
企業・業界動向
「人の動きに合わせて店が動くこと」で生まれるソリューション 移動販売車がつくる飲食店の未来とは
コロナ禍を経て、円安、物価高騰と世界規模の変化は立て続けに起こり、食マーケットは今までにないスピードで変化しています。この連載では「チャレンジ」をテーマに、食関連企業の経営層が変化をどう捉え事業を牽引していこうとしているのか、その思考をたどります。今回は、株式会社シンクロ・フード 執行役員 モビマル事業責任者 太田明男氏に、飲食店が抱える課題解決への挑戦、移動販売の可能性についてお話をうかがいました。
【食のチャレンジ:記事一覧はこちら】

株式会社シンクロ・フード
執行役員 モビマル事業責任者
太田 明男 氏

クックパッド株式会社
マーケティングソリューション事業部
事業本部長
北井 朋恵
空きスペースの課題に「移動販売」で応える
北井:太田さんが進められている「モビマル」の事業について、まずは教えていただけますか。
太田氏(以下、太田):「モビマル」の事業は、ひと言で表現すると「移動販売のプラットフォーム」です。弊社のサービスに登録している移動販売事業者の方々に、出店場所の提供や運営の支援を行っています。
毎月、出店場所の情報を発信して、それを見た登録事業者からリクエストが届き、出店シフトを決めていきます。現在、東名阪で2800ほどの移動販売事業者が登録していて、規模としては日本最大級、現在も毎月100強ずつの登録事業者が増えている状況です。登録者の9割以上はキッチンカーですが、他に生花店や、ペットのトリミングなどのサービスを提供するお店も出てきています。
メインの収益としては移動販売事業者からの出店料で、出店場所となる企業や自治体等からプロモーション料などをいただく場合もあります。自分たちでは「可動産業」と呼んでいて、不動産業の一種だと捉えていますね。事業としてはコロナ禍以降、右肩上がりで伸びています。
北井:この事業の成功には出店場所の選定が重要で、その情報をどれだけ仕入れるかが肝になりそうですね。
太田:まさに、移動販売の課題は「出店場所」です。出店場所がなかったら、そもそも営業できないし利益も出ません。ですから、出店場所の開拓には力を入れています。
ただし、出店できればどこでもいいわけではなく、「その町の活性化に繋がる」「その場所の課題解決ができる」といった視点にこだわっています。こうした課題解決の要素がないと、一過性のものになってしまい事業が続かないためです。
例えば、鉄道会社の駅周辺。新型コロナの影響で収益が大きく下がり、どの鉄道会社も沿線の価値を高めることに取り組んでいます。これまで使っていなかった高架下のちょっとしたスペースや、ターミナル駅と違って周辺店舗の少ない小さな駅周辺にも、移動販売車であれば駆けつけることができ、沿線の魅力アップに貢献できます。
学校においては、そもそもの学生数の減少に加えて、コロナ禍による授業のリモート化によって、学食の経営は厳しい状況です。キッチンカーの出店場所を確保すれば、学生がいるときにだけ学食を用意することができますし、学食で提供していないバラエティ豊かなメニューを提供することもできます。
他にも、物流倉庫など周辺に店がないエリア、タワーマンション前、地域のイベント会場など、さまざまな課題感のある空きスペースを出店場所として見出しています。
北井:出店場所と移動販売事業者のマッチングだけでなく、双方の課題に対するソリューションも提供しているということですね。
太田:移動販売車のサービスを利用したエンドユーザーにアンケートを取っていて、「こういう店が来てほしい」といったリアルな声も拾っています。出店場所に対してはどういったニーズがあるのか提示することができますし、要望に合うお店が集まることで移動販売事業者の売り上げも増え、お客様の満足度も上がるといういい循環が生まれていて、このエンドユーザーのビッグデータが「モビマル」の大きな強みになると考えています。
北井:それぞれ特徴のある出店場所ごとに、エンドユーザーのリアルなニーズを蓄積しているというのは魅力的ですね。
太田:どこに出店したらいいか、どのタイミングで何を出店したらいいか、どんなものが売れるのか、などのビッグデータがあれば、「このあたりにこういう店を出すといい」といった勝ち筋も見えてきます。これを出店場所や移動販売事業者、移動販売に参入したい企業などに還元することができれば、より良い事業のサイクルが生まれてくると思います。
最近では、アンケートデータをもとにしたマーケティング情報を、自治体等の地域活性に役立てていただくような事例も出てきています。
飲食店の「継続」と「挑戦」を阻むもの
北井:地域活性という社会的意義も感じますし、ますますニーズが高まりそうな事業だと思います。そもそもなぜ「移動販売」だったのか、事業立ち上げのきっかけとなった課題感について教えていただけますか?
太田:私自身はリクルートを退職後、飲食店事業を運営していたのですが、固定店を出すと場所を動かせない、簡単に業態変化ができない、という2つの大きな課題がありました。また、飲食店は割と独立しやすいので始める人が多いのですが、実は廃業率も高く、失敗すると損失がかなり大きいんですよね。実際、閉店した飲食店のうち2年目以内に閉店した割合は49.7%、10年で9割※と非常に高い数字です。(※当社調べ)
廃業率を何とか下げられないかと模索していた時にたどり着いたのが「移動販売」でした。移動販売であれば場所が悪ければ動けるし、業態も比較的簡単に変えることができる、つまり挑戦機会を増やすことができます。
