
企業・業界動向
チームで挑む変わる外食の価値 “料理長”の思考法に迫る
コロナ禍を経て、円安、物価高騰と世界規模の変化は立て続けに起こり、食マーケットは今までにないスピードで変化しています。この連載では「チャレンジ」をテーマに、食関連企業の経営層が変化をどう捉え事業を牽引していこうとしているのか、その思考をたどります。今回は、明治記念館の懐石料亭「花がすみ」料理長 杉山浩一氏と広報の井上香織氏に、新しいチャレンジを生む厨房のチームビルディングや、苦境を逆手にとる思考法についてお話をうかがいました。
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明治記念館
懐石料亭 花がすみ 料理長
杉山 浩一 氏

明治記念館
広報
井上 香織 氏

クックパッド株式会社
マーケティングソリューション事業部
事業本部長
北井 朋恵
懐石料亭でアフタヌーンティーという新たなチャレンジ
杉山氏(以下、杉山):夜の会食は減り、一方ランチのお客さまが増えて、ランチとしては少し価格が高くても選んでくださるようになったという印象があります。一食にかける期待値が高まっているとも感じますね。
そんな中、花がすみではアフタヌーンティーを新しく始めましたが、とてもいい反応をいただいています。
懐石料亭の個室で楽しめる「春のアフタヌーンティー」
井上氏(以下、井上):アフタヌーンティーは甘いものだけだと間延びしてしまうので、やはり塩気でアクセントが欲しくなります。選ぶ側にとって、セイボリー(塩気のある食べ物)の充実感はとても重要で、そのバランスをうまく考えていますよね。
北井:懐石料亭ならではのセイボリーが楽しめるのですね。一方、懐石料理の職人である料理長がスイーツメニューを開発するというのは、新しいチャレンジですよね。
例えばランチメニューのコンテンツを広げるという手もあると思いますが、アフタヌーンティーという新しい切り口に目をつけられた。世の中のニーズを軸に、料理の枠を超えていく姿に驚きましたし、ただただ素晴らしいなと。
井上:確かに、昔気質の頑固一徹で「包丁しか握らない」という料理人であれば、アフタヌーンティーという思考には至らないと思います。テイクアウトのお弁当もそうかもしれません。こだわりの海苔弁は3300円と、海苔弁にしては高額ですが、会議の後のお食事などにご利用いただいていて、毎日予約が入っています。
こだわりの海苔弁「海の幸」。「里の幸」もあり2種類から選べる
杉山:アフタヌーンティーを始めたのは、コロナ禍の影響で料亭の個室があいている状態が続いて、「ここを埋めたい」という考えからでした。周りを気にせずゆっくり過ごせる料亭の個室は、まさにアフタヌーンティーの過ごし方にぴったりですよね。
アフタヌーンティーもお弁当も、コロナ禍がなければやることはなかったのかなと。新型コロナの影響は厳しいものでしたが、見方を変えれば、新しい収益となるコンテンツが見つかったとも捉えています。
北井:花がすみのお料理は、味わいはもちろんのこと「記憶に残る」ひと工夫をされている印象があります。自分で紐を解いて箱を空けるアフタヌーンティーや、食べる直前に塩の結晶をかける最中など、自分で完成させる「ひと手間」が加わると記憶に残りますよね。
1日5箱限定の最中。求肥に粒餡と少量のマスカルポーネチーズが包まれ、塩の結晶をかけて完成する
杉山:何かひとつ作業をしてもらうことで、お客さまが感じる味が変わるような気がしています。お客さまから厨房は見えないので、どうしてもライブ感に欠けます。その分、動きのある料理を出したいと思っていて、いろいろと工夫しています。
井上:お客さま自身が料理に少し関わることで、厨房の温度感は伝わると思っています。それが「忘れられない味」「ここにしかない味」に繋がって、もう一度食べたいと思っていただけるのではないかと。
「楽しい」が若者の原動力に、なんでもやらせてみる
北井:斬新なアイデアを感じるお料理やスイーツばかりですが、普段はどのようにメニュー開発をされているのですか?
