
企業・業界動向
味の素株式会社に学ぶ、食業界のマーケティングに必要な思考とは
アジア最大級の食品・飲料展示会「FOODEX JAPAN2023」で行われた講演『マーケットインで多様化する生活者のインサイトを掴む』の内容を一部抜粋してレポート。味の素株式会社 執行役常務・マーケティングデザインセンター長の岡本氏と、クックパッド マーケティングソリューション事業部・事業本部長の北井が、食業界のマーケティングについて語りました。
登壇者

味の素株式会社 執行役常務
食品事業本部副本部長 マーケティングデザインセンター長
岡本 達也 氏

クックパッド株式会社
マーケティングソリューション事業部 事業本部長
北井 朋恵
マーケティングで陥りがちな課題設定のズレ
北井:高度経済成長期はわかりやすい課題が溢れ、性別や年代などの属性でターゲティングできていたのですが、今は課題設定自体が難しくなり、属性ではマーケティングは不可能で、生活者のインサイトまで深く見ていくことが重要だと考えています。岡本さんは、いつも「そもそもの提供価値は何なのか」ということに立ち戻ることが大事だとおっしゃっていますよね?
岡本氏(以下、岡本):例えばマーケットシェアが落ちた、購入率が伸びない、などの課題が出てきた時に、具体的な課題に対する戦略だけで止まってしまうことがすごく多いんですね。深掘りをしていくとそういった課題の裏側には、必ずお客さまの意識の変化、行動の変化が起きていて、この意識のところまで掘り下げられないと、本当の課題はわからない。
だから一回「抽象(生活者意識)」に戻って、我々が本当に解きたかった課題は何か、裏側にあるお客さまのインサイトは何なのかを考えてから、具体的な戦略に持っていくことがものすごく大事ではないかなと思います。
北井:確かにマーケティング戦略を作る時は、HOW(どのような施策で提供するか)が先にきてしまうことがすごく多いですよね。生活者の意識まで一旦戻らないと、間違ったHOWがたくさん行われてしまいます。
岡本:競合にシェアを取られたとき、価格の再設定が必要だとか、CMなど広告費を使って棚をもう一回取りに行こうだとか、シェアを取り戻す策に走ってしまいがちです。一番大事なのは、なぜお客さまが競合にスイッチしてしまったのか、心理のところまで掘り下げること。この部分を、対応のスピードを上げたいがために端折ってしまうことは、マーケティング戦略において非常に問題ではないかと思います。
「鍋キューブ」から学んだ、市場を再定義する重要さ
北井:今お話いただいたことをもう少し詳しく、御社の事例とともにご説明いただけますか?
岡本:弊社の「鍋キューブ」は、「1人前から食べられる鍋の素」をコンセプトに2012年から販売しています。
2012年8月発売「鍋キューブ」
弊社で和風だし「ほんだし」を担当していたマーケターが、市場縮小の要因が外部市場への流出であること、その中の一つに鍋つゆ市場があることを見つけました。当時の鍋つゆ市場はレトルトパウチに入った液体で4−5人前できる大きいものが当たり前でした。そこでアイデアセッションを行いまして、新たな市場として「個食」をターゲットにし、「鍋キューブ」を製品化しました。
当初は市場を独占して順調に拡大していきました。個食世帯だけではなく、家族それぞれで食べる時間が異なる「家庭内個食」と言われる人達のニーズにもマッチして、すごい勢いで伸びていったんです。
しかし2014年頃、他社からも類似商品が出てきて、マーケットシェアを取られていきました。このときまず我々は「他社の個食鍋の素をやっつけよう」と、広告量やフレーバーを増やしたりしたのですが、競合との差別化に捉われてしまい、良い結果に結びつかず。まさに先ほどお話したような、課題設定のズレを起こしていました。しかしここでは、本当に広告量やフレーバーが課題なのか?と抽象に立ち戻ることが重要だったんです。
北井:そもそも鍋キューブは、「大量の鍋を作るのは大変」「フレーバーは多い方がいい」という未充足インサイトから、個食に着目して生まれたものですよね。ヒットから一転、シェアが低下していったときに、そこから抽象に戻るというのはどういうことなんでしょうか?
