実はAIを使っている、長崎ちゃんぽん「リンガーハット」 予測精度が突如ダウン……どう立ち向かったのか?

実はAIを使っている、長崎ちゃんぽん「リンガーハット」 予測精度が突如ダウン……どう立ち向かったのか?

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛や営業時間短縮は、飲食業界に大きな影を落とした。長崎ちゃんぽん専門店「リンガーハット」でおなじみのリンガーハットも、2020年4月の緊急事態宣言以来、さまざまな対応に追われた。 「以前から、当社はAI(人工知能)を使って店舗ごとに売り上げを予測してきました。しかし緊急事態宣言以降、急激に客足が鈍ったことで予測の精度がぶれ始めました。売上予測の結果を基に各店舗で食材を発注していたので、これまでにない難しい判断が必要になりました」──こう語るのは、リンガーハットの是末英一氏(DX推進チーム部長)だ。
       ※この記事はITmedia ビジネスオンライン([吉村哲樹/2022年03月10日掲載)からの転載記事です。

13640_image03.jpg長崎ちゃんぽん専門店「リンガーハット」は2018年から、売り上げを予測するAIモデルを開発。売り上げ予測に基づいて食材発注量を調整していたが、コロナ禍で予測の精度がぶれ始め、難しい判断が求められるようになったという=写真は「野菜たっぷりちゃんぽん」(リンガーハット提供)

同社は18年から、売り上げを予測するAIモデルを開発してきた。過去3年分の売り上げデータを学習させたAIモデルを構築し、店舗ごとに将来の売り上げを予測している。

さらに、この売り上げ予測値を基に、店舗ごと・日ごとに「どれくらいのキャベツが必要か」といった食材発注量を自動的に算出する「Web発注システム」も開発。21年4月から全店舗に展開している。発注量を調整することで、在庫の最適化や食品ロスの削減、さらには業務効率化や人件費削減などの効果も狙っている。

こうした仕組みは一定の効果を上げたものの、是末氏が話すように、コロナ禍で客足が減り、売り上げ予測値のぶれが目立ち始めた。対策として、各店舗の店長が直近の感染状況や政府・自治体の対策状況、これまでの経験で培ってきた“勘”を頼りに、システムが算出する発注量に修正を加えたが、やはり人手に頼り切った対応には限界があった。

「店長のノウハウや勘に頼ってしまうと、店舗ごとの精度に大きな差が生じますし、ノウハウも属人化してしまいます。そのため、やはりある程度きちんとした統計的な手段で算出した結果を基にしないと、なかなか社内の意見がまとまりにくいですし、説得力を持った対策も打ち出しにくいと考えていました」(是末氏)

パンデミックや災害に対応できる「強靭なAI」の開発に着手

そんなとき、リンガーハットの経営トップがたまたま目にした新聞記事に、AIを使った興味深い事例が載っていた。
その記事は、とある食品メーカーが、AIを使った商品の出荷予測を行うことで生産ラインの合理化を目指しているという内容だった。早速その食品メーカーを訪問して話を聞いたところ、興味深い取り組みだったため、AIモデルの開発を担当していたパロアルトインサイトを紹介してもらった。パロアルトインサイトは、シリコンバレー発のAIベンチャー企業だ。

リンガーハットはまず、社内にどのようなビジネス課題が潜んでいるのかを可視化するためにアンケート調査を実施することにした。その結果、業務現場から「物流に改善の余地がある」「アルバイトのシフト管理が困難」など、さまざまな課題が挙がったが、その多くは売り上げ予測の精度の問題に起因すると考えられた。

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リンガーハットの是末英一氏(DX推進チーム部長)

「コロナ禍以降、売り上げ予測の精度に課題があることはもともと分かっていましたが、現場の課題を解決する上でも、やはり予測精度を向上させないことには解決への糸口が見つかりそうにありませんでした。そこで、売り上げ予測AIモデルの改修に本格的に取り組むことになりました」(是末氏)

これまで開発・運用してきたAIモデルは、過去3年分の売り上げデータをAIに学習させてモデルを構築していた。今回の改修でも同じく過去3年分のデータを学習させるものの、それだけでなく直近4~5日分の売り上げデータの変化がよりモデルに反映されるようチューニングを加えていった。

これにより従来のAIモデルでは難しかった、パンデミックや災害といった突発的な事態による需要の変化にも、比較的迅速に追随できるようになるという。さすがに「昨日起きた事象を明日の予測に反映させる」というのは難しいが、是末氏によれば「過去4~5日間の変化のトレンドを基に、直近の予測値を修正することは理論的に可能だと聞いています」という。

AIモデルの改修を進めるにあたって、リンガーハット側は是末氏ともう1人の担当者の2人体制で臨んだ。まずリンガーハット側でビジネス要件を洗い出し、それを基にパロアルトインサイトにAIモデルの開発を依頼した。そうして出来上がったモデルを実際にいくつかの店舗で運用し、結果を評価した上でさらなるチューニングを重ねるというサイクルを回していった。

22年秋に新しいシステムをリリース予定

この新たなAIモデルは、21年12月から限られた店舗で試験的に運用を始め、22年2月時点では、まだチューニング作業の途上にある。最終的な予測精度としては「誤差をプラスマイナス5%以内に収める」ことを目指しているが、現時点ではまだその域には達していないという。

「これは従来のモデルにもいえることなのですが、各店舗の立地などによって変動要因がさまざまに異なります。ですので、現状では店舗ごとに精度の誤差がかなりある状態です。例えば、商業施設に入っている店舗は、商業施設がチラシを配ったり、イベントを催したりすると急に客足が増えます。このように店舗ごとの固有の影響要因は、その店舗の店長であれば事前に予測できますが、本社が全てを把握してAIモデルに反映させるのは決して容易ではありません」

こうしたハードルを乗り越えるべく、AIがはじき出した予測と実績との誤差を分析して結果を取り込む──など、さまざまなアイデアを試しながらチューニングを繰り返しているところだという。13640_image02.jpg

店舗の立地ごとに変動要因が異なるため、本社が全ての要因を把握し、AIモデルに反映させるのは至難の業=写真はリンガーハットの1号店である長崎宿町店(同社提供)

現時点では改修前後での精度を比較・検証している段階なので、新たなAIモデルの本格運用にはもう少し時間がかかりそうだ。ただし、リンガーハットは22年秋には、この新しいAIモデルをベースにした自動発注アプリを全店舗に導入する予定だ。是末氏も「この計画は十分達成できると思います」と自信をのぞかせる。

AIモデルの開発と並行して、売上予測を基に店舗アルバイトの勤務シフトを自動的に作成する「店舗シフト管理アプリ」の開発も進めている。こちらも22年秋の本格導入を予定している。発注処理とともに多くの店長が頭を悩ませているシフト管理の業務を効率化し、人手不足にも対処する考えだ。

是末氏は、今回開発するAIモデルを自社内で利用するだけでなく、将来的には取引先とも共用することでWin-Winの関係を築いていきたいと抱負を語る。

「当社が食材を発注する取引先は、受注量を基に需要を予測して在庫量を決めていると思いますが、在庫切れを何としても避けるためにどうしても過剰在庫になりがちです。そこで当社の売り上げ予測AIを取引先にも開放して、その予測に基づいて在庫を管理していただきます。そうすれば、取引先は在庫量を適正化できますし、それによって当社への卸値も下がるかもしれません。将来的にはこうした使い方にもチャレンジしていきたいですね」

元記事はこちらから(「ITmedia ビジネスオンライン」に遷移します)



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