
企業・業界動向
人件費13%減も。トレタ中村CEOが伴走する「変革期の突き抜けたDX」
2022年2月16日に開催された「SKS Japan Focus Session」。テクノロジーによる外食産業の体験価値向上をテーマに、各種セッションがおこなわれました。FoodClipでは、イベント総括や各種セッションの内容をレポートします。今回は「外食&ホスピタリティ産業の未来像」より、トレタ代表取締役CEOの中村仁氏の発話内容を紹介します。
「外食&ホスピタリティ産業の未来像」
「外食&ホスピタリティ産業の未来像」には、ロイヤルホールディングス代表取締役会長の菊地唯夫氏と、トレタ代表取締役CEOの中村仁氏が登壇。シグマクシス常務執行役でSKS Japan主催者でもある田中宏隆氏がモデレーターをつとめ、コロナ禍で大きく変化したレストランの位置づけや、DXの現状などが議論されました。本記事の前半では、中村仁氏によるプレゼンテーションのスライドシェア、後半では3名のパネルディスカッションの中から、中村氏の発話内容をまとめて紹介します。
中村氏はプレゼンテーションで、コロナ禍で外食産業が史上最大の変革期にあると指摘。変革の方向性を「労働産業から知識感情産業へ」、「部分最適から全体最適へ」と語りました。
飲食業界、史上最大の変革期
「労働産業」から「知識感情産業」へ
中村氏(以下、中村):外食産業では、「今後10年ほどで起きる」と予測された変化がコロナ禍で一気に起きました。産業構造そのものが変化するという、パラダイムシフトが起きたのです。具体的には、「労働産業」から「知識感情産業」への変化です。低賃金で大量の人を採用する労働集約型の産業が、コロナ禍では持続不可能であることが明らかになりました。
そこでどう変わるのか。「知識感情産業」は、労働時間の長さではなく、提供する価値の大きさに対して報酬を得るという方向性を持つ産業です。低賃金での大量雇用ではなく、専門知識や高いスキルを持った“少数精鋭”で回せる事業にすることが必要です。求められるのは、勘や経験といった非効率なものではなく、自動化やデータといったもの。この変化に対応するために必要なのがDXです。
カギは「おもてなしの呪い」からの脱却
中村:「DX」と「IT化」の違いは何でしょうか。IT化は、これまで続いてきたアナログのオペレーションを温存し、その上に部分的にITを導入して効率化を図るやりかたです。それに対してDXでは、それをいったんゼロリセットし、根本からデジタル前提で店を作り変えます。極端な言い方をすると、デジタルだけで回る店を作り、そこに付加価値としてスタッフを配置するという考えかたです。
このような、これまでの延長線上にないアプローチをする時に必要なのが、「おもてなしの呪い」からの脱却です。この呪いにかかっている限り、DXはできません。
おもてなしの呪いとは「日本の飲食店の根源的な価値は“おもてなし”であり、おもてなしと言えばface to faceによる人と人とのつながりである。だから、デジタル化をすると日本の飲食店の良さが失われてしまう」という、これまでの外食産業で広く浸透していた常識です。
DXで成功するためには、その思考から脱却しなければなりません。そもそもお客さまのストレスを減らし、外食体験をより良くするという観点で考えれば、むしろデジタルを積極的に活用することも、重要な選択肢のひとつのはずです。
DXの本質は「部分最適」から
「全体最適」へのシフト
中村:次に、DXの本質について考えます。ひと言でいうと、「部分最適」から「全体最適」にシフトするということです。これにより、店舗業務の設計の前提が大きく変わります。これまでの人力前提では効率化のために分業が進み、それぞれの業務に担当者がいました。DXでは逆の発想で、一体化や一元管理をしなければ効率は上がりません。
皆さんの店でも、いろんなデジタルツールを導入して、「部分的には楽になったけれど全体を見るとやたらツールばかり増えて、データはバラバラで活用ができていない」ということはないでしょうか。これはなぜ起きるかというと、バラバラに分業されたものをバラバラにIT化しているからです。
「すみません」をなくす
中村:もちろん、分業された業務を個別にデジタル化しても、それなりに成果は出ます。店からすると、これは効率がよくなったように見えます。しかし、お客さまにとってはどうでしょうか。それぞれのプロセスがぶつ切りにされているため、都度「すみません」と声をかけなければなりません。お客さまの体験としては、理想形になっていないのです。
この流れをスムーズにすることが、DXの狙いのひとつになります。プロセスの境目をできるだけなくして、全体としてひとつの仕組みを置いて流れるようにしていきます。お客さまを待たせることも、「すみません」と言わせることもないのです。
