味の素株式会社が新組織で挑む、食マーケティングの未来

味の素株式会社が新組織で挑む、食マーケティングの未来

コロナ禍を経て、円安、物価高騰と世界規模の変化は立て続けに起こり、食マーケットは今までにないスピードで変化しています。この連載では「チャレンジ」をテーマに、食関連企業の経営層が変化をどう捉えて事業を牽引していこうとしているのか、その思考をたどります。今回は、2023年4月よりマーケティングデザインセンターを新設した味の素株式会社の執行役常務・岡本達也氏にお話をうかがいました。
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味の素株式会社執行役常務
食品事業本部副本部長
マーケティングデザインセンター長
岡本 達也 氏

クックパッド株式会社
マーケティングソリューション事業部
事業本部長
北井 朋恵

「供給」から「共創」へ。マーケティングデザインセンター設立の理由

北井:マーケティング業界ではマーケットイン(顧客ニーズを徹底的に調査し、それに基づいたモノを開発・提供していくこと)が当たり前になってきていますが、実際にはとても難しく、意識していないとプロダクトアウト(企業側が作りたいものや企業方針に従って製品を開発し、提供・販売していくこと)になりがちだと思います。この課題に対して、御社がチャレンジしていることがあるとうかがいました。

岡本氏(以下、岡本):弊社は2023年4月1日からマーケティングデザインセンターという新しい組織を設立します。これまでは長く、調味料、加工食品、冷凍食品などに分類した事業部制で運営してきましたが、どの製品も受け取る側のお客さまは一人と考えると、果たしてこの方法で本当に正しいご提案ができているのかという疑問が出てきまして。この問題をどうすべきか考えた結果、マーケティングデザインセンターの設立に至りました。

これまでの弊社のマーケティングのスタイルは、まず多数の消費者向けに製品を供給して、マスコミュニケーションで商品を売り込み、量販店やトラディショナルトレード(東南アジアの市場)での販売を前提に、事業部ごとに個別の戦略を組む、というやり方です。

しかし今、顧客の価値観がすごく多様化してきたので、マスへのアピールが本当に響きにくい。特に今の若い方は、与えられた製品が自分の興味関心や価値観に合っていないと、「この製品は私に最適なものではない」と言って嫌がる傾向があるのです。

なのでこれからは「供給」するスタイルではなく、顧客と一緒に製品を作り上げる「共創」のスタイルでないとダメだと思いました。

お客さまと濃密につながって製品を含む体験価値を一緒に作ることや、パーソナライズされた双方向のコミュニケーションチャネルを作ること、お客さまが自由に買い物できる販売チャネルを作ること、そして社内も社外の方とも一つになって全体でサービスを提供していくことで、新たなロングセラーブランドを作りたいと思いました。

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ファンマーケティングで商品や体験価値を生み出す

北井:今後より一層共創を通じたファンマーケティングが重要になっていく中で、「味の素のファンづくり」という観点を強く感じたのですが。

岡本:おっしゃる通りです。難しいことをやろうとしているわけではないのですが、弊社から直接お客さまに販売するチャネルの構成比を少しずつ広げていきたいと思っています。弊社のオウンドメディア「味の素パーク」には約800万〜1000万人のユニークユーザーがいるのですが、今後はこのメディアをお客さまが集まる場にして、オンラインの体験を通して足跡を残してもらい、我々の製品を買ってもらうことを目指しています。

そのために、このメディアで強い愛着と熱狂を生み出す強力な集客コンテンツを開発をしていき、いずれこのオウンドメディアをコミュニティ型のファンサイトに進化させていきたい、というのが狙いです。

それから我々が「DeepID」と呼んでいる、製品開発によって得られたお客さまの深いインサイトを解析することで、アジャイル型(小単位で実装とテストを繰り返し、短期間で開発を進めること)のプロダクトやサービス開発ができるのではと考えています。

