
企業・業界動向
防災の非常食・ローリングストック商品のマーケティング発想
SNSなどで話題の「マーケティングトレース」をご存知ですか? 基本のフレームワークを使いながら成功事例を分析し、マーケティング思考を鍛える方法です。今回は考案者の黒澤友貴さんに、防災における非常食・ローリングストックのマーケティングについて読み解いていただきました。
※前回記事はこちら:https://foodclip.cookpad.com/15962/
今回は「防災×マーケティング」がテーマです。
防災の中でも非常食・ローリングストックのマーケティングについて、昨今のトレンドや食品メーカーの仕掛けの裏側を読み解いていきます。
非常食はいつ買う?顧客の2つの基本行動を捉える
最初に「非常食」の定義を整理しておきます。
災害時の備えとして用意する食品で、主に災害時に使用するもの。
過去の経験によれば、災害発生からライフライン復旧まで1週間以上を要するケースが多くみられる。災害支援物資が3日以上到着しないことや、物流機能の停止によって、1週間はスーパーやコンビニなどで食品が手に入らないことが想定される。このため、最低3日分〜1週間分×人数分の食品の家庭備蓄が望ましい。
農林水産省「災害時に備えた - 食品ストックガイド 」より
自然災害リスクが高い日本では、防災グッズや非常食への関心は非常に高く、調査会社の富士経済によると、2021年度の国内防災食品市場規模は236億円と推計されています。
非常食に対する顧客の基本行動を整理すると、2つの特徴が見えてきます。1つ目の特徴は、自分ゴトとして災害を捉えたときにニーズが顕在化する行動です。
Googleトレンドを確認してみると「大規模な災害が発生したタイミング」に検索ボリュームが高まっていることがわかります。
2つ目の特徴は、一定周期の買い替え行動です。非常食は備蓄を前提とするため、3〜5年ごとに買い替え需要が発生します。
食品メーカーが非常食のマーケティングを考える際は、この2つを抑えることが重要となります。
1.防災の危機意識が高まったタイミングで適切に商品を届ける
2.買い替え需要を捉えて適切に商品を届ける
食品メーカーの非常食に対する仕掛け
さまざまなブランドが「生活に非常食を浸透させる」ためにマーケティング活動を行っています。2つの食品メーカーの動きを見てみましょう。
日清食品「カップヌードル ローリングストック」
日清食品がカップヌードルを非常食として提供している「カップヌードル ローリングストック」は、カップヌードルやカレーメシなど13種の商品から選んだ9種を、3か月ごとに自動配送するサービス。初回にはガスコンロや鍋、軍手、水などもセットで届きます。
キャッチコピー
「もしもの非常食に、いつものカップヌードル。」
「いつもともしもにそなえるローリングストックをはじめよう」
「いつもの」がポイントで、日常でも非常時でもおいしく食べられることを便益(ベネフィット)として訴求しています。カップヌードル ローリングストックのポジショニングマップを整理すると以下です。
●日常食でもあり、非常食でもある
●単発購入ではなく、定期購入の仕組み
井村屋「えいようかん」
アイスクリームやようかんで有名な井村屋は、手軽に栄養補給できる非常食として「えいようかん」を販売しています。備蓄保存用に適した賞味期間5年6か月を実現し、1本食べるだけで手軽に171kcal(ご飯小盛1杯分)のエネルギー補給が可能で、水なしで食べられる柔らかさとすっきりした甘さが特徴のようかんです。
非常時だけでなくランニングやサイクリングなどアウトドアでの活用も提案していて、日常でも非常時でも手軽に栄養補給ができることを便益(ベネフィット)として訴求しています。ポジショニングマップを整理すると以下です。
●日常食でもあり、非常食でもある
●長期保存できることを全面に押し出したコンセプト
ローリングストックの考え方を理解する
キーワードとして理解しておきたいのが、ローリングストックの考え方です。
「ローリングストック」とは、普段の食品を少し多めに買い置きしておき、賞味期限を考えて古いものから消費し、消費した分を買い足すことで、常に一定量の食品が家庭で備蓄されている状態を保つための方法。
農林水産省「災害時に備えた - 食品ストックガイド 」より
日常的に非常食を食べることで、食べ方に慣れたり、賞味期限切れを防いだりすることが推奨されています。
