
企業・業界動向
Mizkanの大胆な組織戦略とは 新商品開発のカギは組織の自由度と強みの理解
コロナ禍を経て、円安、物価高騰と世界規模の変化は立て続けに起こり、食マーケットは今までにないスピードで変化しています。この連載では「チャレンジ」をテーマに、食関連企業の経営層が変化をどう捉え事業を牽引していこうとしているのか、その思考をたどります。今回は、株式会社Mizkan(ミツカン)の代表取締役専務兼日本+アジア事業COOである石垣浩司氏に、組織再編から始まるマーケットへの新しい挑戦についてお話をうかがいました。
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株式会社 Mizkan Holdings 執行役員
株式会社Mizkan 代表取締役専務 兼
日本+アジア事業COO
石垣 浩司 氏

クックパッド株式会社
マーケティングソリューション事業部
事業本部長
北井 朋恵
組織戦略で食マーケットの変化に挑む
北井:2019年に新ブランド「ZENB(ゼンブ)」を立ち上げるなど、かねてから新規事業開発に取り組まれている石垣さんですが、今回、組織変革に至ったのはなぜですか?
石垣氏(以下、石垣):今後のマーケットにおいて我々は、「調味料メーカー」という意識から少し脱却しないといけないと思っています。もちろん調味料は維持していくのですが、さらに新しいカテゴリーで商品を作っていきたいのです。
新しいカテゴリーで商品を作るとなったときに、従来やってきたような分析の仕方や、モノの売り方を変えていかなくてはいけない。データドリブンで考えることや、生活者の観察の精度を高めていくことが必要で、そのための組織を立ち上げたのです。
もともと調査室という組織はあったのですが、商品を発売するにあたって社内説得用の調査を行うという側面が強くて。社内で発売するかどうかを決めるのに、社内の誰かを説得するためにリソースをかけるのは変ですよね。もっと生活者を観察するとか、未来のマーケットを予測していく方に力をかけたいと思っています。
北井:なるほど、おっしゃる通りですね。コロナ禍を経て物価高騰とイシューが続き、食マーケットの変化はよりスピーディーになっていますよね。変化対応への危機感が影響しているのでしょうか。
石垣:そうですね。感覚としてはコロナ禍の数年間のうちに、10年くらい先に起こるような生活者のインサイトの変化が起きたように感じます。例えば従来の「1日3食食べる」とか「春夏秋冬の旬の食材でメニューを考える」といった意識が変わってきたり。従来の意識に対して調味料の使い方を提案するという、これまでの提案パターンが崩れてしまって、新しいアプローチが必要になりました。
もちろん、生活者のインサイトは一気に変わるわけではないのですが、我々の商品の場合、食事をマネージメントする人のうち5%が変われば、売上が5%変わってしまいますから、大きな影響がでてきます。
北井:確かにさまざまな当たり前が、当たり前でなくなるスピードが爆速になったのが新型コロナの影響でしたね。
新しいものを生み出す組織のカタチとは
北井:事業戦略に基づいて組織戦略を引き直したと捉えたのですが、従来組織とのすみ分けや従来の仕事の流れとの変化など難しい点も多いのではないでしょうか?
