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食の偏愛コラム
[研究開発AtoZ]味覚を科学する
食品業界の中でも、マーケティングやセールスからすると近いようで遠い存在の研究開発職。FoodClipでは現役の研究開発職に就かれている「じゃぐさん」に、開発職の基本や最新情報などをお話いただく連載企画。今回は「味覚の科学」について解説いただきました。
すっかり寒くなってきましたが、冬の味覚と言えば皆様何を思い浮かべますか?
カニや牡蠣などの海産物?ミカンなどの果物?ほかの季節に負けず劣らず、冬にもたくさんのおいしいものがそろっています。そんなふうに「冬の味覚」なんて言葉は日常的に使われますが、ここでの味覚は「おいしいもの」という意味合いが強いですよね。
ところで、「味覚」という言葉を説明しろと言われたらどのように伝えるでしょうか?おいしさを感じること、舌の上で味を感じること、いろんな表現ができると思います。
食を語る上で非常に重要な「味覚」。そもそも味覚とはどういうものなのか、科学的な切り口でたっぷり解説します。
味覚とは
味覚…味を感じる感覚。唾液(だえき)に溶けた化学物質が主に舌を刺激することによって起こり、甘さ・酸っぱさ・塩辛さ・苦さを感じ取る。「味覚をそそる」「味覚の秋」
[補説] 近年、甘味、酸味、塩味、苦味と並んで「うまみ」が五つめの味とされる。
引用:デジタル大辞泉
まずは「味覚」を辞書で調べてみました。人間に備わっている五感の一つで、舌の上で感じる味の感覚というのが最もベーシックな説明。
この味覚という感覚には「認識」と「嗜好」2つの捉え方があり、前者は「この液体は甘い、この粉末は苦い」というようにその味を識別する感覚で、後者は「この液体は好き(嫌い)」といったように、それをどう感じるかを意味しています。
この2つは混同して語られがちですが、切り分けてみると色々と気づきがあるかもしれませんね。
味の認識は舌でおこなわれるわけですが、もう少し詳細まで見てみましょう。
舌表面には味細胞が50〜100個ほど集まって味蕾(みらい)と呼ばれるたまねぎ状の組織を構成しています。
この味細胞に味覚受容体が発現していて、この受容体で砂糖などの味を呈する化合物を感知することで、味神経に通じて脳に情報が到達し、味を感じるのです。脳内では非常に複雑な経路を経て情報伝達がなされており、それらを経ることで味の認識だけではなく、味の嗜好(好ましいか否か)も判断されています。
五つの味覚
ヒトには味覚受容体で感知される味覚が5種類あって「五基本味(ごきほんあじ・ごきほんみ)」と呼ばれており、甘味、うま味、苦味、酸味、塩味から構成されています。
この5つが基本味であることは聞いたことがある方もいるかもしれませんが、なぜこの5つが選ばれて他のものがない理由までご存知でしょうか?
この基本味に選ばれる基準として、例えば以下のようなものがあります。
・受容体が舌の味蕾にある味細胞に存在していること
・それらの情報が味覚神経を介して、脳で認識できること
・複合的ではなく、特定成分と受容体の1対1であること
日本人のよくいう「うま味」は、これらの条件を満たさず「複合的に感じるもの」と考えられており、基本味ではありませんでした。しかし、近年になって上記の定義を満たすことがわかり、はれて基本味の仲間入り。「五基本味」と呼ばれることになりました。
うま味は直訳できる単語がないということで、英語でも「umami」と呼ばれています。
とはいえ、この定義はあくまで生理学的なものであって、各地の食文化ではまた違った味覚の定義があるのも事実。
例えば、四川料理での五味は「麻(しびれ)、辣(辛い)、甜(甘い)、鹹(塩)、酸」とも言われます。
前回の記事、「スパイスのお話」で紹介したように、辣の感覚は味細胞ではない細胞で感知して三叉神経(味神経ではない)を介して脳で認識しています。生理学的には基本味には分類されませんが、これも味覚の一つであるとはいえるでしょう。
五基本味の特徴
ここからその五基本味をひとつずつ紹介していきますが、整理すると以下のような表になります。
「どんな受容体か」「どんな物質(リガンド)が感知されるか」「生理的な意義は何か」という観点で見るとわかりやすいですよ!