岡本:もう一度、なぜこの商品を作ったのかというところに立ち戻ると、一人暮らしの人は「中食・外食が多いからたまには自分で作って温かい料理が食べたい」、共働きの人は「疲れて帰った後に家族めいめいのご飯を作りたくない」、「その場でパッと作って余らない料理がいい」といったインサイトがあったわけです。
ここで未充足インサイトに戻って考えると、売上低迷に対しての解は、狭義の競合戦略とは違うところにあるはずだと思いました。本当の競合は類似商品ではなく、コンビニのお弁当やスーパーの冷凍食品や惣菜、定食屋や外食チェーンかもしれない、と。
こうして市場を再定義することで、外部市場からお客さまを呼んできて市場を拡大することができます。このように発想をちょっと変えて、市場の枠を捉えなおすということが、今求められるマーケティング戦略ではないかなと思います。
北井:鍋つゆという狭い市場だけで考えていると、インサイトを捉え間違えてしまうというわけですね。私は前職、リクルートのブライダル情報誌でクライアントのマーケティングを担当していましたが、結婚式の場合、AホテルとBホテルの両方の集客を最大化したいと考えた時、AホテルとBホテルと何が違うのか、比較しようとするのは間違いで。本当の競合は新居の頭金や、ハネムーン、車だったりするので、カスタマーが結婚式と同じタイミングで何に投資するのか、という捉え方をしないと本当の競争優位性は表現できないと考えていました。シェアの取り合いではないと……。
岡本:北井さんがおっしゃった結婚式のホテルの話は、一回抽象化してみたら一人のお客さまのバジェット(予算)の取り合いだったということですし、鍋キューブの場合はオケージョン(消費者のライフスタイルや嗜好に合わせた喫食場面)の取り合いだったということなんですよね。ここまで話を抽象化しないと、本当のユーザーは見えてこないという話だと思います。
北井:インサイトプラスα=提供価値ですね。
岡本:おっしゃる通りですね。インサイトを裏返せば提供価値、と言えると思います。
物価高騰で変化した「スチーミー®️」の価値
北井:クックパッドのデータを多面的に分析すると、食費を抑えるだけでなく、ホームベーカリーやヨーグルトメーカーなど、買うから作るに変えることでコストリダクションにつながる家電に投資をしていると言えると思います。そして2022年10月頃から感じているのが、昨年春、物価高騰当初はなかった光熱費の問題に緊張感が出てきたこと。実は今、電気圧力鍋ではない、昔ながらの圧力鍋がすごく売れていますが、これは簡便ではなく省エネが理由ではないかと思っています。その観点からも、御社にはヒット商品がありますよね。
岡本:はい、私どもの「スチーミー®️」という商品は2020年に発売しましたが、これは電子レンジで加熱することで中が高圧になって容器が圧力鍋の代わりになる設計で、特許を取っています。調味料の中にも肉が柔らかくなるアミノ酸系の成分が入っており、容器と調味料の技術によって、うま煮やスペアリブのように長時間煮込まないと作れない料理を短時間で作れる商品です。
2020年3月発売「スチーミー®️」
当然ながら最初は時短文脈で商品を売り出したのですが、北井さんのお話の通り、最近は調理時間が長い=エネルギーをたくさん使ってガス代がかかることから、レンジを使って数分で完成するこの商品が省エネ文脈で見直されているという違いが出てきていて、これも非常に今の生活者のインサイトを捉えていると思いました。
北井:新商品を発売しなくてもインサイトを捉えなおすとコミュニケーション戦略を変化させるだけで価値が変わる、というのが面白い視点だなと思います。ここでちょっと、踏み込んで質問させていただきたいのですが、原価・原料が上がってきて、全てを売価に反映できないけれど値上げをせざるをえないときに、岡本さんが考える勝てるポイントは何ですか?
岡本:我々も本当に答えに苦しんでいますが、一言でいうと価値の再定義がすごく大事なのではないかと思います。スチーミーの例でいうと、当初は「数分で簡単に料理ができる」と時短をうたっていましたが、それを省エネに変えていったときに、お客さまの中に新しい知覚ができる。
このような価値の再定義だったり、新しい食べ方の提案、オケージョンの提案といった、今までその商品になかった価値を情報と一緒に上乗せして、その価値も一緒に買っていただくということを地道にやるしかないのかなと思います。
北井:そもそも設定した商品のスペック価値だけでなく、もう一段の付加価値をのせてご提供していくということなんですね。
インサイトを捉えた上で競争優位性が生きる
北井:私がマーケティングに携わる中で一番避けたいのは模倣ですが、これは御社が一番こだわられている部分ではないかと思います。マーケティングに絶対必要な自社の競争優位性をどのように作られていますか?
岡本:今の時代、顕在化されたニーズはほとんど満たされていると思うんです。お客さまに「何が足りないですか?」って聞いても全然答えてくれない。そうではなくて、お客さまも気づいていない、当たり前をひっくり返すことで市場ができると私はいつも考えています。
あとは、基本5味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)と香り、風味、食感を科学的に再構成できるのが私たちの強みです。例えばチキンスープの素ですと、チキンの風味をつけるために他社であればチキンエキスをたくさん入れると思うのですが、私どもは求めているチキンスープの風味、味を物質レベルで特定して素材化し、その素材だけを製品に還元する独自の技術があります。このおかげでコストが安くすみ、製品自体も小さくできるので、技術力が味の素の競争優位性と言えると思います。
北井:この技術が御社のケイパビリティであり、インサイトを捉えた後に自社のケイパビリティを使って商品開発することで、競争優位性が保たれるということですね。
岡本:味の素株式会社はうまみ調味料を120年以上、コンソメの素は61年、「Cook Do®️」は45年出させていただいていますが、皆さまと手を携えながらこの先100年経っても、商品が愛され続けて「あってよかった」と思っていただける世界を作りたいと思っています。もちろん、御社ともご一緒に。
北井:ありがとうございます。ロングセラー商品をずっと売り続けられるようにマーケティングを変化させるだけでなく、今のマーケットに合わせた新商品も次々作られている御社のお話をうかがって、マーケティングの深さや面白さを改めて痛感しました。本日は本当にありがとうございました。
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- FoodClip
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