイヤーが圧倒的に少ない。そうした背景から、なかなかダイナミクスは生まれにくいという現状があります。
もう一つは、意思決定の問題です。日本では新規事業立ち上げに際し、不確実性への懸念が多く、打席に立つことすら叶わないケースも。新規事業は5戦5勝ではなく、一勝できれば良い世界。新規事業開発で得られる成果は、事業そのものの成功に限らず、人材の成長や外部競争力、外部を巻き込む力の獲得やノウハウがたまる点にあります。そこが理解されず、新規事業が存続しないのは非常にもったいない。個人の力を信じて任せられる土壌があると良いのですが。
ー 著書「フードテック革命」にあった「フードテック革命に日本不在という現実」は、今も状態は変わらずでしょうか、それとも改善できている点もあるのでしょうか。
田中:芽は出だしていて、日本への期待値は高まっています。欧米のほうが進んでいますが、日本の技術力や発想力、食文化への憧れは今も変わらず関心を持たれています。私個人の考えとしては、食の進化は世界でバランスさせるべき。日本には強い技術や多様性、優秀な人材があるこそ、そこを世界に打ち出していくことが重要です。楽観はできず、ここ数年が勝負。
東京栄養サミット2021では、「食はローカル、知恵はグローバル」というキーワードが出てきました。知恵を研究にとどめず、再生可能なテクノロジーに乗せて世界に届けていくこと。世界のプレゼンスがどんどん高くなる中、発信しなければ、日本は“取り残された島国”に陥る可能性があります。万博までに何ができるのかがカギとなるでしょう。
2022年フードテック領域での
注目キーワードは
ー 2022年、フードテック領域で注目すべきトピックなどありましたら教えてください。
田中:オルタナティブ※領域についての考え方を、新しく定義していきたいですね。大豆プロテインや小麦プロテインをはじめ、アーモンドやオーツ、ソイなど、オルタナティブ・フードが進化し多様化する中で、その意味合いも変化しています。
スターバックスにオーツミルクが導入されたのは、実に象徴的な出来事。世の中が細分化されていく中で、ベジタリアンやヴィーガン向けという枠組みを超え、環境問題や人口問題といった地球的な課題への意識など、さまざまなメッセージをオルタナティブには込めていけます。
※オルタナティブ(Alternative)とは「代わりとなる」の意味で、オルタナティブ・フードは代わりとして選択できる食材のこと。一般的に、代替たんぱく質を指す。
またアップサイクリングは、新しい産業になる可能性を持っています。食から食へのアップサイクリングにとどまらず、化粧品や燃料、動物飼料などへの広がりを見せています。食品産業や飲料メーカーなどを包括した、大きな主体が出てくる予感があります。
次世代型自販機にも注目しています。新しい移動型調理マシンとして、スマートメディアマシンなど次なる調理モデルの形に進化していきそうです。
田中:複数企業のパートナーシップモデルも加速すると見込んでいます。地球と宇宙の食の課題解決を目指す「SPACE FOODSPHERE」や、「Food Tech Studio - Bites!」のようなプログラムがすでに始動しています。こうした複数企業の座組みは増えていくでしょうし、どのような動きになっていくのかは注目です。
また単独で突き抜けた動きをしている日本企業の動向も、明らかにしていきたいですね。
日本の食の未来に向けて、食品業界の方々には、ぜひ外に出て世界の動きに触れていただきたいですね。スマートキッチンサミットなど、カジュアルな対話の場に行くと、自分のコンフォートゾーンとは全く異なる熱量や動きの人に出会えます。
視野は広く、視座の高低を持つことで、提供できるソリューションの範囲は変わります。突破していくヒントは、外にあります。
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