日清食品「完全メシ」 マーケティングトレースでヒットの要因を探る

日清食品「完全メシ」 マーケティングトレースでヒットの要因を探る

SNSなどで話題の「マーケティングトレース」をご存知ですか? 基本のフレームワークを使いながら成功事例を分析し、マーケティング思考を鍛える方法です。今回は、考案者の黒澤友貴さんにブランド戦略を読み解くシートを使って、日清食品の「完全メシ」を読み解いていただきました。
▶︎【解説】マーケティングトレースって何?初心者が知っておきたいマーケティングフレーム:https://foodclip.cookpad.com/16303/
※前回記事はこちら:https://foodclip.cookpad.com/16124/

今回は、日清食品の完全メシのマーケティングトレースをお届けします。完全メシとは、33種類の栄養素とおいしさのバランスを追求して作られた、日清食品のブランド。カップライスの「カレーメシ 欧風カレー」やカップ麺の「豚辛ラ王 油そば」、飲料の「バナナスムージー」など、完全メシブランドで複数商品が発売されています。

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参照:完全メシHP https://www.nissinkanzenmeshi.com/

完全メシは日経トレンディの「2022年ヒット商品ベスト30」のTOP5、食品部門では大賞に選ばれています。

参照:日経トレンディ2022年ヒット商品ランキング ベスト30

完全栄養食は最近コンビニでも見かけることが多く、身近になってきています。完全栄養食の市場は、この数年で生活に定着したカテゴリーです。Googleトレンドで調べると「完全栄養食」のキーワードは、2019年頃から検索ボリュームが高まっていることがわかります。

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このトレンドを牽引する日清食品・完全メシのマーケティング戦略を読み解いていきます。

まずは、完全メシのマーケティング戦略の大枠を整理してみました。最初に全体像を掴むのにご活用ください。

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市場定義の確認:完全栄養食とは?

完全栄養食の定義を確認します。調べたところ、法的な定義は決まっていないようですが、「1食あたりに必要な栄養素をすべて摂取できること」を目標に開発された食品を、ブランド側が「完全栄養食」と名乗っている状態のようです。

例えば、完全栄養食ブランドとして上場している「BASE FOOD」の有価証券報告書を確認すると、下記のような定義がされています。

当社においては、食品表示基準に定められる栄養素等表示基準値に基づき、他の食事で過剰摂取が懸念される脂質・飽和脂肪酸・炭水化物・ナトリウム・n-6系脂肪酸を除く、すべての栄養素について、1食で1日分の基準 値の1/3以上を含むことを、「完全栄養」と定義し、かかる基準を満たす商品についてのみ「完全栄養」食品として販売しております

「カロリーメイト」に代表されるバランス栄養食と比べると、「厚生労働省が発表している日本人の食事摂取基準を基に算出された、1食あたりに必要な栄養素を多く含む」ことが一般的な条件になっているようです。

ここから、完全栄養食の業界を取り巻く外部環境を分析していきます。完全メシのブランドを取り巻く環境はどのようになっているのでしょうか。PEST分析から読み解いていきます。

外部環境:PEST分析

政治

生活習慣病リスクは増大
・社会保障給付費は1980年度の24.9兆円から2020年度には126.8兆円まで増加しており、今後も増加が見込まれる
日本を未病対策先進国にするために、フードテック活用を推進する動きあり

経済

円安や世界情勢の不安定さからの原材料が高騰
完全栄養食の2022年国内市場は144億円、2030年には546億円と拡大の見通し

社会

1980年には614万世帯であった共働き世帯数が、2020年には1,240万世帯に増加
仕事や家事、育児などで忙しく、食生活に気を配る余裕がないため、調理に手間をかけない人が増加
「飽食」や「新型栄養失調」といった、近年の食の問題を表現する新しい言葉が登場

技術

●フードテック関係の技術発達
・製造管理にデータが活用され、素材の調合精度が高まる
●食品製造プロセス全体がデータによる効率化を推進する動き
・食品、飲料、酒類のEC化率は、2019年の2.89%から2021年は3.77%まで増加

