
企業・業界動向
ロイヤルホールディングス菊地会長が考える「外食×DX」ブレイクスルー5つの視点
大きな転換点を迎えている外食産業。DXの力でブレイクスルーを成し遂げるためには、どのような視点が必要なのでしょうか。2022年2月16日に開催された「SKS Japan Focus Session」では、テクノロジーによる外食産業の体験価値向上をテーマに、各種セッションがおこなわれました。今回は「外食&ホスピタリティ産業の未来像」より、ロイヤルホールディングス代表取締役会長の菊地唯夫氏の発話内容をご紹介します。
「外食&ホスピタリティ産業の未来像」
「外食&ホスピタリティ産業の未来像」には、ロイヤルホールディングス代表取締役会長の菊地唯夫氏と、トレタ代表取締役CEOの中村仁氏が登壇。シグマクシス常務執行役でSKS Japan主催者でもある田中宏隆氏がモデレーターをつとめ、コロナ禍で大きく変化したレストランの位置づけや、DXの現状などが議論されました。本記事の前半では、菊地唯夫氏によるプレゼンテーションのスライドシェア、後半では3名のパネルディスカッションの中から、菊地氏の発話内容をまとめてご紹介いたします。
スピーカー:
ロイヤルホールディングス代表取締役会長 菊地唯夫氏
DXが外食産業にもたらす5つの変革
菊地氏のプレゼンテーションでは、DXが外食業にもたらす変革について、「波の影響を緩和」「サービスの提供と消費の同時性問題の緩和」「ロングテールビジネスの可能性」「顧客とのつながりの変化」「スケール“デ”メリット」の緩和」という、5つの視点で解説。外食業でのDX導入によって、これまで抱えていた課題が“緩和される”と語ります。
菊地氏(以下、菊地):現在進んでいるDXが、外食産業にどういう影響を与えるか。私は、5つの点に注目しています。
1.波(繁閑の差)の影響を緩和
外食産業において、「波」は厄介な存在です。1日のなかではランチやディナー、1週間だと週末や平日、1年では春休み、GW、夏休みといった、さまざまな波を調整しつつ収益を稼がねばなりません。損益分岐点を一本の線とすると、その線を波が上回れば黒字、下回ると赤字になります。ずっと黒字が出続けるということはありません。
さらにコロナ禍以前に、損益分岐点そのものが上がっていたと考えられます。また、波に対応するためには、どうしても人の数を調整弁とせざるを得ないのですが、人口減少の影響で機能不全に陥っています。
この波への対処としては、 「損益分岐点の引き下げ」「ピーク時の売上最大化」「オフピークの売上補完」「振幅の平準化」といった方法が考えられます。現在キーワードとなっている 「シェアリング」「ダイナミックプライシング」「サブスクリプション」という視点も有効であり、こうした波に対して新しいソリューションを生み出すのがテクノロジーである、と考えております。
2.サービスの提供と消費の同時性問題の緩和
外食産業には「サービスの提供と消費が同時に起こる」という特徴があります。この厳しい課題も、人で調整しなければなりませんでした。ところが人を減らすとサービスの質も低下し、お客さまと店の双方にストレスがかかってしまいます。そこにプレオーダーやモバイルオーダー、調理機器のイノベーションといったテクノロジーが生まれました。これでかなりの部分の緩和が期待できます。
3.ロングテールビジネスの可能性
外食産業はこれまで、マスマーケットしかターゲットにできませんでした。人件費をはじめとする、高い固定費を前提としたビジネスモデルであるがゆえに、固定費を吸収するためにマスを必要としたからです。それが食の領域においても、キャッシュレスや事前決済、デリバリーなどといったDXが進むことで、例えば良い立地ではない場所の出店でもデリバリーやECサイトでご希望の商品をお届けできたり、店舗での会計作業が不要になるなどが可能になり、健康食や宗教食、有機野菜といったロングテールのビジネスモデル化が視野に入ってくると思います。
4.顧客とのつながりの変化
従来の外食の産業化は、チェーン理論にもとづいて「どんどん店舗を増やす」という形態でした。なぜそれがうまく機能したのか?というと、お客さまよりも店の方が優位性を持っていたからです。情報の非対称性(サービスの売り手と買い手との間で、保有する情報に格差があること)がありました。
