急成長サブスク企業、カスタマーサクセス職採用を断念した3つの”誤算” 応募は180人もいたのに、なぜ?

急成長サブスク企業、カスタマーサクセス職採用を断念した3つの”誤算” 応募は180人もいたのに、なぜ?

コロナ禍で市場が大きく拡大した業界の一つに「サブスクリプション業界」が挙げられるだろう。矢野経済研究所が2021年4月に発表した調査によると、20年度のサブスク事業の国内市場規模は、前年度比28.3%増の8759億6000万円だった。
21年度は同13.8%増の9965億円との予測が出されていた。コロナ禍でさまざまな行動が制限されたことをきっかけに、在宅時間の充実などを目的にサブスクサービスに加入する人が増加したことが背景にある。
        ※この記事はITmedia ビジネスオンライン([熊谷紗希]/2022年05月12日掲載)からの転載記事です。

「当時は”おやつのサブスク”というだけで伸びました」――。そう話すのはおやつの定期便サービス「snaq.me(スナックミー)」を展開するスナックミー(東京都中央区)の服部慎太郎社長だ。

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おやつの定期便サービスを展開するスナックミー 服部慎太郎社長

 こだわりのおやつ8品を数週間に1回届けるサービスで、在宅時間の充実を目的にコロナ禍で登録者数が急激に増加。20年の新規登録者数は19年の約3倍に上った。コロナ以前は、「食に関心がある」「子どもにこだわったおやつを食べさせたい」という顧客が多かったが、「おやつのサブスクをとりあえず試してみたい」というライト層がどっと押し寄せた。

 「新規顧客が増えてバンザイ!」となりそうだが、困ったことが起こった。今まではユーザーインタビューなどを通し、既存顧客が感じているサービスの魅力や、サービス価値の解像度が高かった。しかし、ライト層の流入により、解像度が落ちてしまった。つまり、従来通りのコミュニケーションを取っているだけでは、新規顧客の継続利用が見込めない可能性が出てきたのだ。スナックミーの価値を理解してもらい、ファンになってもらうためのコミュニケーション設計が急務となった。

 そこで同社は、20年9月に「カスタマーサクセス職」の募集を開始。1年間にわたり、採用活動に力を入れたものの、1人も採用できなかった。応募者数は採用サイト上で確認できるだけで180人に上る。中にはSaaSサービスのカスタマーサクセス職経験者などもいたというが、なぜ採用につながらなかったのだろうか。

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20年9月にカスタマーサクセス職の募集を始めた(画像:Wantedly上のスナックミーのページより)


 その理由について服部氏は「toBとtoCサービスにおけるカスタマーサクセス職の役割の違い」を指摘する。

「顧客の成功」って何だっけ?

 服部氏は、カスタマーサクセス職の採用を断念した1つ目の誤算として「顧客の成功の定義」について言及した。カスタマーサクセスの直訳は「顧客の成功」。つまり、顧客がそのサービスや商品を利用してよかったと思える状態を作ることといえる。

 SaaSなどのtoBサービスであれば「収益拡大」が顧客の成功に当たる。一方、toCはどうだろう。「スナックミーであれば、月に1回自分好みのおやつが届くということにワクワク感を覚える人もいれば、食べた時に幸せを感じる人もいます。同封されているお便りを楽しみにしてくれている人もいるでしょう」(服部氏)

 つまり、toCにおける顧客の成功パターンは複数存在するのだ。

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toCサービスは、顧客が成功を感じるポイントがいくつも存在する

顧客は何をすれば喜ぶのか?

 2つ目の誤算は「成功体験への道筋が無限にある」ことだいう。サービスを利用すればするほど顧客の満足度が高まるのが理想のサービスだ。しかし、サービスの活用度合いが顧客の成功につながる可能性は、toBとtoCで大きく変わると服部氏は考える。

 「例えば、toBだとある機能をある頻度で利用することで、劇的な効果があり、結果として解約率が下がることが明確になったとします。その機能を一定の頻度で利用してもらうことが顧客の成功と強い相関があることになります。一方、toCではそう簡単にはいきません。もちろん、相関の強い機能が発見されることもありますが、持続性がないことも多々あります」(服部氏)

 テーマパークのパレードに対する来場者の満足度が高かったからといって、年中そのパレードだけを繰り返していたら満足度は低下するだろう。さまざまなコンテンツがあふれる世の中で、顧客の成功の定義が多岐にわたるがゆえに常に飽きさせない工夫が求められているという。

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「顧客の成功」の定義は多岐にわたる(画像:ゲッティイメージズより)

マクロ視点かミクロ視点か?

 最後の誤算は「顧客への向き合い方」にあった。toBの場合、既存顧客営業に近しく、カスタマーサクセス担当者は1社専属体制で顧客の顔が見えていることが多いだろう。そのため、ミクロ視点での打ち手が可能になるという。サービス利用頻度向上を目指してA社の担当者に直接連絡し、打ち合わせの機会を設けることなどが考えられる。

 しかし、toCはそもそも顧客数がtoBよりも圧倒的に多いため、個別最適な打ち手を取るのが難しく、どうしてもマクロ視点にならざる得ない。顧客の成功を正しく定義したうえで、それを最大限高められそうな施策をコンスタントに展開していくことが求められる。

 SaaSとカスタマーサクセスは構造がシンプルで結びつきやすい。長期的に利用することで売り上げが増加していく事業モデルのため、顧客の成功の追求が売り上げに直結する。しかし、スナックミーのような一般消費者を対象にしたモデルでは、顧客の成功の定義が顧客によって異なることに加え、成功を作る変数が多すぎる。「これだけやっていればいい」という明確なアクションリストが存在しない、それがtoBとtoCのカスタマーサクセスの大きな違いといえるだろう。

 採用できないのであれば、別の打ち手が必要になる。そこで同社は、全社カスタマーサクセス体制にかじを切り始める。

カスタマーサクセスの中で「変えなかったこと」は?