甘味
【受容体】
T1R2とT1R3のヘテロダイマーからなるGPCRと呼ばれるもの。
【リガンド】
多くは糖質(ブドウ糖、ショ糖、糖アルコール等)が感知されますが、他にもグリシンなどのアミノ酸、アスパルテームなどのペプチド、ステビアという植物に含まれるレバウディオサイドなどのテルペノイド、など糖質ではないにも関わらず、甘いと感じるは多数存在し、天然合成も問いません。
これらは総称して「甘味料」と呼ばれ、特に食品添加物を指して甘味料と呼ぶことも多いです。
【生理的意義】
三大栄養素の「糖質」センサーとして働き、糖質の摂取で脳内報酬系においてドーパミンの放出を促し「快」を生じるといわれています。つまり、甘いものをおいしく感じる(あるいはやみつきになる)ってところですね。
糖は生物にとって必要なものですから、それを摂取して快楽が得られるなんて、とても合理的なシステムです。本来、体に必要だからおいしく感じている糖ですが、近年は摂り過ぎの弊害も出てきており、砂糖を代替する甘味料が多数登場しています。
【こぼれ話】
ひとくちに「糖」と言ってもたくさん種類があり、ベーシックな物質である砂糖(ショ糖、スクロースとも)の他にも、果物やはちみつに多い果糖(フルクトース)、ガムで有名なキシリトールなど、膨大な種類があります。
さらに言えば、砂糖の中にも粒径のやや大きい双目糖(グラニュー糖、白双糖、いわゆるザラメ)、粒径が小さく転化糖をかけてしっとりさせた上白糖、カラメル化させた三温糖、精製度が低く他の成分も多く含む黒糖や和三盆糖など……。化合物としては同じ砂糖でも、製造方法によってこれだけの種類があることに驚きます。
ここからも、いかに人類が糖に固執しているかがわかる気がしますね。
うま味
【受容体】
T1R1とT1R3のヘテロダイマーからなるGPCR。甘味と非常に似ています。
【リガンド】
グルタミン酸(昆布、トマト、チーズ)、イノシン酸(鰹節、煮干し、肉類)、グアニル酸(シイタケ)など。こうして見るといかにも「うま味」って感じの成分ばかりで、食材もスープやお出汁に使うものが多いのがわかります。
【生理的意義】
栄養素のひとつであるたんぱく質のセンサーともいわれますが、どうやら確定的な話はないようです。なお、うま味物質も甘味物質と同様に、脳内報酬系を活性化することが知られています。
【こぼれ話】
うま味には相乗効果と呼ばれる特殊な感じ方があり、それを証明するこんな実験があります。
グルタミン酸溶液とイノシン酸溶液を準備して、順番に口に含んでどちらの方がうま味を強く感じるか選んでもらうテストを想像してみてください。その際にテストする人たちを二つのグループに分けて、Aグループにはグルタミン酸、Bグループにはイノシン酸を先に口に含むよう指示しました。さて、どちらの溶液がうま味を強く感じるのでしょうか。予想してみてください。
不思議なことに答えは真っ二つに割れます。Aグループはイノシン酸、Bグループはグルタミン酸。後で味わった溶液が明らかに強いと答えます……!
