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小売店舗の在庫管理、ロボット導入に踏み切れないワケ
小売業の抱える大きな課題の一つに「在庫管理」があると言われている。ロボットは在庫管理問題を解消する救世主になれるのか? 海外・国内事例を踏まえながら可能性を探っていく。
※この記事はITmediaビジネスオンライン([東芝テックCVC note]/2022年8月24日掲載)からの転載記事です。
小売企業では人手不足や業務効率化、顧客体験向上などを目的にさまざまなテクノロジーが導入されていますが、メディアにも頻繁に取り上げられる話題の一つとして、「店舗でのロボット活用」があります。
海外のスーパーマーケットでは接客ロボットや在庫管理ロボット、巡回監視ロボットなどが次々に登場し、国内でも店でロボットを目にする機会は少しずつ増えているように感じます。
これから、日本の小売店舗でロボット活用が増える可能性はあるのでしょうか? 小売業のDXを支援する「店舗のICT活用研究所」代表の郡司昇氏に、現状と今後の動向をお聞きしました。
日本の小売業でロボット活用は広がるのか?(画像:ゲッティイメージズより)
ロボット導入の判断基準は?
――米ウォルマートは2017年ごろからロボット製造スタートアップのBossa Nova Roboticsと協業し、店舗の在庫管理ロボット導入を進めてきました。これはロボットが店内を移動しながら商品棚をスキャンし、在庫切れや価格間違いなどの検出、売れ行きの予測や顧客ニーズの把握を実現するロボットで、実際に500近くの店舗で活用されていたようです。しかし、コロナ禍でオンライン注文が急増したことにより、この在庫管理ロボットの利用を中止したという報道が出ていました。郡司さんはこの流れをどのように読み解きますか?
郡司氏: 前回お話ししたように、BOPIS(Buy Online Pick-up In Store:ECで購入した商品を店舗で受け取る仕組み)が増えたのが大きな要因だと思っています。米国の場合はBOPISの中でも、店舗の駐車場で商品を受け取るカーブサイドピックアップが主流だと思いますが、その注文が増えれば、当然ピックアップするスタッフも増やす必要があります。コロナ禍にウォルマートを訪れた知人の話では、20~30人のスタッフが店内で常に商品をピックアップしていたそうです。
それだけ店内にスタッフがいる状態だと、棚の欠品状況を常に把握できるようになるので、わざわざロボットを使用する必要がありません。しかも店舗内のロボットは安全性を確実に保てるようにセンサーを設定しているので、基本的に動きが遅く、人が近づく度に止まってしまいます。そうなると、ピックアップする人にとっては邪魔な存在ですよね。
――例えばBOPISの注文が急増して人の手では追いつかなくなったら、ピッキングロボットのような存在が活躍する可能性もあるのでしょうか?
郡司氏: それだけ需要が大きいのであれば、ロボットにピックアップを任せようという発想になると思いますが、その場合は店内ではなくマイクロフルフィルメントセンター(小型の配送センター)のようなロボット活用に最適化されたピックアップ専用の倉庫を作るほうが効率的です。その意味で、在庫管理ロボットではなく、今後ロボットが新しい形で活用される可能性はあると思います。ロボットが扱いにくい生鮮食品などの商品については、人がピックアップするといった切り分けになるのではないでしょうか。
――なるほど。国内の小売業界でそういったロボットを活用した事例はありますか?
郡司氏: そうですね。買い物客が入ってこないという点で倉庫とロボットの相性は抜群に良いですよね。例えば、丸井グループの物流センターにあるロボット倉庫「オートストア」を視察したことがあるのですが、ロボットの動きの早さに驚きました。人が入ってこないロボットだけの独立した空間を確立できると、人に合わせた安全性に配慮する必要がないので、ロボットのスピードに合わせて仕事ができるわけです。
そう考えると、人間のいる空間でロボットに作業させるのではなく、完全にロボットのために分けられたエリアで作業したほうが、ロボットの能力を100%発揮させることができると思います。
――確かに、倉庫内を人が歩くのは危険ですし、ロボットだけの空間なら安全で、かつロボット自体の生産性も上がりそうですね。
郡司氏: どんなに性能が優れたロボットを作れたとしても、人間の安全性を無視することはできませんからね。混ぜて考えてはだめなんです。ロボット自体の生産性が上がらなければ費用対効果が出ないので導入の可能性は低くなります。そういった意味でもロボットのための独立した空間を確保することは、大きなポイントです。
――そう考えるとウォルマートが在庫管理ロボットの利用を中止したのは、ロボット活用の位置づけが中途半端になってしまったからでしょうか?
