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「ふらのワイン」の販売不振をどう解決する? 北大博士課程の学生が奮闘
4年連続で赤字になる見通しで、なんとか売り上げを伸ばしていきたい「ふらのワイン」。販売不振に北大の博士課程の学生が奮闘した。彼らはリピーターの購入商品に着目し、ある提案をしたのだが……。
※この記事は[ITmedia ビジネスオンライン([伏見学]/2022年04月05日掲載)]からの転載記事です。
富良野市内から十勝岳連峰を望む
夏はラベンダー畑やひまわり畑が一面に広がり、冬には美しい白銀の世界に様変わりする景色が、訪れる人たちの心をつかむ。また、テレビドラマ「北の国から」の舞台としても有名なのが、北海道のほぼ中央に位置する富良野市である。
数年前、インバウンド需要によって日本が沸いた中、ここ富良野も例外ではなかった。2015年には外国人宿泊客の延べ人数が初めて10万人を超え、19年には15万3840人と過去最高を記録。観光客全体でも188万人以上に達した。
ところが、新型コロナウイルスによって、観光バブルは弾ける。20年の観光客数は前年比44%減の約106万人に。人口わずか2万人の町は翻弄され、来訪者によって支えられていた地元の名産品も打撃を受けた。その一つが「ふらのワイン」である。
ふらのワインは、全国でも珍しい自治体運営のワイナリーによって製造・販売されている。ワイナリーは1972年に当時の市長の肝いりで設立され、今年でちょうど50年を迎える。そんな節目のタイミングにもかかわらず、目下の業績は厳しい。富良野市のワイン事業を管轄するぶどう果樹研究所によると、20年度の収益は約4300万円の赤字となり、販売本数も16万本程度と、この数年間で約10万本も減少した。
「21年も含めて、4年連続で赤字になる見通し。なんとか売り上げを伸ばし、危機を乗り越えていきたいが……」と、ぶどう果樹研究所の川上勝義所長は悔しさを滲ませる。
これまでふらのワインの約6割が、地元エリアで購入されていたことが主な原因である。オンライン販売も行ってはいるものの、認知度はまだまだ低く、大きな売り上げに結び付いていないのが現状だ。
「ふらのワイン」のワイナリー
そんな富良野市が抱える課題を解決しようと、あるプロジェクトが立ち上がった。北海道大学と、IT企業の日本オラクルによる「博士課程DX教育プログラム」である。これはデジタルの力によって社会課題や地域課題を解決することを目的に21年度にスタートした授業で、今回、対象自治体として富良野市が選ばれたというわけだ。
北海道大学では、これまで産学連携に力を入れており、20年度には「Ph.Discover(ピーエイチディスカバー)」というプロジェクトがスタートした。従来型の大学院教育の改革によって、専門的なスキルを持った学生の育成と、その先のキャリア創造につなげることが狙いである。
「博士課程を修了した学生のキャリアは、日本全体の課題です。これまで博士人材を支援するための仕組みがありませんでしたが、ようやく国会での議論が進み、10兆円規模の大学ファンドが創設されました。その先駆けとして始まったPh.Discoverは大きな意義があります」と、北海道大学大学院 理学研究院の大津珠子准教授は説明する。
現在連携する企業は30社ほど。日本オラクルはもともと、北大の学生向けにキャリアパスを伝えるワークショップを開いていた縁などから、Ph.Discoverの一環としてDX教育プログラムを実施するに至った。
同プログラムには8人の博士課程の学生が参加し、ワインの販促チームと、ごみのリサイクルチームに分かれた。特徴は、化学や数学などさまざまな専攻の学生が集まっていることである。
「DX教育プログラム」に参加した北海道大学大学院の学生たち。
後列一番左は大学院理学研究院の高橋正行特任教授、後列一番右が大津准教授
「このプログラムは必修授業ではなく、単位も出ません。自らの専門性とは一見関係ない領域を学びたいという学生が手を挙げています」と大津准教授は意義を強調する。
21年8月のキックオフを皮切りに、データ分析ツールのワークショップ、富良野市での現地視察や関係者との意見交換など、複数回にわたる活動を経て、22年3月末にはその成果報告が富良野市役所で行われた。
リピーターの購入商品に着目
今回、ワイン販促チームが主に活用したのは、ふらのワインのオンラインショップの販売データ。このデータを基に、顧客の属性を分析し、そこから購入パターンを探った。すると、1回きりの購入者とリピーターでは次のような違いがあった。
1回きりの購入者は、少量タイプの360ミリリットルを買う割合が4.4%だったのに対し、リピーターでこの商品を購入したのは全体の1.2%程度で、両者の間には3倍以上の開きがあった。また、1回きりの購入者が買うアイテムは、ふらのワインの主力商品である「ふらのワイン」シリーズと、「羆(ひぐま)の晩酌」が突出していて、それ以外はほぼ横並びだったのに対し、リピーターでは、「シャトー」や「ツバイゲルトレーベ」といった高価格帯ワインの売り上げも大きかった。
「リピーターは、同じ銘柄を何度も飲むというよりも、いろいろなものを試したい傾向にある」と、学生たちは仮説を立てるとともに、いかにして商品の試し飲みのハードルを下げるかを思案した。実際、学生たちが富良野市の担当者にリサーチしたところ、試飲と購入には相関性があって、ワイナリーや物産展で試飲した商品は必ずといっていいほど買って帰られるそうだ。
ただし、現状の商品展開だと、少量タイプは限られており、試し飲みする機会が提供されていない。それを補うために、学生たちは「オンラインショップでの試飲セットを販売すべきだ」と提案した。
学生の提案に対してフィードバックする川上所長
これに対して、ぶどう果樹研究所の川上所長は、「取引先などを回ると、コロナ禍での家飲み増加によって小さい瓶が求められるようになったとよく聞きます。実は小さいサイズも売っているのですが、もっと前面に出してもいいかなと思いました」とコメントした。
同研究所業務課の赤松靖主幹も、「購入者をモニタリングできていないのは研究所の課題です。もっとデータを駆使して、消費者ニーズを探っていきたい。今回の提案も経営戦略の参考にしたいです」と大きくうなずいた。
データが足りない!