 全社カスタマーサクセス体制を掲げ、CRM、マイページ改善や商品開発など5つのチームに分けた。もともとカスタマーサクセス職採用はコロナ禍で急増した顧客に対応するためだったというが、実際にどのような施策を講じたのだろうか。

 「新規顧客のニーズに応えることも大事ですが、既存顧客の満足度が下がるようなことはしないと決めていました。例えば、ボックスの中にはおやつを楽しんでいただくための冊子などを同封しています。おやつを食べたいだけの人はそういったものを無くして、価格を下げてほしいという人もいます。同封物を楽しんでくださっている方もいるので、今まで通りの運用を採用しました」(服部氏)

 スナックミーの魅力は”こだわりのおやつが毎月届く”だけではない。保存料不使用の健康的なおやつや、地域の食材を使ったおやつとの偶発的な出合いとワクワクを生む体験価値を含んでいる。冊子にはおやつの特徴や顧客がSNSに投稿した写真などを盛り込み、おやつに込められたストーリーを一緒に届ける。

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ボックスに同封される冊子「3PMmm...」(画像:スナックミー提供)

 「どういうおやつなのかを理解してもらった上で食べていただいたほうが、サービスの価値を理解してもらえる」(服部氏)という狙いだ。コロナ禍で急増した顧客の中にはサービスにマッチしなかった人もいて、解約率は一時的に増加した。現在は落ち着いており、ある程度定着したという。

賞味期限切れから解約に

 マイページのUIUX改善、ユーザーインタビュー、LINEを活用したコミュニケーションなど「顧客の成功」に奔走する同社は、カスタマーサクセス施策の成功事例として「寄付の仕組み」を挙げる。

 解約顧客を対象にヒアリングを実施する中で「賞味期限が切れてしまったおやつを捨てるのが心苦しくて解約した」という声が多くあった。スナックミーのおやつは保存料不使用のため賞味期限が短いのが特徴。顧客が感じていた「価値」があだとなってしまったのだ。

 そこで、食べきれなさそうなおやつを返品すると全国の児童養護施設などに寄付される仕組みを取り入れた。返品分はポイントとして顧客に還元したところ、「自分が好きなおやつをみんなにも食べてほしいから寄付する」といった好意的な反応が得られた。返品用の封筒を同封したボックスとしなかったボックスでABテストも実施。数字は非公開とのことだが、実際に同封したほうが継続率が向上したという。

 オンライン上でのカスタマーサクセスに力を入れてきた同社だが、今後はオフラインにも力を入れていくと意気込みを見せる。

 「お菓子分野って特にECに向いていないと思うんです。かさばるし、価格もそこまで高くないので、コンビニやスーパーマーケットで購入するのが当たり前。ECを利用しない人たちにもサービスを知ってもらう働きかけが必要だと考えています」(服部氏)

 同社は現在、ロフトやコンビニ「ファミマ!!」などにも販路を拡大している。そして21年4月、東京都江東区に常設店「snaq.me 清澄白河」をオープンした。いきなりサブスクを申し込むのにハードルを感じている人、自分の好きなおやつを好きなだけ購入したい人などの利用を見込んでいる。

 そのほか、オンラインだけでは収集できない顧客の生の声や商品との偶発的な出合いが生まれる場になるよう設計していく。実際に、オープン2日で500人以上の来店があり、認知の拡大につながっている実感が得られているという。

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常設店「snaq.me 清澄白河」をオープン(画像:スナックミー提供)

toC向けのサブスクは商品の質だけでなく、その体験にも価値が置かれるが、重要度の比重は顧客によって異なるのが難しい点だ。「顧客体験はもちろん大切ですが、商品自体の改善は絶対に無視できない要素です。商品に対する信頼や満足があり、その上に体験が乗っかってくる、そういう構図になっていると思います」(服部氏)

 「おやつ」という言葉は江戸時代の中期、今の午後2時~午後4時にあたる「八刻(やつどき)」に食べていた軽食が語源といわれている。服部氏はモノとして消費されるのは「お菓子」であり、その消費を通して顧客が体験する時間を「おやつ」と定義する。

 サブスクは売り切り型ビジネスと異なり、顧客と商品がリアルな場で接点を持つ機会が少ない。そのため、商品が手元に届いたときや商品を食べたときなどの”体験”で顧客を満足させられるかどうかが継続率のカギといえる。

 取材から、同社が特に体験づくりに力を入れていることが分かった。仕事や家事の間に小腹を満たすためだけの「お菓子」ではなく、飲み物を用意したり、皿に盛り付けたりして食べる時間を楽しむ「おやつ」として定着させる。そういった習慣化が、サービスに対する顧客のエンゲージメントを高め続ける秘けつといえそうだ。

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スナックミーの商品

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