石垣:一番気を付けているのは、業務分掌して分業し、流れ作業で仕事が進まないようにすることです。半期にひとつ新商品を作るとして、半年前に考えていたことが、半年後に形になるというフローの中で、各所の業務内容、責任、権限などを明確に分けすぎると、決めたことだからやる、という状況に陥りがちなんですよ。後半はみんな首をかしげながら、誰もうまくいくと思っていないのに、最後までやりきるためにやる、というような。マーケットが急速に変化する中で、それではニーズに応えられる商品を作れないですよね。
また、商品ごとに担当を固定していると、どうしても発想の幅が狭くなってしまいます。例えば納豆の担当者は、新しい商品を作ろうと思っても、納豆の領域をでられない。納豆のたれをどう変えるかなど、納豆ベースの発想になりがちです。
そこで、全く新しい商品を作っていくためには、組織内で組織を作らない、縦割りにしない組織にしたいと思ったんです。具体的には、技術部・企画部などの役割を分けないで、発生するタスクベースで人が集まってチームを組んで、商品を作っていきます。
北井:タスクによってチームメンバーが違って、タスクを達成したら解散、また別のチームを組んで新しいタスクに取り組む、ということですね。これは面白いですね。
自分の希望するタスクに参加するために、社員の意欲も高まりそうです。ただ、人事評価が難しそうなので、部長の力量が問われますね。
石垣:確かに、目標設定する人の力量は大事ですね。期初に目標を設定して、期末に評価するというこれまでの評価手法とは違うので、試験的な取り組みに近いです。ただ、これまでの評価が本当に適正かというと、それもわからないと思っています。「この組織でやりたい」という意思のある人を選出しているので、都度何をすべきなのかをみんなで考えて、その行動を評価していきたいと思います。私の直轄部署だからこそ、見えてくるものは大きいと思います。
北井:石垣さんの直下に組織を置いた必要性と理由がよくわかります。やりながら磨いていくということですね。
延長線上の商品開発から脱却するには
北井:組織変革を実施し、新しいカテゴリーで商品を作っていくというチャレンジが、重要になってきているという部分をもう少しお聞かせください。「Mizkan」さんのリブランディングとも捉えられると思うのですが?
石垣:その通りです。「Mizkanだったらこれだよね」といわれるような商品が毎年提案されて、これまでの商品の延長線上で開発が進んでいます。もちろんヒットはでてくるのですが、想定の範囲内で、世の中の新しい消費を作り出しているという感覚ではありません。延長線上ではなくもっと飛び地の発想で、新しい価値のある商品を生み出していきたいのです。
Mizkanは200年以上続く企業ですが、この先20年後に生き残れるか、必要とされているかという考えで進んでいかなければいけません。いま変わらないといけないという危機感を持っている人が社内にはたくさんいます。
北井:それは心強いですね!御社が大事にされていることを継承しながら、飛び地の発想で全く新しい商品を開発していくには、どのような思考が必要でしょうか。
石垣:商品のコンセプトはMizkanが変わらず打ち出している「おいしさと健康」です。しかし健康になりたいと思ったとき、やることは食品だけじゃないですよね。運動したり、サプリメントを飲んだり、インストラクターに食事指導をしてもらったり……すべてひっくるめて「健康」という消費を我々のサービスでしてもらえたら面白いと思っています。この先どんな「健康」がスタンダードになるのか、未来の健康価値を予測して、先回りして商品を作っていきたいです。
北井:コロナ禍になって数年、まさに「健康」の価値観は速いサイクルで変化していきました。糖質オフなど身体に入れない健康法から、免疫力をあげて身体を強くするために必要栄養素を意欲的に摂取したいという考えに変わっていきました。その中で、発酵食品やタンパク質の摂取は特に注目されています。
豆ヌードルの「ZENB」は、未来の健康価値を先回りした商品だったのではないでしょうか?
ラーメン、パスタ、焼きそばなど幅広く使える豆100%のゼンブヌードル
石垣:たしかに「ZENB」はひとつのチャレンジ事例として捉えています。始まりは社内に素材を微細化する特殊な技術があって、利用価値がないと思われていたのですが、試しにトウモロコシを微細化してペーストにしてみたら、砂糖が入っているのかと思うくらい甘くなったんです。この技術を使えば、体にはいいけどおいしくないという理由であまり食べられていない素材も、おいしくできるのではと考えました。
豆は、日本人は多く食べている印象があるものの、世界的にみると主食にしているエリアは少ないんです。香りや食感など、主食としてそのまま食べるにはあまりおいしくない豆を、おいしい主食にできたら、それはイノベーションだと思いました。食の生産負荷を下げるという環境保護の側面もありますし。
北井:自社の隠れた強みを活用するというのは大変興味深い観点ですね!
日本では「環境に良い」だけでは響きにくくて、まずおいしくないと売れない傾向がありますが、「ZENB」は主食としてとてもおいしいですよね。サブスクを中心としたECでしか販売していないのはなぜですか?