これは何が起きているかというと、片方の溶液が舌の上にある状態でもう片方の溶液が舌に来るとうま味の相乗効果が起き、強いうま味を感じるというもの。だから、どちらのグループも二番目に口に含んだ方のうま味が強いと感じたわけです。
ちなみに僕の経験上、「うま味」を「うま味」と認識できる人は意外と少なく、塩味と間違える人も多いです。ご自宅にうま味調味料があれば、ぜひ舐めてみてください。うま味という感覚を体感することができます。「うま味とは言うが、これはうまい・・・のか?」と少し不思議な気持ちになるはずです。「うま味=うまい(旨い)」ではなく、umamiという感覚だと考える方がわかりやすいかもしれません。
苦味
【受容体】
TAS2Rなど多数(ヒトでは26種とも)
【リガンド】
キニーネ(トニックウォーター)、カフェイン(コーヒー)、カテキン類(コーヒー、茶、チョコレート)、ククルビタシン(ゴーヤ)、α酸(ビール)など多数。
【生理的意義】
毒物に対する忌避反応と言われており、本来避けるべき味として知られています。受容体の数が他と比べて圧倒的に多いことも、絶対に感知してやるという意気込みを感じます。
これを確かめるために、昔に面白い実験がおこなわれています。先天的に忌避する感覚であれば赤ちゃんでも感じるはずだ!ということで、苦味物質を赤ちゃんに摂取させるという、何ともいえない実験です。
結果は「確かにものすごく嫌そうな顔をする」という、そりゃそうだよねという話です。気になる方は「赤ちゃん 苦味」で検索をするとその様子が見られるかもしれません。
ちなみに、この習性(苦いものは嫌い)を逆手にとって、おもちゃに苦味物質を塗って誤飲防止に役立てているという例もあります。こんなところでも味覚は役に立っているんですね。
【こぼれ話】
さて、苦味=忌避というのは直感的に分からないのでもないですが、しかしながら、ビールにしろコーヒーにしろ、慣れてくるとむしろおいしく感じる・・・いや、ハマるレベルになるということはないでしょうか?
なぜ本来避けるべき苦味はクセになるのか。諸説あるのでなかなか断定は難しいですが、以下のような話があるようです。
■なぜ避けるべき苦味がクセになるのか
・苦味を呈する物質は何かしら薬理機能(カフェインであれば覚醒作用など)を有しているものが多く、本能的にそれを欲しているという説
・苦味を含むものでも栄養価の高いもの(果物や野菜など)は多く、それらを摂取できることは生存戦略上有用であり、そのような能力を持った祖先が淘汰されずに残ったという説
・ストレスを感じている時は苦味を感じにくいため、その時に摂取したときにおいしいと感じることで、それが記憶されるという説
また、苦味に受容体がたくさんあることは前述の通りですが、その感じ方は遺伝的にも個人差が大きいことも知られています。例えばカフェインの苦味に対する感受性も特定の遺伝子多型によって決まっており、さらにそれがコーヒーの消費量とも関係しているということも知られています。
現在、ゲノム解析サービスが世の中に少しずつ広がっています。自分の苦味感受性が分かる会社もあるので、これからは遺伝子ごとに好きな苦みを選ぶ時代が来るかもしれませんね。
塩味
【受容体】
ENaCと呼ばれるイオンチャネル。これは適量で好ましいと感じるときのルートで、詳細がわかったのは、2020年とつい最近のこと。濃過ぎて塩が不快だと感じるルートについては、まだわかっていないようです。
【リガンド】
食塩(塩化ナトリウム:NaCl)。一応塩化カリウム(KCl)も塩味をもたらすため、減塩製品に添加されることもありますが、塩化ナトリウムほどシャープな塩味は得られません。ほかの基本味と比較して、リガンドの種類が圧倒的に少ないです。
【生理的意義】
ミネラル(ナトリウム)の補給
【こぼれ話】
砂糖に対する人工甘味料のようなものが食塩にはあまりないと思いませんか?
