マックは「客数」が減って、ミスドは「販売数量」が減る!? 同じ値上げなのに、影響が異なるワケ

マックは「客数」が減って、ミスドは「販売数量」が減る!? 同じ値上げなのに、影響が異なるワケ

10月の値上げラッシュが家計に影響を与えているが、筆者はいい値上げと悪い値上げがあると指摘する。価格設定の知られざる仕組みを、身近な外食チェーンで考察する。
※この記事は ITmediaビジネスオンライン([岩崎剛幸]/2022年10月31日掲載)からの転載記事です。

食品や日用品、外食からファッション商品にいたるまで、10月は空前の値上げラッシュです。家計負担が年間7万円以上増えるといわれており、消費者は今まで以上に慎重になっているように見えます。

 しかし、エネルギー価格や原料価格の高騰による値上げはやむを得ない状況でもあります。そこで重要になるのが企業の価格戦略です。値上げには正しい値上げと、顧客離反を招く間違った値上げがあります。小売り・サービス業のコンサルティングを30年以上にわたり続けているムガマエ株式会社代表の岩崎剛幸が、身近な外食企業の価格改定を参考に、企業にとっての正しい値上げとは何かを分析していきます。

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値上げで外食チェーンにはどんな影響が?(出所:日本マクドナルドプレスリリース)

10月は2022年最大の値上げ月

10月以降、食品業界では実に多くの商品が値上げされています。

 帝国データバンクの調査では、上場する主要食品メーカー105社が、10月単月で約6700品目を値上げしました。

 ビールなどの酒類、マヨネーズ、ハム、ソーセージ、牛乳やスナック菓子にいたるまで、幅広い食品分野で価格が改定されており、値上げ率は年平均12~16%です。

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主な食品分野 価格改定の動向(出所:帝国データバンクプレスリリース)

 食品関係の値上げは、日々の生活に直結するので、家計においては大きな負担となります。さらに、今、ビジネスパーソンにとって大きな負担となり始めているのが、ランチ価格の上昇です。仕事の唯一の楽しみ(?)でもある飲食店やファストフード店が軒並み値上げしているのです。

 マクドナルドは、全体の6割に相当する商品を9月30日から値上げしました。ハンバーガーが130円から150円になりました。22年3月時点では110円でした。3月から比べると36%の値上げです。130円からすれば1.15倍なのでそれほどの値上げには見えませんが、110円からすると1.36倍です。小売り・サービス業で弊社が実施しているプライスマーチャンダイジング理論では、価格が1.3倍に上がると消費者は買いづらさを感じ、購入率が減少します。おそらくマクドナルドは客数に影響が出始めていることでしょう。

 「プライスマーチャンダイジング(プライスMD)」について簡単に説明します。あらゆる商品・サービスにはお客さんが買いたいと思う適正価格が存在しており、企業はその適正価格を理論値から設定し、実際の価格決定をし、売り上げを最大化する必要があります。そのためのMD理論です。

 ミスタードーナツは11月末から定番商品を含む9割の商品を値上げします。定番商品のポン・デ・リングが120円から140円に値上げされます。16.6%の値上げです。1.17倍。これくらいの値上げは許容範囲なので、単品レベルではお客さんは離れることはないでしょう。ただし、それは店内でドーナツを1個購入して飲食する高校生ぐらいまでの話です。全44種中39種類の商品が値上げになりますから、「全体的に高くなった」と感じる消費者が次第に増えてきます。すると、今まで複数個のドーナツを買ってお土産にしていたお客さんも、以前の感覚で購入すると1000円でおさまっていた支払いが1200円くらいになります。こうなると購入点数を抑えるようになります。結果的に販売数量が減少することが予想されますので、同社は客数を増やす仕掛けを打たないと売り上げが落ちる可能性があります。

 吉野家は牛丼を10月1日から値上げしました。牛丼並盛の店内飲食は426円から448円。持ち帰りは419円から440円です。値上げ率は共に5%程度。1.05倍で、かつ500円で買えますのでそこまで高くなったとは感じません。これが今後500円を超えていくような再度の値上げがあるようであれば、同社にはかなりのダメージがでてくると思います。