石垣:ありがとうございます。サブスクを重視しているのは、前提として長く継続して食べてもらうことで、健康になってほしいためです。我々の商品は、お酢や納豆など、短期的ではなく長期的に食べてもらうことで健康効果があると考えています。
売り出した当初は、Mizkanブランドであることを伏せて、ネームバリューではなく商品自体の価値があるかどうかを見極めました。商品価値を確信した今ではMizkanブランドであることを出しつつ、認知を広げているところです。
「ZENB」は、健康意識の高い人のニーズを捉えることができていると思います。しかし、本当に「健康」が必要なのは、健康意識が高くない人ではないかとも考えています。所得の高い低いで考えると、所得の低い人は本当は健康でいたいけど、そのための消費ができていない、ということもあると思います。その観点では、「おいしさと健康」で新しい社会を作ると言いながら、まだ何も変えられてないのではという懸念があります。
自社の競争優位性からぶれないこと
北井:さらなる「おいしさと健康」を目指して、新しい組織で新しい商品を作っていかれるときに、商品の定義がはっきりすると、競争優位性を発揮しやすいともいえますよね。
石垣:我々の考える「おいしさと健康」は、他企業とは少し違うかもしれません。「おいしさ」は、誰でも気兼ねなく買えて、無理せずおいしく食べ続けられることです。「健康」は、商品を食べたその日に調子がよくなるものではなく、長期間に渡って習慣化することで健康になること。急には変わらないけど、気が付くと身体機能が正常になっていくような、中長期的な「健康」です。
Mizkanの強みはやはり「発酵」です。発酵とは何かと考えると、自然の力を使って「おいしさと健康」を引きだすこと。この「発酵」をベースにMizkanならではのオリジナリティを出しつつ、10年後に「食べ続けてよかった」と思ってもらえるような、気づけば健康寿命が延びているような商品の開発を進めています。
北井:商品の価値がユーザーにとって日常的であり、長期的であることがポイントですね。風邪をひいたとき薬を飲んで解決するのではなく、食べ続けるとそもそも風邪をひきにくい体にするというような。
石垣:まさにそうですね。今後は調味料に限らず即食などでも勝負していきたいです。お酢と同じ効能でありながら酸っぱいと感じない商品や、お酢の自然の力で日持ちがする、食感が悪くならないといった機能を持たせることなどができたら、面白いですね。
北井:はい!それは面白い!発酵からスタートした御社だからこそ「長く継続して食べることで健康を実現していく」ということを実現できる技術や思考があり、御社のコアコンピタンスとなっているのだと理解できました。
いま感じている食のトレンドは
北井:これからの食生活や、食マーケットがどうなるか、商品開発の上で感じていることはありますか?
石垣:我々メーカーが助長していいのかはわからないのですが、ここ数年、そうめん人気を感じています。かつては減っていたはずなのですが、コスパやタイパがいいこともいまの時代にあっていますし、そうめん専門店が注目されたり、Youtube動画やSNSでアレンジレシピが広がって、実際食べてみるとおいしいことから、さらに拡散していくという流れがあると思います。
理由のひとつとして、咀嚼が楽ということがありそうです。柔らかくてあまり噛まなくても食べられるものへのニーズが高まっているのではないでしょうか。
北井:2月に発売された「大好きだし。麺と鍋。」シリーズも、まさに麺に使うことを想定していますよね。「クリーミーとんこつ」など、斬新でアレンジ麺レシピに使えそうです。
2023年発売の「大好きだし。麺と鍋。」シリーズ
石垣:麺を家で食べるときのバリエーションを広げようというのがひとつあります。また、「麺と鍋」とあるように、鍋つゆとしても使えるんです。台湾など暑い時期でも鍋を食べる国は多くありますが、日本では夏に鍋はあまり食べないですよね。それはなぜだろうと思いまして。これ1本を常備してもらって、年中、そうめんも鍋もおいしく食べていただきたいです。
北井:確かに、一石二鳥といいますか、2度うれしいといいますか、気温差の激しい春や秋にも重宝しそうですね。今後新しい組織から生まれる商品もとても楽しみです。
石垣:「おいしさと健康」という大きなコンセプトはそのままに、発想や組織体制は自由に変化させながら、生活者に「これがなくてはいけない」と思ってもらえるような商品をしっかり作っていきたいと思います。
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- FoodClip
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