一般的に食品の世界は、最初に商品を手に取る人が一番商品に興味を持っていて、そこで品質に問題があるとその人は二度と戻ってきません。なのでこれまでは、アジャイル型は食品に向かないと思っていたのですが、もしお客さまと直接繋がることができれば、まず最初にお客さまにプロトタイプ(試供品)を食べてもらい、お客さまの意見を聞いて製品を改良していけるので、アジャイル型開発が可能になる。こういった仕組みでスケールを拡大していけたらと思っています。

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北井:全面的にアグリーです!本当のファンには発売前のリアルマーケティングを一緒にやってもらう仕組みが大事ですし、その体験を通して一層ファンになり、そのファンがまたファンを生み出してくれるというサイクルができると私は考えています。

岡本:この仕組みはある意味、マーケティングリサーチよりもお客さまのインサイトを掘り出せると思っています。今の時代オンラインでさまざまな体験が可能ですが、食の世界は実際に食べてもらうことが価値になるので、サプライ(供給)が必須です。

今後は、オンラインで擬似体験したものをオフラインでリアルに行い体験価値を得る、といった動きが増えてくると予想しています。我々もオンラインで出会い・つながり・学びを体験していただいた上で、食のリアルイベントや商品開発体験などオフラインでのサービスを提供する、といったモデルを目指したいと考えています。

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マーケティングデザインセンターで叶う、D2Cの本格稼働

北井:マーケティングに携わる一人として、マーケティングデザインセンターの設立は本当に魅力的です。この組織戦略を通じてどのような課題解決につなげていきたいと考えていますか。

岡本:先ほど申し上げた通り、オウンドメディアを強化して濃密なファンを獲得することで、ECの大幅拡大とD2C(Direct to Consumer、製造者が消費者と直接取り引きをするという意味)の製品開発が可能になります。多様な生活者に対して、それぞれに合う価値提供をしていくことで、売上や利益の獲得につなげる狙いがあります。

オウンドメディアの進化によって、生活者のインサイトを捉える→製品開発→販売という一方向の流れだけではなく、販売チャネルから生活者のインサイトを分析できたり、オウンドメディアから生活者のインサイトの分析や販売チャネルに繋げられたりと、製品開発以外のところでサイクルを生み出すことができます。これによるマーケティングノウハウの蓄積や、価値創出力の強化も見込んでいます。

また会社全体のマーケティングを担う組織を創設することによって、次世代のマーケター育成やマーケティングモデルの高度化も目指していきたいと考えています。

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理想のマーケターの姿とは

北井:生活者のインサイトが多様化していく中で、マーケターの役割も今後変わっていくと思いますが、岡本さんが考える理想のマーケター像を教えていただけますか。

岡本:これはマーケティングデザインセンターの創設メンバーで「我々はどんな世界を作りたいのか」をディスカッションして、2030年までに実現したいイメージをイラスト化したものです。水色がオンラインの世界、ピンクがオフラインの世界を表しています。

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これからはオンラインで色々な擬似体験ができるようになるけれど、食は結局オフラインの体験なので、メーカーはお客さまがオフラインで体験したこと、見たことを、いかにオンラインで実現できるか、体験価値に置き換えられるか、ということが今後求められるのではないかと考えています。

しかも一般的にはこうあるべき、とマスで考えるのではなく、対象となるお客さまの興味関心をメーカー側が完全に把握して、オンラインとオフラインの両方で、その一人に対する最適なサービスや製品をアダプトしていく。こういう世界ができれば、お客さまにとってはとてもいい価値になるのではないかと思っています。

北井:オンラインとオフラインを融合させ、インサイトを深く見ていくことが実現できる人、それがこれからの理想のマーケターの姿ですね。

岡本:私もこれを実現できているわけではないし、高い山ではあるのですが、100年先も愛されるブランドを目指して、これからチャレンジしていきたいと思っています。

北井:クックパッドには、食卓のビッグデータとたくさんのユーザーがいらっしゃるので、これを仕組み化して食関連メーカーさまにご提供していこうとしていますが、自社で構築できるのはさすがです……。ぜひ協働させてください!マーケティングデザインセンターがマーケットにイノベーションを起こしていく未来を本当に楽しみにしております。



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