
企業・業界動向
味の素社長 藤江太郎氏の革新。現状を打破してイノベーションを生み出す「無形資産」の力とは?
業界の壁を乗り越えて、今までの常識を創り変えていく食品業界のリーディングカンパニーを率いる味の素株式会社 社長 藤江太郎氏に、日本のフードイノベーションをどう捉え、複数企業が共創するモデルをどう構築していくか、また“現状を変えていくAction”とは何かについて取材しました。
2022年9月1日-9月3日「Creating new industry through collective wisdom ~SHIFT~」をテーマに開催されたSKS JAPAN 2022で、味の素社長 藤江太郎氏が登壇。「味の素グループのASV経営と新たな価値共創を目指して」をテーマに、味の素は「6つのオーガニック成長を縦軸に、4つの成長領域を横軸に、事業モデルの変革を進化させていく」と語りました。そうした変化の起こし方をフックにお話をうかがいます。
「SKS JAPAN 2022」について知るにはこちら→ https://foodclip.cookpad.com/14959/
お話をうかがったひと

味の素株式会社 取締役
代表執行役社長 最高経営責任者
藤江 太郎 氏
Profile
藤江太郎(ふじえたろう)氏は京都大学農学部卒業後、1985年味の素入社。2004年中国事業総轄部課長、08年中国食品事業部長、11年フィリピン味の素社社長、15年ブラジル味の素社社長、17年常務執行役員、21年執行役専務食品事業本部長、22年4月代表執行役社長 最高経営責任者、6月より現職。1961年10月25日生まれ、大阪府出身。
味の素が採用した“変化を生み出す戦略”は、進化する「縦×横」モデル
ーーーー SKS JAPAN 2022で「6つ領域のオーガニック成長を縦軸に、4つの成長領域を横軸に事業モデルの変革を進化させている」とお話しされていました。社長に就任された2022年4月より、どんなことに取り組んでいるのでしょうか。
※図1
藤江氏(以下藤江):当社は、創業以来一貫して「事業を通じて社会価値と経済価値を共創する取り組み」ASV経営(Ajinomoto Group Shared Value)を基本にし、今も受け継いでいます(図1)。
このASV経営の進化に向けて、 重点6事業のオーガニック成長(※図2)をベースに、2030に向けて横軸で4つの成長領域(ヘルスケア・フード&ウェルネス・ICT・グリーン)(※図3)をかけ合わせて、事業モデル変革を図っています。
※図2
※図3
新体制になってから、「100日プラン」という具体的実行計画を立て、今までにないスケールUP、スピードUPでの事業変革をおこなっています。
日本の会社、特に歴史の長い企業は意思決定のスピードがアメリカや中国の企業よりも劣りがちと考えています。そこを意識していますね。
あとは、研修ばかりやっても従業員は成長しないですよね。人は修羅場や実際の経験を通じて成長していくものだと思っていますので、現場を刺激する、後押しするということも進めていますね。
現状打破が生まれる鍵は“自社の無形資産”を知り活用すること
ーーーー 「修羅場、現場を経験すること」が成長に繋がるというお話しでしたが、藤江社長が現状を打破しなければならなかった“修羅場”とは例えばどんなことがあったのでしょうか?