全体としてひとつの仕組みが構築され、お客さまの体験がスムーズになれば、オペレーションもスムーズに流れるようになります。バラバラのツールを人力で別々に使う必要がなくなりますので、業務効率も飛躍的に向上します。
データも一元管理されていきます。部分ではなく「全体をシステム化する」、これが全体最適の考え方です。初めから全部やろうとするのは難しいかもしれませんが、この発想を持つことが大切です。
とはいえ、オペレーションやシステムを新しく作り直すのには勇気がいります。現場に任せると、どうしても「IT化で混乱するとお客さまに迷惑をかけてしまう」という心配のあまり、大きな変化に挑戦しづらいのが現実です。
「現状を大きく変えずにどうIT化するか?」という発想になるので、今までの業務を変えられないし、そもそもその権限もありません。全体最適を考え、大きな変化に挑戦できるのは、経営者しかいないのです。
「同期型業務」から「非同期型業務」へ
中村:飲食店には、「サービスの提供と消費が同時に起こる」という特徴があります。これを私たちは「同期型業務」と定義します。具体的に言うと、現場では、食事の提供はもちろんのこと、メニュー提供や注文、お会計、予約の電話対応など、ありとあらゆる業務が「お客さまと対面し、お互いに同じ時間を拘束してコミュニケーションをとる」ことが前提になっていますよね。これが同期型です。
この同期型であることがよくわかるのが、店内で「すみません」と店員さんを呼ぶお客さまの多さ。店員さんを呼んで、テーブルまで来てもらわなければ、何も始まらないのが今の飲食店なのです。そしてその「すみません」に常に追われて仕事しているのが、現場スタッフの現状と言えるでしょう。
しかし、この「同期型」のコミュニケーションは、スタッフに大きなストレスがかかるのです。高度なコミュニケーション能力が求められますし、そもそも自分で仕事をコントロールできないことも、精神的にかなりの負荷になります。
そこでホワイトカラーの世界で一足先に起きたのが、テクノロジーの活用による「業務の非同期化」です。例えば、電話という同期型コミュニケーションの代わりに、メールやチャットを導入する。そうすると、他人から仕事を中断されることもなく、自分で仕事をコントロールできるようになります。生産性が上がるのはもちろん、精神的にもストレスが減るという成果が出ました。
このように、同期型を非同期型に転換できるのが、デジタルの持つ大きなインパクトです。そしてそれが今、ようやく店舗の現場でも起きようとしている。実はそれこそが店舗のDXの本質なのではないかと。
たとえばオンライン予約は、予約受付業務の非同期化です。店の予約が電話ではなくオンラインになれば、お店の人はお客さまと直接やりとりして予約対応をしなくて良くなります。お店は手が空いた時に予約確認すればいいし、お客さまも電話が繋がらないとか、待たされるというストレスがなくなります。このDXを実現した事例については、パネルディスカッションで後述します。
「PLの構造を変えたい」 塚田農場のDX
「外食産業×DX」の最前線に立つ、菊地・中村両氏による熱のこもったプレゼンテーションが展開されたのち、セッション後半のパネルディスカッションへ。中村氏は、自身が手がけた「塚田農場」のモバイルオーダーシステムの事例をもとに、外食産業におけるテクノロジーの必要性についてコメント。ブレイクスルーの要件や外食の価値について、熱い議論が交わされました。
田中:中村さんが手がけた塚田農場のモバイルオーダーシステムは、どんな体制でどれぐらいの期間進められたのですか。
中村:塚田農場を運営するエー・ピーホールディングスのCOO野本 周作さんが、「DXをやる」と決めて、ベンダーの選定から何から、ご自身で取り組んでいました。ベンダーをうちに決めてくれたのも即決でした。
「DXで何を実現したいのか」という問いに対する彼の答えは明確でした。「PL(損益計算書)の構造を変えたい」と。改善とかコスト削減というレベルではなく、“構造的に変えたい”と。それぐらい明確な目標を持っていました。
自身がプロジェクトリーダーとなって社員を巻き込み、毎週ミーティングを行って、約1年かけて開発。ベンダーの私も、社内向けのビデオメッセージに「思いを語ってほしい」と協力を求められました。全員を巻き込んだコミュニケーションが丁寧にとられていました。結果、現場も盛り上がり、塚田農場全店が「モバイルオーダーを導入したい」と一斉に手を挙げたのです。
システムの導入と接客スタイルの見直しで、
人件費が32%→19%に!?