現場からある程度の同調が得られたとはいえ、今回の提案が完全なものとは言い難い。それには理由がある。学生たちの使えるデータが限られていることだ。
「個人情報保護の観点から顧客の氏名や住所などは公開されなかったため、同じ購入者かどうかは識別できませんでした。また、小売先の販売データももらいましたが、データ形式が異なるため活用できなかったです」と、学生の一人は残念がる。
学生が指摘するデータ形式というのは、PDFをはじめ、基本的にそのまま加工できないデータのことである。利用するには人力でデータを入力し直すなどの作業が必要となる。これはデータ活用に関して、多くの自治体で散見される課題であり、富良野市も自覚していた。今回の提案を受けて、オープンデータの重要性をあらためて感じたと、ある担当者は述べていた。
ごみ分別に関する「だめシール」を減らしたい
DX教育プログラムで取り組まれたもう一つのテーマが、ゴミのリサイクルである。
富良野市はごみのリサイクル率が9割以上(同市資料より)と、全国でも高い水準になっている。それを可能にしているのが、01年から取り組む14種類ものごみの分別と、厳しいチェック体制によるものだろう。例えば、住民がごみの分別を間違えると、袋に「不適物警告シール(通称:だめシール)」を貼られる。これによって住民の意識や責任感を高めている。
実際に貼られていた「だめシール」
ただし、シールを貼られたごみ袋を、捨てた本人が持ち帰り、分別して再びゴミステーションに出すことは少なく、結果的に放置されたままのごみ袋を業者が回収せざるを得ない状況になっている。そこで学生たちは、住民の行動変容を促すなどして、だめシールの数を減らすことはできないかと考えた。
市役所から提供された過去3年分のデータの分析を進める中で、彼らが興味を持ったのは、時期やエリアによってだめシールにばらつきがあるということである。時期に関しては、4月が最も多かったが、これは転入者が増えるからだと容易に想像できた。一方で、エリアについては不明瞭だったため、現地を訪れたところ、突出している場所は、主に新興住宅地やリゾート地だった。「新しい住民や、年に数回だけ来る別荘のオーナーなどにはごみの捨て方が周知されていないのではないか」と学生たちは考えた。
ごみステーションの様子
そうした取り組みを踏まえ、スマホアプリやSNSを通じた住民への情報発信強化を提案する。例えば、ごみステーションごとに日々の回収状況を通知したり、クイズやゲームによってごみの分別に対する学習機会を提供したりしたいと考える。
プレゼンテーションを受けて、富良野市環境課の高橋秀文課長はこう感想を述べた。
「皆さんの話を聞いていて気付いた点は、どういう理由でごみを置いていったのかというデータの蓄積、収集ができていないこと。これがその後の住民への情報提供にうまくつながっていないのではと感じました。また、私も昔はよく住民説明をしていましたが、実は若い人は単純にルールを知らないというのが多かった。アプリを使って若い人に周知できれば、転入時期である4月のだめシール削減などに結び付くのではないか」
「機会をつくれるよう、行政としても努めたい」
今回の学生たちの提案が、実際に富良野市の施策として採択されるかどうかは今後の議論を見守る必要があるが、取り組みそのものは富良野市も価値を感じている。
北猛俊市長は、「物事を改革するのに大事なのは気付き。行政は新しいことに気付きにくいため、若い方の感性をいただくのは大変参考になります。新しい取り組みは失敗もあるが、失敗から学ぶこともあります。いろいろな取り組みを重ねていく機会をつくっていけるよう、行政としても努めていきたい」と、継続の必要性を強調した。
富良野市の北猛俊市長
他方、参加した学生も、地域課題に向き合うことで意識が変わったという。
「普段の大学の研究と違って、地域住民の課題をテーマにすることは、誰もが使いやすいシステムをつくるなど、広い視点で考えることが必要なんだなと思いました」
「コストと効果のバランスは、普段の研究では考えていなかった。社会課題はそういう兼ね合いが大事なのだと知りました」
壇上で成果報告する学生たち
懸念すべきは、地方自治体の取り組みは年度が変わるなどして、予算が切れると突如終了することも少なくない点だ。そうならないためにも、今回のような産官学連携のプロジェクトを関係各所の中で仕組みとして確立するとともに、小さくても良いから具体的な成果を広く示すことが継続には不可欠だろう。やりっぱなしで終わらない最善策を導き出してもらいたい。
元記事はこちら
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著者情報

- ITmedia ビジネスオンライン
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