郡司氏: そうでしょうね。ロボットが効率よくピックアップできず、ただ監視しているだけだとあまり意味がないですよね。とはいえ 、ウォルマートも在庫管理ロボットを500店舗に展開していたようなので、BOPISの需要が増え店員を増員する以前はロボット活用に一定の効果はあったのだと思います。
――人を増やすのか、ロボットに任せるのかの判断が難しそうですね。
郡司氏: あとは費用対効果ですよね。現状は在庫管理ロボットや巡回監視ロボットなどの導入費用は決して安くないと思うので、投資コストに見合う成果を得られるかが重要です。単純に今の価格だと難しくても、ロボットのコストが安くなってくると導入が進む可能性はあると考えられます。
人手不足が深刻化すると、ロボットが現実的な選択肢になる可能性も
――米国のスーパーマーケットチェーン、ストップアンドショップは店内の潜在的な危険を見つけたらスタッフに知らせる巡回ロボット「Marty」を導入していますが、細長い本体の上部に目と口がついていて、愛嬌のある表情でロボットの無機質さを払拭するという特徴があります。日本の小売店舗でも、おしゃべりロボットなどエンタメ要素の強いロボットを活用したアプローチは有効なのでしょうか?
郡司氏: 企業側の視点で言えば、やはり費用対効果を考えないといけないと思います。ロボットが楽しさや癒やしを提供した結果、来店客が増えるのであれば導入される可能性はありますよね。500万円のロボットを導入して売り上げが1000万円アップするなら導入する価値があるわけです。ただ、生活者視点に立った時、普段行かないスーパーに可愛いロボットがいるからという理由でわざわざ足を運ぶかというと、なかなか難しいですね。
――そもそも、ロボット導入は高コストなイメージですが、高額なロボットに先行投資する余裕はあるものなのでしょうか?
郡司氏: 販促予算など、あるところにはあると思います。なので、重要なのは費用対効果をどう説明するかですよね。ロボット活用の事例自体がまだ多くないので、本当にコストに見合う売り上げを出せるのかという保証もないです。そのため、最初にやろうと決断するハードルはどうしても高くなってしまいます。
費用対効果がロボット導入のカギに(画像:ゲッティイメージズより)
――なかなか導入が進まなそうですね。
郡司氏: そうですね。そのため無料ないしは安価に試せるPoC(Proof of Concept:概念検証)が多いです。実際にPoCをやってみると、小売企業の反応は悪くないみたいです。しかし、実導入となると話は別。やはり費用対効果の話が当然出てくるので、PoC止まりになっている事例も少なくありません。
――もう一歩先、本当にお金を払ってでも導入しようと企業が判断できるようになるには、どのような変化が必要でしょうか?
郡司氏: まず、働く人がどうしても確保できない状態になったら、その解決策の一つとしてロボット活用が現実的な選択肢に入ってくると考えられます。あるいは特定のロボットがヒットして生産コストが下がり、中身のソフトウェアも進化してさらなる効率化が図れる……という良い循環が生まれて社会への浸透が進むケースもあると思います。そう考えると、汎用性は必ずしも必要ないにしても、常にバージョンアップできるような形のロボットが望ましいでしょうね。もちろん、最初は採算が合わなくて大変だと思いますが、将来性を見据えた戦略として有効だと思います。
――なるほど、労働 人口減少で人手不足が深刻化する日本において、ロボット活用は将来的に有効な戦略になり得るかもしれませんね。本日はありがとうございました。
元記事はこちら
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