田中:1年かけて、システムをガラッと変えたのですね。効果はどれぐらいあったのでしょうか。
中村:先行して導入した店舗の結果を元にすると、人件費が32%から19%になるという試算が出ています。もちろんテストケースですし、コロナ禍で売上やシフトが不安定な時期の実績です。とはいえ、それでも20%を切るなんて、もう飲食店のPLではないですよね。全く別の産業になったと言ってもいい。ここまで人件費が下がったら、売上が7割になっても生き残れる感じがしませんか。
システムの開発と並行して、接客もすべて見直しを進めています。塚田農場は、もともと接客においても高評価を頂いていたブランドではありますが、それでもその成功体験を一旦捨てて、「モバイルオーダーに合わせた接客」を再構築しようと。
そして無事全店に導入が完了したのですが、まだまだ接客やオペレーションの再構築は道半ば。とはいえ、それでもお店から「すみません」がなくなりました。「オーダーをお願いします」とか、「おしぼりをください」とか、「料理はまだか」とか、「お会計お願いします」とか、そういった時に発する「すみません」が聞こえてこないのです。しかも、それに気がつかないぐらい、オペレーションが自然に流れていました。
では、それでお客さまとのコミュニケーションが減ったのか?と言われると実はその逆。むしろ店舗スタッフの皆さんは、さまざまな業務負荷が軽減されたことによって、以前よりも笑顔が増えていますし、お客さまと会話を交わす余裕も増している、という成果も出つつあります。
高機能よりも「使いやすさ」にこだわる
田中:DXを進めようとする時、外食産業の経営者からは「使える人がいない」とか「使いこなせるか不安」といった声が聞かれます。塚田農場の場合は、そういったDXを推進する人材は初めからいらっしゃったのでしょうか。
中村:以前から、当社が開発した台帳システムを使っていただいていたこともあり、システムに対する親和性はありました。加えて、エー・ピーさんとは台帳活用においても、従来よりかなり密にやりとりさせていただいたんです。弊社のデータサイエンティストが予約データを分析して、定期的に予約や集客改善のディスカッションをするミーティングも開催してきました。
最初は一部の方しか参加していなかったのですが、今では多くの店長さんも参加されています。データを店舗改善に活かすことが当たり前のようにできるなど、リテラシーもかなり向上してきています。そういったコロナ前からの取り組みも、プラスに作用したのではないかと思います。
また、もともと当社はサービス開発において、「高機能よりも使いやすさを重視する」という文化があるのも強みだと思っています。使いこなせない高機能より、誰でも安心して使いこなせるシンプルさのほうが、結果としてより大きな成果を出せるというのは、ひとつの真実だと思います。だから、「トレーニングなしで誰でもすぐに使えるもの」を作ろうと。今回のモバイルオーダーも、かなり使い勝手やUIにこだわって開発しました。
突き抜けたものを作るための「トップダウン」
田中:他に、ブレイクスルーには何が必要だと思いますか。
中村:大事なところは、トップダウンで進めるということです。
たとえば、モバイルオーダーのプロジェクトから派生して、「予約システムを改善したい」という相談を受けました。最初は、「席が指定できるような、高度なオンライン予約機能を追加したい」というアイデアからスタートしました。ですが、そこでデータなどを見ながら議論を進めていくうちに、「いや、まずは公式サイトをオンライン予約に最適化した形に作り直そう」と、基本からやり直そうという話になりました。