PEST分析から主要な要因を抽出し、今後予測される変化について仮説を立ててみます。

  1. 忙しくても栄養はちゃんと取りたい、時短・タイパ重視の傾向が増加
  2. 国も社会保障費を下げるために、完全栄養食の市場形成を支援する動きを強化
  3. 食品価格が高騰する中で、手軽に栄養を取れる完全食が重宝される

この3つの主要因により、完全栄養食の市場は順調に拡大していくことが予測できます。

また近い将来、国が完全栄養食に関するガイドラインや定義を作る動きが出てくる可能性もあります。日清食品は政府との共同プロジェクトを動かし、自分たちが主体となって規制や基準を作っていくことができると、ブランドの優位性につながるのではと考えています。

続いて競合環境を分析していきます。

競合

完全栄養食の競合

完全栄養食のジャンルで主要プレイヤーとなっている3社をピックアップします。

BASE FOOD
Huel
COMP

完全栄養食単体のセグメントで上場したBASE FOODが、最大の業界競合と捉えることができます。2022年5月末時点で30万人の会員を抱えていることと、定期購入の仕組みが機能していることが強みです。

続いて、潜在的な競合の存在を整理します。

潜在競合

先ほどのPEST分析でわかったように、時間がない時でも気軽に栄養補給できるものを求める動きが増えてきています。そのため、下記のようなカテゴリーやブランドも競合になると考えられます。

お弁当の定期宅配サービス(ナッシュ、ワタミの宅配など)
健康補助食品(カロリーメイト、ソイジョイなど)
冷凍食品(最近は冷凍食品でも栄養価の高さを訴求しているため)
栄養価の高さを訴求している食品群

PEST分析で挙げた通り、フードテック分野の技術が発達することで、栄養価の高い食品が今後たくさん出てくる可能性があります。これにより栄養価の高い食品の開発コストが下がり、栄養食に参入する企業が増えることが予測できます。

また、気軽に栄養補給できる上記のような商品を選ぶ人にとっては、わざわざ完全栄養食を取り入れるメリットを感じられない可能性も高そうです。健康であるために、なぜ完全栄養食である必要があるのか?この問いに答えられることが、完全メシのマーケティングにとって重要と考えられます。

続いて、完全メシの象徴的な顧客について考えていきます。

メインターゲット

日清食品が誰を象徴顧客と設定していたのかを調べると、「健康に配慮したいけど、意識は高くない」といった特性の人が完全メシを愛用していると想定されます。象徴顧客がわかると、なぜこのキャッチコピーやパッケージデザインなのか…の理由が納得ができますね。

基本的な顧客属性を整理します。

年齢/性別

●30代〜40代の男性

嗜好性/価値観

健康診断で悪い結果が出てしまったので、栄養バランスの良い食事を摂りたい
健康を気遣いたいが、頑張りたくない。意識が高そうな人にはなりたくない

行動特性

積極的に運動をしたり、栄養管理をすることが苦手
仕事や生活が忙しく、自炊する時間はない

続いてポジショニングマップを整理していきます。上記の顧客層は、なぜ他ブランドではなく、完全メシを選んでいるのでしょうか?

ポジショニングマップ

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この2つの軸で整理できるのではないでしょうか。

軸A:通常の食事に近い⇄食事の制限
軸B:シンプル⇄食事のバリエーション多い

完全メシは通常の食事に近いため、いつもの主食に置き換えることができる(我慢せずガッツリ食べることができる)
健康意識が高すぎなくて良い(面倒ではない)

このような点で、完全メシは他の完全栄養食のブランドとの違いを作っていると捉えています。

栄養をしっかり摂取するためには我慢が必要という「OR発想(Aを得るためにはBを手放す必要があるという考え)」が一般的な中、完全メシは「ガッツリ食べられて、栄養もとれる」と「AND発想(Aを得ることでBも得ることができるという考え)」を仕掛けている点がポイントです。