藤江:42歳の頃、中国の食品事業の所長として赴任したときのことです。売上規模は大きくなく、赤字が大幅に出ていて、なんとか従業員の給料を遅配しないようにしなければいけないという、正に修羅場と呼べる状況でした。そこでおこなったのは、従業員と一緒になって改革を進めることです。倉庫へ行ってどれだけ多くの在庫があるのか現物をみてもらったり、財務諸表も社員にオープンにして「このままでいい?」と投げかけて解決する方法を一緒に考えるなど、基本的なことから泥臭く始めました。途中、現地の方に副支店長として入ってもらい改革計画を作り、3年後には黒字化できたという経験があります。
このとき、多様な人々と協業して乗り越えた経験から、私は現状打破できる力というのは、日系企業の持っている資産「無形資産」だと思ったんですよ。つまり、人財の資産です。
ーーーー藤江社長の考える、現状を変えられる日系企業の「無形資産」とはどのようなものでしょうか。
藤江:例えば「現場で真面目に仕事をして成果を出していく力」。日本人は教育水準や倫理観が高くて勤勉だと思います。身近なところでいうと、スーパーのレジで、お客さんのためにこんなに早く精算している国は他にないと思います。良いサービスを提供できる人財がいることも「無形資産」です。
日本の方は、こんなことは当たり前だと思うでしょうが、実は当たり前ではないんですよ。
こうした、ときに形にはなっていない「無形資産」にもう一度光を当てると、いろんな突破口が出てくるんじゃないのかなと思っています。
当社ではそういった「無形資産」の活用を事業モデル変革にも、取り入れているんです。
※注釈
無形資産(むけいしさん、英: Intangible asset)とは……
物的な実態の存在しない資産。知的資産、従業員の持つ技術や能力などの人的資産、企業文化や経営管理プロセスなどといったインフラストラクチャ資産が無形資産とされる。/出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
味の素が提唱する共創のキーワードは“つながる仕組み”。
組織の垣根、社内と社外の垣根を超えていくことが鍵
ーーーー逆に日系企業において、現状を変えるのに課題となっているのはどんなことでしょうか?
藤江:日本文化の特徴でもある“村社会”からきているものかと思いますが、組織の間の垣根が高くて分厚いことですね。どこの企業にもあることですが、組織が縦割りでサイロ化しています。
組織を守るいい面がある一方で、所属組織の垣根を超えて取り組んでいくことが今のように大きく変化するときには必要です。
ーーーー“垣根を超えて取り組んだ実例”ではどんなことがあるのか教えてください。
藤江:当社製品で電子材料の絶縁フィルムというのがあります。一般ではあまり知られていないかもしれませんが、当社が手掛けていて、元々、「味の素」を製造する際に出る副産物を利用する技術から始まっているんですね。
この分野に参入した当時、絶縁材は液状の「インク」が使われていて、絶縁「フィルム」というものはどの企業も実用化できていませんでした。そんな中、当社が実用化できた成功の鍵の一つが、冷凍食品事業も有する味の素グループならではの発想で、冷凍保存することでした。これによりフィルムの特殊な品質を保つことができるようになったんです。そこからビジネスが拡大したんです。
現在の味の素には「食品とアミノ酸の両方がある」というのがユニークネスです。こうした資産を、垣根を超えて繋げて、長所を活用したものをやっていくということは非常に重要だと考えているんです。
※層間絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」についてはこちら……
https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/rd/our_innovation/abf/
ーーーースタートアップや資産に幅のない中小企業でも、現状を変えて“つながる”方法はありますか?
藤江:中小に限らず「社内と社外の垣根がある」というのも日本の特徴ですよね。
兼業とか副業って禁止の会社が多いじゃないですか。当社は禁止しておらず、『積極的にやったらどう?』『社内兼業ももっとやったらいい』と伝えています。どんどん、社外に出ていって勉強してきた方がいいんですよ。
経営者であれば、マクロの視点で社会情勢を見ていると思いますが、「追い風」のある事業や経営資源をシフトさせる領域が社内で賄えないこともありますよね。
そうした場合、知見のある会社や組織と組んでいくことにも積極的になるべきです。今までとはやり方を変えていきましょう。
デジタルの進化で、ITや通信のインフラが大きく進化して場所を問わない働き方ができるので、これを活用していくということが、より日本企業が発展していくヒントになりますね。