 今年5月に値上げをした餃子の王将は11月に再度の値上げをします。東日本では、ギョーザが286円から297円、チャーハンが528円から550円になります。それぞれ1.03倍、1.04倍の値上げです。4月まではギョーザは264円、チャーハンが495円でしたから、4月までと比べてそれぞれ1.13倍、1.11倍になります。この値上げも5月の時と同様、ほとんど影響はないでしょう。

 同じ飲食業界で同じように値上げしているように見えても、実は各社の価格設定の考え方はマチマチです。弊社で使用しているプライスMD理論に基づいて各社の値上げを見てみると、考え方の違いが見えてきます。

重要なのは消費者の予算帯

 弊社ではプライスMDを企業に導入する際に、下記のようなプライス設定表をもとに価格戦略を考えています。ファストフードなどの外食企業で、主にランチ注文比率の高い定番商品を中心に従来価格と値上げ価格の比較表を作成してみました。すると、興味深い内容が分かりました。

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ランチにおけるプライス設定表(出所:ムガマエ株式会社作成)

 プライス設定表の一番左はお客さんの持つ予算帯です。お客さんはこの予算帯を軸にして商品を購入します。その右側が予算帯を代表する主要価格帯、そして価格帯をさらに二分した価格レンジがあります。また、それぞれの設定プライス例(代表的な店頭設定価格)と分類されています。

 あくまでも「お客さんの持つ予算帯」を中心に企業の価格設定を考えるために作成した価格設定のフォーマットです。

 各社の主力商品の値上げ率は、サイゼリヤの1.00倍(値上げしていない)から1.17倍(ミスド)までバラついていますが、各社ともに高い値上げ率ではありません。値上げ率という点では、各社ともに客離れを起こさない値上げになっているともいえます。

 しかし、予算帯と価格帯に注目してみると、違いがでてきます。

 まず、各社の中心にしようとしている価格帯はどこでしょうか。各社の主力商品の価格は300~500円の予算帯に集中しています。Webメディア「Spicomi」(運営:UOCC)の調査によると、22年の会社員のランチ代平均金額は300~500円と500~700円が比率的に多いことが分かります。ビジネスパーソンにとってランチ価格は、できればワンコインである500円前後で済ませたいというのが一般的な感覚でしょう。

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「Spicomi」が調査したランチ代の平均金額(出所:プレスリリース

 東京・丸の内周辺のランチ価格は1000円前後で、大都市圏でのランチ価格は上昇しています。ただ、全国的に見れば500円前後がランチの平均的な金額といえます。

 この平均的なランチの予算帯500円を頭に入れて、次の吉野家、マクドナルドの値上げの実態を見てみます。

15240_image04.jpgプライス設定表(出所:ムガマエ株式会社作成)

 例えば吉野家の場合、牛丼並盛の店内価格は426円から448円への値上げです。価格は上がっていますが、同じ価格レンジ(400~500円未満)内での価格変化です。また、牛皿定食並盛の店内価格は602円から624円に上がっています。これも同じ価格レンジ内での値上げです。予算帯の点ではいずれも500円予算の範囲内ですから大きな問題はありません。値上げはしているものの、支払い予算的に大きくは変わっていません。この範囲の値上げならば心理的影響はほとんどないといえます。

 マクドナルドは単品でみると、ハンバーガーは100円予算帯の範囲での値上げですが、ビッグマックは300円予算から500円予算に上がっています。ビッグマックセットは、ひるまックは変わらず600円のまま。レギュラー時間帯(午前10:30~)のビッグマックセットは690円から710円に上がっています。ひるまックは同社にとっては稼ぎ時の商品なので値上げには慎重になったのでしょう。しかし、レギュラーでは700円台に突入しています。予算帯は変わりませんが、500円予算帯では一番上の700~800円の価格レンジに入ります。これによってランチ以外での客数に影響が出てくる可能性があります。値上がりとしては20円ほどのわずかな金額です。しかし、この20円がお客さんの購入率を下げる可能性もあるのです。

 海外に比べて日本のビッグマックはまだ安い(22年10月時点で米国・ニューヨークのビッグマックは7.39ドル=およそ1071円)といわれています。そのビッグマックが日本でも徐々に値上がりしてきているので、今後は同社の客数に影響を与えるかもしれません。