北井:確かに、場所の問題は事業の存続に大きな影響がありますよね。コロナ禍でも、都心のコンビニは大きなダメージを受けましたが、住宅街では一定の売上を確保できていたといいます。ニーズにあわせてお店が動けば売上ダウンのリスクは回避できるということですよね。
太田:「移動できる」というのは素晴らしいことで、ひとつの大きな価値になるのではないか、移動販売をもっとソリューション化できるのではないかと。さらにそこに地域創生をかけ算していこうというのが、事業の始まりでしたね。
北井:動かせるという形式は、ニーズや状況、人数など、あらゆる変化に対応しやすいですよね。コロナ禍を乗り越え、今後はイベントなども増えて、より一層いい流れがくるのではないでしょうか。
太田:昨年までは、三密の回避、酒類提供制限などがあって展開が難しかったのですが、今年からはもっと広げていけるのではと思っています。日本にはあまりないですが、ナイトマーケット(夜市)などもおもしろいなと。移動販売車であれば、毎週コンセプトを変えられるという強みもあります。各自治体からの依頼も少しずつ増えていますね。
横浜市場のプロモーションを目的とした「秋の味覚キッチンカー祭り」をモビマルが運営
また、学園祭などで学生がテントで運営していたお店も、飲食時の感染対策や衛生的な観点から形態が変わりつつあり、キッチンカーにオファーが来るようになっています。
新型コロナの影響が追い風になって、立ち上げ当初にイメージしていた状況が予定よりも早く来ているように感じます。
「リアル」を持っていけるという移動販売の価値
北井:先日、当社で集計したデータから買い物における「オフライン」と「オンライン」との境目について分析したところ、約40%の人がネットで食品を購入していて、その内容の多くが「物理的に重いもの」もしくは「一度買ったことがあって価値がわかっているもの」でした。「新たなモノとの出会いはリアルで」という感覚は、そうそう変わらないという結果が見えてきています。
太田:確かに、メーカーや生産者側はネットでものを売ろうとするとき、ECサイトでの販売をイメージすると思いますが、実際にはいきなりECサイトで販売してもなかなか売れませんよね。買う側からしたら、WEB上に写真だけがあっても「違いがわからない」からです。「違い」や「ストーリー」を伝えるには、やはりリアルだと思います。
今まではそうしたリアルな「場」をスーパーや百貨店が作ってくれていましたが、それには大きなコストがかかります。移動販売であれば自ら出向いて、さまざまな場所でリアルな接点を持ち、ファンを作ってからオンラインに繋げていくといったことが、低コストで実現できます。
北井:「DtoC=EC」と言われがちですが、やはりリアルな体験とセットでないと限界がありますよね。物を買う体験、人との繋がりなどにおけるリアルの大切さは、コロナ禍で多くの人が痛感したものだと思います。
太田:ネットやオンラインはもちろんいいものなので、デジタルにすべきものとそうでないものに分けた方がいいでしょうね。最初はリアルで、そこからECへ持って行く形がいいのではないかと。
ニーズにあわせて「店が来る」時代へ
北井:今、事業運営の中でボトルネックに感じていることはありますか?
太田:大きな課題のひとつが「業界の構造を変える」ということです。現状では、「移動販売事業者が出店料を払う」というのが業界の当たり前ですが、企業や自治体など出店場所を提供している側が、その場所の活性化を目的に移動販売事業者にオファーしているわけなので、オファーする側がお金を払うということも考えられます。移動販売事業者が出店料を支払っているという構造自体を変えていく必要があるのではないかと。
「店を呼べる」「移動して持っていける」=「支払う価値のあるもの」という認識に変えていきたいですね。目下挑戦している課題です。
北井:ニーズに合わせてお店がきてくれるというのは、ユーザーにとっては価値の高いことですよね。「ハレ」と「ケ」における「ケ」のものは浸透するまでに時間がかかりますが、いずれ定着して当たり前になっていくのだと思います。
太田:今後、移動販売の需要と「必要だから、店が来る」という世界はますます広がると思っています。例えば、地方のお店がないエリアや、買い物に行くのが難しい高齢者が多いエリアなど。キッチンカーだけでなく、小売店や検診カーなど移動販売のバリエーションも増やして「欲しい店」を選べるようにしたいとも考えています。
大阪駅すぐのうめきたで開催された「おおさかもんマルシェ2022」
北井:ファンマーケティングをどうしていくか、ユーザーとどう繋がるかといったマーケティングにおける「リアルでの接点」は重要なポイントで、多くのメーカーが課題に感じているところです。食品メーカーが移動販売に参入する、リアルマーケティングの観点でイベントを利用するといった活用法もありそうですね。
太田:それは良いですね。今後の展望としては、まずはこのプラットフォームを完成させること。現在は東名阪が中心で、出店場所がまだ足りないので増やしていきたいと考えています。開発は当社の強みでもあるので、充実したデータベースを活用することで、出店場所、移動販売事業者、エンドユーザーの満足度をより高めていきたいです。
この記事が気に入ったらフォロー
ニュースレター登録で最新情報をお届けします!
著者情報

- FoodClip
- 「食マーケティングの解像度をあげる」をコンセプトに、市場の動向やトレンドを発信する専門メディア。
月2-5回配信されるニュースレターにぜひご登録ください。
登録はこちら>>> https://foodclip.cookpad.com/newsletter/
twitter : https://twitter.com/foodclip