日清食品も井村屋も、「生活の中の食事として」「アウトドアやスポーツ時」という訴求があり、日常使いが推奨されています。
日清食品と井村屋のマーケティングの特徴まとめ
日清食品や井村屋の防災カテゴリーに対するマーケティング活動の特徴をまとめると、以下のような構造になっていることがわかります。
1. 非常食は、おいしくて使いやすい日常食でもあることが求められている
2. 日常食としても楽しめることで、防災意識が生活に浸透していく
3. 長期保存ができることだけでなく、定期購入の仕組みで購入の手間を減らしたり、ワンハンドで食べられるといった機能性など、追加の価値提供がある
非常食は「何かあったときのために倉庫に保存しておく無味乾燥な食品」ではなく、「日常でおいしく食べながら、もしもの時に備えるもの」と捉えることが前提として重要です。
非常食は日常で想い出される数を増やすこと
マーケティングの世界では「CEP:カテゴリーエントリーポイント」と言われる考え方があります。
CEP:カテゴリーエントリポイント
●そのブランドが持つ購買機会に基づく記憶連想のこと
●そのブランドが想起される入り口となる要素の数
(筆者の整理)
選ばれているブランドの特徴としてカテゴリーエントリーポイントが複数あり、想い出される確率が高いことがわかります。商品が選ばれる可能性を高めるためには、カテゴリーエントリーポイントを増やすことが重要となります。
日清商品のカップヌードルで考えてみましょう。カップヌードルが想起されるシーンとしては下記のようなものがあげられます。
・日常で食べる(気軽に食事をとりたいときに食べる)
・キャンプ時に食べる
・防災・非常時に食べる
・栄養補給のために隙間時間に食べる
・忙しいとき、時間がないときに食べる
・海外旅行時に食べる etc
このように、カップラーメンは、多くのカテゴリーエントリーポイントを持っており、選ばれる確率を高めていることがわかります。そのひとつに「防災・非常時」の想起シーンが入っているという形です。
マーケティングに関わる人の重要な役割は、カテゴリーエントリーポイントを増やし、「認知率」と「独自性」を高めることです。自社商品について、カテゴリーエントリーポイントを増やすことができないか、認知率と独自性は競合他社と比較してどのようになっているかを確認してみましょう。
非常食は非常用だけでは選ばれない
カテゴリーエントリーポイントの説明の通り、複数の状況において想起されることで、商品が選ばれる確率は高まります。逆に、「防災」に絞って想起されるシーンを限定してしまうと選ばれにくくなると考えることができます。
非常食のマーケティングを考えるポイント
●非常用(備蓄や保存)以外のカテゴリーエントリーポイントを増やすこと
●ブランドの入り口を防災以外にも複数つくり、日常に浸透すること
防災にも快楽主義の発想を
「災害がいつ起こるかわからないので、正しく対策をしましょう」では、人は動きません。人が動くためには、共感やワクワクするなど情緒的な価値が必要です。
昨今、ヘドニスティックサステナビリティ(快楽主義的な持続可能性)の考え方が広まっています。未来にとって良いことを、「我慢」して取り組むのではなく、「楽しみ」や「快適性」といった要素を大切に取り組むことを推奨する考え方です。
防災のカテゴリーでマーケティングに取り組む際は「快楽主義の発想をもち、いかに日常で楽しんでもらえるか?」の問いに向き合えると良いのではないでしょうか。
マーケティング発想で、非常食やローリングストック商品を考える際のヒントにしていただけましたら幸いです。
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著者情報

- 黒澤友貴
- 1988年生まれ。ブランディングテクノロジー株式会社 執行役員 経営戦略室 室長。「日本全体のマーケティングリテラシーを底上げする」をミッションに6,000人近くのマーケターが集まる学習コミュニティ#マーケティングトレースを運営。2020年2月に書籍「マーケティング思考力トレーニング」を出版
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Twitter:https://twitter.com/KurosawaTomoki
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