SDGsが「追い風」の今、「トレード・オン」の意識が自社を大きくする
ーーーーSDGsは正に「追い風」領域と言えますが、収益化が難しいといった声も聞かれます。講演の中で「グリーンの課題解決へ向けて力を入れていく」とお話しされていましたが、味の素ではどういった考え方、取り組みをされているのか教えてください。
※図4
藤江:味の素グループは「アミノ酸のはたらきで食と健康の課題解決」というビジョンを掲げてSDGsの取り組みを行っています。その中で、環境問題に取り組むにはコストの問題があって、ハウ(HOW)の難しさがあるのは事実です。今回の講演でも発表したのですが、国内だけでなく海外も含めて、環境負荷を低減する代替たんぱく質の開発援助や、フードロス低減への取り組み等、チャレンジと考えて取り組んでいるところです(図4)。
ただ、考え方として「環境問題」と「コスト」は、必ずしも二律背反するものではないと。
例えば、プラスチックゴミを実質0にするためにリサイクル、リユースするというのはコストアップしがちですよね。ですが、結果として「トレード・オン」になっている事例というのはあるんですよ。
※注釈
トレード・オンとは……一見両立しそうもない二律背反を超え、新たな価値を生み出すことで両立させること。ここでは、社会価値と経済価値を両立させることをいう。/出典: J-CSV用語集
ーーーー「トレード・オン」は社会的価値・企業価値を“共に高めていく”企業活動のことかと思いますが、具体的にどのような取り組みが成功されているのでしょうか。
藤江:そうですね。例えば、インドネシアは環境への意識が非常に高まっている国の1つですが、中でも観光地であるバリ島の学生が始めた「バイバイ・レジ袋運動」というのが象徴的ですね。環境への意識を広げて“レジ袋0”へ向けて活動をし、州知事まで動かしたというものです。
こうした意識の高まりを受けて、現地のインドネシア味の素社も製品の一部をプラスチックから紙に変えて環境負荷を減らした製品を販売したのですが、値段をアップして販売しても2桁を超える売上増になったという実例があります。
売上に加えて、環境に優しい取り組みをおこなっている企業として、コーポレートブランドイメージが結果として上がったという点も「トレード・オン」ですね。
※注釈
バイバイ・レジ袋運動とは……当時まだ10歳と12歳だった姉妹が、海を汚すプラスチックのレジ袋を0にするために起こした取り組み。https://tabi-labo.com/253156/bye-bye-plastic-bags
ーーーー日本はまだ、“環境負荷を減らすためにコスト増を受け入れるといった意識が低い”という数字もありますが……。
藤江:日本の環境配慮の消費者意識はインドネシアに比べて低いのは事実です。ただ、日本でもZ世代・ミレニアル世代の方には当たり前という意識が育っていますし、インドネシアも昔から高かった訳ではないんですよ。SNSを中心に3年くらいかけて広がったんですね。これから、日本も変わってくるんじゃないかと思っています。
私は子供のときの趣味が料理だったので、自分の包丁とか鍋とかまな板を持っているちょっと変わった小学生でした。一番好きなテレビ番組が、NHKの「きょうの料理」という(笑)。
なぜかというと、「料理」を親戚に振る舞うと、みんな喜んでくれるんですね。今思い返すと、自分自身が、感謝されることを喜んでいたんだと思います。「幸せの素」を他の方に差し上げれば差し上げるほど、自分たちが幸せになるというサイクルが生まれるんですね。
それと同じで、環境のために、社会のためにSDGsに取り組む当社の従業員はとてもいきいきしていて前向きなんですよ。SDGsは「幸せの素」の好循環を生むものです。取り組むことで、自社の人財の「無形資産」がより豊かになっていくんです。SDGsは「トレード・オン」の源泉になっていくと思いますね。
※注釈
日本の環境問題への意識調査についてはこちら…https://foodclip.cookpad.com/14812/
ーーーー有機的な仕組みがある組織の中で、“無形資産”である人財が柔らかく繋がりながら成果を生み出していく。その成果は「トレード・オン」で社会課題も改善しながら成長して持続していく。そういった味の素の今と未来予想図を教えていただきました。
また、“変化を生み出す具体的なアクション”へのメッセージをいただけたことで、記事を読んでくださった方々にも変化のきっかけとなるヒントがありそうです。
この度は、貴重なお話をありがとうございました。
Edit&writing:Yuki Kobayashi
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