ところが情報通信の発達により、店側が持っていた「安心して食事ができる店」「コストパフォーマンスがいい店」といった優位性が消滅しました。お客さまの方が、行く前から店のことがわかるようになったのです。そこへ新たに生まれたのがDXです。オンライン・コミュニケーションによって「顧客との接点を価値に変えていこう」という、新たな視点です。
5.スケール“デ”メリットの緩和
他の産業が、規模の拡大とともに価値も拡大し続けるのに対して、外食産業のうち一部の業態では、規模と価値の拡大が放物線状になっています。ある程度の規模まで拡大すると、陳腐化して価値が下がっていくというものです。それに対してロイヤルホストは、営業時間を短縮したり、店舗休業日を設けたりして規模を小さくすることで、価値の最大化を図りました。
ところが、人手不足でこの山はさらに動いてしまっています。私たちの使命は、規模を小さくして縮小均衡するのではなく、規模を拡張しつつ価値を高めることができるようバランスをとることであり、テクノロジーがその力になると考えています。
デジタルの活用が、スケールデメリットの緩和に繋がるのでは、というのが私の視点です。外食産業は、プレコロナのころからさまざまな課題を抱えていました。今申し上げた5つの可能性というのは、問題に対する大きなソリューションになりうると考えています。
今回、DXの可能性として、緩和という言い方をしています。解消ではなく緩和であると。なぜかというと、やはり人間、その一瞬でしか体験できない価値やそこにしかないサービスなど「同時性があるがゆえに起こる価値」が、これからの外食産業のなかで、本質的に求められてくる領域だと考えています。
足元の外食産業の実態は?現在地を考える。
「外食産業×DX」の最前線に立つ、菊地・中村両氏による熱のこもったプレゼンテーションが展開され、セッション後半はパネルディスカッションへ。菊地氏は、研究開発店舗「GATHERING TABLE PANTRY」を例に、外食産業の現状とテクノロジーの必要性についてコメント。ブレイクスルーの要件や外食の価値について、熱い議論が交わされました。
田中:まずうかがいたいのが「今足元の外食産業の状況」、現在地についてどのように感じているのか教えてください。
ロイヤルのDX現在地、「GATHERING TABLE PANTRY」
菊地:当社が今置かれている状況についてお話しすることで、現在地というものが相似形として浮かびあがってくるかと思います。これからの時代、いろいろなテクノロジーを活用していかなければなりません。
2017年、東京の馬喰町に「GATHERING TABLE PANTRY」をオープンし、テクノロジーを用いた店づくりにチャレンジしました。そこから生まれたのが「ロイヤルデリ」です。完全キャッシュレスで、レジ締め業務も無く、火と油を使わないキッチンのため清掃もほとんどしなくていい店舗です。実際に店長の業務がかなり減り、「この店を通じて、店長は本来何をするべきかに気づいた」と話していました。
菊地:ただ、この店の仕組みは他店舗には波及しませんでした。店そのものを、完全に出島のように作ったからです。そこで昨年から、既存の店に「出島」を作るプロジェクトを、私がリーダーとなり進めています。従業員参加型のオンライン公開セッションをおこない、チャットで意見を出してもらって、数がまとまるとQAセッションを実施。最近では自分ごととしてアイデアを出す従業員が増えたと感じます。
他社も、デジタル化に向けた動きが活発だったのは2017年ごろだったと思います。現在コロナ禍で頓挫している企業もあるかもしれません。私はコロナ禍だからこそ、動かすことが必要だと考えています。
2022年は、団塊の世代が75歳を迎え、Z世代の人たちが25歳を超える、「消費における大世代交代」がはじまる、象徴的な年になります。これまでの大量消費とは、違う価値観を持つZ世代の声を、受け入れていかなければと思います。
ロイヤルが考える、成功に導く3つの社内改革
田中:レストランDXについて、経営者としても「あればいい」ではなく、「must have」になっています。そうした中で、業界にぐんと広がっていくために、ボトルネックになっているのはどんな点でしょう。