食塩を好ましく感じるルートが明らかになったのはつい最近のことですので、この研究が発展すれば「人工塩味料」のできる日が来るかもしれません。特に日本人は食塩摂取量が過剰になりがちなので、生活習慣病予防の観点でも重要になるでしょう。
これまで人工の調味料は、化学的に何かしらの物質で味を感じさせようとしていました。塩味の場合は、それを電気信号で達成できないかということで、なんと微弱な電気を流すことで塩味を感じる箸やフォークを開発する取り組みがなされています。
いわゆるフードテックと呼ばれる分野で、塩味の代替が難しいからこそ様々な切り口からのアプローチがなされているのかもしれませんね。もしこれが実現すれば食塩の低減のみならず、遠く離れた二人が味覚を共有することができる、なんて日も来るかもしれません。
酸味
【受容体】
Otopetrin1(OTOP1)と呼ばれるイオンチャネルが主要な酸味センサーとして機能することが、2019年に明らかになったようです。このことがわかったのも、塩味同様ごく最近です。
【リガンド】
酸全般(水素イオン)。クエン酸(レモン、梅)、乳酸(発酵乳)、酢酸(酢)、ビタミンC(野菜、果物)
【生理的意義】
未熟なものや腐敗への忌避が基本ですが、一部エネルギーにもなります。
【こぼれ話】
酸味、いわゆる酸っぱいという感覚ですが、酸っぱいものが好きという方もおられるでしょう。しかし、酸っぱいものが好きと思っている人も、実は化学的に考えると甘酸っぱいものが好きということかもしれません。
果物やヨーグルトなど多くのものは「甘酸っぱい」もの。糖度と酸度の比率として糖酸比と呼ばれます。純粋な酸味物質はなかなかに強烈なもので、糖が含まれることでマイルドになるのです。
「ミラクルフルーツ」と呼ばれる果物をご存知でしょうか?ミラクルフルーツを口に含んで舌になじませたのちに、レモンやヨーグルトなどの酸っぱいものを食べると、不思議なことに甘く感じます。「ミラクルフルーツ」にはミラクリンと呼ばれる化合物が含まれていて、酸味物質(水素イオン)と結合することで甘味を感じるようになるミラクルな物質です。
ミラクルフルーツは普通に市場にも出回っていますので、ぜひ購入して酸味と甘味の不思議体験をしてみてください。
家庭でもできる、味覚チェック
最後に、ご家庭でも簡単にできる味覚チェックする官能評価の方法をご紹介します。
甘味(砂糖)と塩味(食塩)はもちろん、酸味(酢、クエン酸)とうま味(グルタミン酸ナトリウム:うま味調味料)もご家庭にある場合も多いでしょう。苦味(カフェイン)は少し難しいかもしれません。
1. 砂糖1%の溶液を作ります。
2.水で半々に薄めていき、五つのサンプルを準備します。
3.水からスタートし、順々に濃いものを評価します。
※濃い方から始めると舌がバカになって評価できないので要注意。
4.水とは違う何かの味を感じたところが「検知閾値」です。その後これが甘いとわかった濃度が「認知閾値」になります。
5.砂糖以外でもいろいろ試してみましょう。食塩:0.2%、クエン酸:0.04%、グルタミン酸ナトリウム:0.1%、カフェイン:0.05%スタート程度が目安です。
この閾値は個人差や性差、年齢差、生活習慣、その日の体調などによっても変わります。検知閾値と認知閾値の差が味覚の種類によって違ったり、さらには遺伝的に特定の味を感じない人が現れたり。たったこれだけで、味覚の面白さをはじめ色々なことが分かります。
ご家庭にある調味料で簡単に試せますので、ぜひ一度お試しいただき、味覚というものを身近に感じてみてください!
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著者情報

- じゃぐ
- 食品メーカーの現役研究員。基礎研究から商品開発まで幅広い業務経験を持ち、学生時代から栄養学や薬理学を専門とするなど、一貫して食と健康の課題に取り組んでいる。科学全般や理系就活生向けの話題もSNSで情報発信中。
https://twitter.com/food_juggle