値上げをしないサイゼのすごみ

 このような目線で各社の主力商品価格を見ると、はなまるうどんと大阪王将の値上がり率は1.1倍程度ですが、実は200円予算から300円予算へと予算帯が変わっています。小さな値上げのように見えて、実は大きな値上げになっていることが分かります。200円台だったから食べていた客層が両店からいなくなるかもしれません。ただ、今まで500円予算だったが、ランチ代を抑えるために300円予算に下げるというビジネスパーソンもいるので、やり方によっては新規客を獲得するチャンスともいえます。

 その点、ココイチ、富士そば、崎陽軒の値上げは、同じ価格レンジ内での値上げですので、まったく問題ない値上げであることが分かります。

 サイゼリヤにいたっては値上げをしていませんので、ここにきてさらに集客力を高めています。

 実際に同社は「多くのお客さまが注文したくなる価格をめざす」と公式Webサイトでも宣言しているほどです。具体的には、「1980年から約30年間、物価の変動や消費税の導入などを経てもサイゼリヤのメイン価格帯は変わっていません」としています。

 先日も、ある町の駅前ショッピングセンターに行った際、ランチをとろうとレストランフロアに向かいました。そこには、サイゼリヤとガストが隣り合わせに出店していました。

 サイゼリヤは店頭にお客さんが10組ほど並んでいました。ガストは一人も並んでおらず、店内もすこし空いていました。

 サイゼリヤのランチメニューのハンバーグステーキセットは500円です。ガストは10月6日から値上げし、超都心と都心、地方の3つのブロックに分けて価格改定を行いました。主力商品のチーズINハンバーグは都心価格で824円です。

 サイゼリヤは500円予算で食べることができますが、ガストは1000円予算のランチです。サイゼリヤはサラダ、スープがついて、ドリンクバーをつけても610円です。ここまでついても500円予算のままなのです。

 こうした状況では、少し待っても、サイゼリヤに入りたくなるのが平均的なお客さんの心理です。私は迷うことなくサイゼリヤに並んで待ち、入店しました。

 同じような低価格型のファミレス業態でも、今やこれだけの価格差が生じているのかと、今の日本の実態を知った驚きの体験でした。

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ガストのハンバーグランチ(出所:ガスト公式Webサイト)

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サイゼリヤのハンバーグランチ(出所:サイゼリヤ公式Webサイト)

プライスマーチャンダイジングに命をかけろ!!

 このように、企業の設定する価格というものは、常にお客さんの予算帯を考えて設定しなければならない非常に重要なものです。しかし、各企業は原価積み上げ式での価格設定になっていることが今も多いように感じます。原価積み上げ式とは、その商品を作るために必要な原価を足していって、必要な利益をのせて価格設定をするという方式です。

 分かりやすいやり方ですが、単純にこれをやっていくとお客さんの予算とかけ離れることもでてきます。特に今は原料の仕入れ価格が何パーセント上昇したとか、水道光熱費、物流費、家賃、人件費が上がったから旧来価格では吸収できなくなったのでやむを得ず……という値上げがほとんどです。

 これはこれで仕方がない部分もあるのですが、お客さんの感覚からするとズレてしまいます。お客さんはそんなこと関係ないのです。結局、お客さんは自分たちの支払える予算帯に合っているかどうか、この企業はいくらの価格で提供してくれるかを見ています。

 この30年間の日本はデフレが続き、価格はどんどん安くなり、世界でもこれだけ物価の安い国はないといわれるほどになりました。そうした点を踏まえると、現在の値上げラッシュは、企業にとっては本当の付加価値で勝負するために必要な値上げをする時期といえます。私はその意味で、値上げは賛成です。

 人件費も上げていかねばならない日本には、ある程度の値上げをしていかないと、適正な人件費も支払えませんし、付加価値を生み出す行動がとれないからです。

 しかし、単なる原価積み上げでの価格設定はお客さんの予算帯とズレていき、お客さんは購入しなくなります。それが怖いのです。

 企業としては今後も価格設定の見直しにより、値上げせざるを得ないタイミングが何度かあるでしょう。その際に、この価格は本当に自社のお客さんにとって適正な価格といえるのだろうか、ということを必ず議論して、適正価格を決めてほしいと思います。それが本当の顧客満足につながります。

 全てのお客さんは予算を持っています。

 それを忘れないように、企業の重要戦略にプライスMDをおくべきであり、価格設定に命がけになるべきなのです。

元記事はこちら



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