菊地:成功に導くために何が必要なのか?私もずっと考えていますが、おそらく三つなんだろうなと思います。
1.外部のチームと組む
レストランテックは、今までのように「どのベンダーと組むか、入札して」という方法だと、検討している間に技術が進化してしまいます。やはり、外部の知恵とオープンな議論が必要です。当社のプロジェクトも、現在は3社ほどと共同で取り組んでいます。分科会という形で担当を振り分け、毎日の朝会と一週間に1度、進捗の議論をしています。そういった形で、外部を巻き込んでいくこと。
2.情報を公開する
どうしても既存のやり方に慣れていると、テクノロジーは「敵なのか?味方なのか?」と考えた時に、皆さん不安や恐怖を感じておられると思います。ですから、情報を公開し、外食経営者の不安を取り除いていくこと。
3.ウォーターフォールからアジャイルへ
今まで何かシステムを入れるとなると、まず「予算がいくらで、こんなことができて、費用対効果はこうなります」というウォーターフォール型でした。今のデジタル、DXの世界は、アジャイルにトライアンドエラーを繰り返していく、このやり方に慣れていくということが、非常に大事なポイントだろうと思います。投資額はいくらなんですという話になってしまうと、いつまでも進まない。これは自分たちへの反省でもあると思います。
外食産業に求められる「価値」とは
パネルディスカッションの最後には、モデレーターの田中氏から「これからのレストランの役割、リアル店舗の持つ意義」について、質問が投げかけられました。
田中:店舗に限らず、デリバリーやオンライン販売、フードロボットなども、レストランとして捉えられる可能性が出てきます。そうした時に、レストランの定義、リアル店舗の持つ意義や役割についてうかがえたらと。
菊地:何度か他の場でもご紹介した、非常に本質的な話なんですけども、ゴリラの研究をされている京都大学前総長の山極壽一先生のお話がすごく印象に残っています。
人間の五感「視覚」「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」のうち、同じように共有できるのは、視覚と聴覚です。味覚、嗅覚、触覚は完全に共有はできないと言われています。一方で、その味覚や嗅覚、触覚という共有できないと言われる感覚が、人間の社会で信頼関係を構築する上で大事であるということなのです。そこに外食産業の価値が見いだされます。コロナ禍で分断された人たちをもう一度結び付け、連帯させるという役割があるのです。
菊地:産業社会の進化は、時間を短縮して空間を圧縮するプロセスです。そのなかで私たち外食産業、ホスピタリティ産業の役割と本質が問われています。
アパレル産業におけるECや、金融業におけるネットバンキングのような「リアルがデジタルになる」という変化においては、外食産業の「モノ(機能)消費」としての価値(value)は下がります。一方、「わざわざ行く価値がある店」といった「コト消費」に対する価値(worth)が、今後はより求められるのではないでしょうか。
外食産業の価値とは何か。私たちは「価値」を「value」と訳してしまいがちです。外食産業は、価格に対するコストパフォーマンスといった価値よりも、本質的な価値が問われる産業であり、それを作るために必要なのがDXであると考えます。
コロナ禍で急速に進んだDXと、あらためて問われる外食産業の価値。暗いムードが漂う中ですが、菊地氏のコメントからは、「まだまだできることは沢山ある」「価値ある店舗を再定義する絶好のターニングポイントである」という、希望の光が垣間見えました。次回は、トレタ中村氏の発話内容をお届けします。
この記事が気に入ったらフォロー
ニュースレター登録で最新情報をお届けします!
著者情報

- FoodClip
- 「食マーケティングの解像度をあげる」をコンセプトに、市場の動向やトレンドを発信する専門メディア。
月2-5回配信されるニュースレターにぜひご登録ください。
登録はこちら>>> https://foodclip.cookpad.com/newsletter/
twitter : https://twitter.com/foodclip