最後に具体的な価値の届け方を整理していきます。

マーケティングミックス4P分析

Product:商品戦略

ジャンクな商品ラインナップを前面に打ち出し、「我慢せずガッツリ食べることができる」価値を強化。また、あか抜けすぎない雰囲気のパッケージで、健康意識がそこまで高くない層にも価値が伝わりやすくなっていると考えることができます。

自分のライフスタイルに合わせてタイプを選べるように、即席麺タイプ、ドリンクタイプ、グラノーラなど複数の商品カテゴリーを作っている点にも注目です。

Price:価格

  1. 完全メシ 豚辛ラ王 油そば 398円
  2. 完全メシ カレーメシ 欧風カレー 398円
  3. 完全メシ バナナスムージー 348円
  4. 完全メシ グリーンスムージー 348円
  5. 完全メシ 大豆グラノーラ 60g 198円

※すべて税別・希望小売価格

栄養価をうたわない通常のカップ商品や飲料と比較すると若干高価ではあるものの、1食あたりの金額で考えれば許容しやすい価格帯になっています。

Place:売場

日清食品はコンビニやスーパーとの関係性が強く、他の完全栄養食のブランドより顧客に身近な売り場で販売できることが注目ポイントです。

売り場
コンビニ、スーパー、量販店
自社EC
他社EC(Amazonや楽天)

Promotion:広告

認知を獲得するために、広告とキャンペーンを組み合わせて実施しています。

TVCM
SNSキャンペーン(コラボキャンペーン)
●メディア取材

成功要因

  1. 食事で満足感を得ながら、十分な栄養を摂ることができる「AND発想」→好意度UPと競合商品との違いをつくる
  2. パッケージデザインやキャッチコピーで敷居を下げる=健康意識が高くない人でも取り入れやすくなる→好意度UP
  3. コンビニ、スーパー、薬局などの棚を押さえる日清の営業ネットワーク力→認知度UP
  4. 管理栄養士の推奨

4の管理栄養士の推奨は、かなり重要なポイントだと捉えています。新カテゴリーにおいて、ブランドを信頼する価値となる「保証価値」は重要な要素です。完全メシは「管理栄養士の9割が推奨している完全栄養食」と表現されています。店舗や広告で「管理栄養士が推奨している+ガッツリと満足感を得られる」という2つのメリットを伝えられることは、顧客の心を動かすことにつながっているのではないでしょうか。

もし自分がCMOだったら?

ヒットを生んでいる完全メシですが、さらにブランド認知率や好意度を高めて、生活に浸透させる方法について考えていきます。

1.社会性の強化(ブランド認知と好意度の強化)

防災のローリングストックや、世界の飢餓問題の解決など、完全メシが社会にとって重要な役割を担っていることを伝えるキャンペーンを展開する。例えば、table for twoのおにぎりプロジェクトのようなアプローチを探れると良いのではないでしょうか。

2.まずいのクチコミ対策(ブランドの好意度の強化)

「まずい」の感想を減らし、イメージを「おいしい」に寄せることはシンプルに重要だと考えています。そのためには、おいしく食べるための組み合わせ提案を増やせると良いのではないでしょうか?

カジュアルにトッピングをして、自分専用の完全メシを作るアレンジ文化が生まれると、抵抗がなくなってライフスタイルに取り入れる人を増やせるかもしれません。

以上が、完全メシのマーケティングトレースでした。

ぜひ、皆さんも完全メシをライフスタイルに取り入れてみて、この記事を読み返しながらマーケティング思考を磨くヒントにしていただけたら幸いです!



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著者情報

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黒澤友貴
1988年生まれ。ブランディングテクノロジー株式会社 執行役員 経営戦略室 室長。「日本全体のマーケティングリテラシーを底上げする」をミッションに6,000人近くのマーケターが集まる学習コミュニティ#マーケティングトレースを運営。2020年2月に書籍「マーケティング思考力トレーニング」を出版
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Twitter:https://twitter.com/KurosawaTomoki
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