その結果、これからのオンライン予約や公式サイトの理想を先取りしたものができました。公式サイト経由の予約が倍に伸びるなど、すでに成果も出ています。
エー・ピーホールディングスのCOO野本氏は、それをトップダウンで進めました。後から聞いて驚いたのですが、トップのCEO含めて社内での共有も最小限にしていたそうです。あまり広く共有しすぎてしまうと、いろんな立場の人たちから改善要望や指摘が入ってきて平均点化し、結果的に強いものができなくなってしまう懸念があると。
ただ、もちろんうまくいかなかった場合の責任など、COO自身もリスクを取っていることも事実です。そのリスクテイクも含めて、やはり突き抜けたものを作るためには、トップダウンで突っ走ることも必要なのだと、塚田農場のプロジェクトを通じて学びました。
モバイルオーダーのプロジェクトから派生して、リニューアルされた塚田農場の公式サイト
参照:https://www.tsukadanojo.jp/
外食産業に求められる「価値」とは
パネルディスカッションの最後には、モデレーターの田中氏から「これからのレストランの役割、リアル店舗の持つ意義」について、質問が投げかけられました。
田中:DXが進むと、デリバリーやオンライン販売、フードロボットなどもレストランとして捉えられる可能性が出てきます。改めて、レストランの定義やリアル店舗が持つ意義や役割についてお聞かせください。
中村:コロナ禍では、DXによって時間と空間を超越する流れが進みました。外食産業でも、レストランのアンバンドリング(分解する、切り離すの意)が進み、レストランの3要素である「食」「場」「人」が、テクノロジーでバラバラに提供することができるという流れです。
それを試行錯誤していくなかで、改めてその3要素が揃った時の価値が際立つと実感しました。3つが揃うことで起こる化学変化や、得られる体験価値です。それがレストランやリアル店舗が持つ意義であり、価値であると考えます。リアルの場の力をどう発揮させていくのか、化学変化を呼び起こすために何ができるのか、といったことにフォーカスしようとしています。
田中:それを、デジタルをベースにやろうとしているのですね。
中村:そうです。一周回って戻ってきたように思われるかもしれませんが、らせんのような形で、以前いた場所からは何段階か上にいるようなイメージです。
田中:デジタルとリアルが行き来するのは、メタバースの考え方に近いですね。最先端だと感じます。
中村:リアルの場のアップデートやアップグレードを、デジタルで実現したいですね。デジタルかアナログかという議論ではありません。
本来、テクノロジーとはモビルスーツのようなもので、人間の限界や能力を拡張するためにあります。人間の限界を突破するためにテクノロジーを使う、という考え方にシフトしないといけないと思っています。
中村:外食産業の人たちは、今までのITツールの限界や制約を前提に「こういうものだよね」「ここまでしかできないよね」というスタンスで、ITツールと向き合っているように見えます。しかし、その前提をいったん外して、「お客さまにこう楽しんでほしい」「こういう体験を提供したい」「理想の業務はこういう形であるべき」といった高い目標を持って、それを実現させるためにテクノロジーがあると考えてほしいです。
私たちベンダーに対しても、まだまだ遠慮していると感じます。もっとわがままを言ってほしいですね。そういうわがままこそがITツールの進化に繋がり、より大きなDXの実現に繋がると思うのです。
Writing Support by Sachie Mizuno
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