杉山:料理長になって約15年になりますが、初めは本当に難しくて。だんだんと経験を重ねて「相性」というものがわかってきて、順番に組み立てているといった感じですね。
相性というのは味わいもそうですが、見た目も大きな要素です。例えば春のアフタヌーンティーを考える際、ピンク色で何か作れないか、バランスとしてどこにピンク色があるといいのか、同じピンクでも透明感のあるものかないものかなど、相性を見ながら組み立てていきます。
基本的にはトライ&エラー。何度も失敗を繰り返しています。料理長に着任した当初は、スタッフとの連携にも苦労して、意思疎通がなかなかうまくいきませんでした。それが今は「こんな風にやりたい」と大枠のイメージを伝えると、意図をしっかり汲み取って形にしてくれるようになっています。私の失敗を何度も見ているからなのか、うちのスタッフはとても優秀です。
北井:料理長に着任されてからの15年、何がどのように変わって、今のような満足のいくチームになっていったのですか?
杉山:若手のスタッフが仕事を「楽しい」と感じていることが一番だと思いますね。私の着任前は、上が決めたものをただ作るといった状況でした。先輩から「魚に塩をあてるように」と言われても、何のために塩をあてて、どんな料理が完成するのか、自分が何を作っているのかもわからないといったような状況です。
やはり何事も楽しくないと続きません。塩をあてることひとつをとっても、それがその後にどう料理されていくのか、塩がどう活きてくるのかがわかっていることは大切です。自分の料理が形になって、お客さまの前に並ぶ喜びを実感していくうちに、楽しさを見出せるようになっていくのだと思います。
井上:作り手の楽しさ、チームのハッピーな雰囲気、厨房の空気感というものは、必ず料理に表れます。日々見ていて、料理長はチームビルディングがとても上手だなと感じています。
立場や年齢に関わらず「いいものはいい」と伝える
北井:料理の世界は、これまでのやり方を継承するのが当たり前といったような、非常に厳格なイメージがあります。そのやり方を変えるというのは、大きなイノベーションだったのではないかと。きっかけは何だったのでしょうか?
杉山:自分自身がラクになりたかった、というのが正直な気持ちです。当初は1から10まで自分がやっていたのですが、やはり疲れてしまって…。自分がいなくてもできるように、若い世代を育てたかったというのが最初の動機ですね。
また、自分だけの料理ではつまらなくなる、という考えもありました。私一人の味覚や感覚でコースを作っても遊びや変化、新たな発見がなくなって、私自身はもちろん、お客さまにとってもおもしろくない。だからこそ、若手含むスタッフに自由にやってもらいたいと思いました。
今では繁忙期に、若い料理人が他の厨房から休日返上で手伝いに来てくれることもあります。その原動力には、いろいろな料理に触れて、普段できない作業に関われて「楽しい」ということがありそうです。
北井:料理を作りたくてこの世界に入ったのに、ずっと洗い物ばかりで包丁を握らせてもらえないといった話を聞くこともあります。主体性を導き出すのはとても大事ですよね。
井上:厨房の中ではカリスマ的な存在である料理長が、自分たちの作ったものを「おいしいよ!これいいじゃない」と言ってくれたら、大きな自信になります。上の立場になればなるほど、そうした素直な気持ちを出せなくなる人が多いのですが、料理長はちゃんと伝えていますね。
杉山:年齢や立場は関係なく「いいものはいい」と言ったほうがいい。本当にすごいと思っているので、そこは素直に伝えるようにしています。もっと頑張ってほしいから伝えるのではなく、純粋にいい仕事を褒めているだけですよ。
井上:料理長が気さくでアットホームな雰囲気を作ってくれているから、毎朝起きると「行きたい」という職場になっているのでしょうね。実際、スタッフはいつも楽しそうに仕事していますし、自ら積極的に動いて手際よくやっています。
杉山:僕が花がすみの料理長になったのは36歳の時でした。かたや周りで料理長と呼ばれている人は50歳を過ぎている方が多く、何をやっても「若いから」と言われてしまっていました。それが悔しくてどうにか見返したいと思い、自分にもスタッフにも厳しく働いていたのですが、厨房の全員が疲弊してしまったんです。そのうち、「自分が言われる分にはいいけれど、彼らを犠牲にするのはかわいそうだ」と思うようになって、自然と自分が変わっていきました。
北井:悔しさから卑屈になってしまうこともある中で、杉山料理長はとてもいい方向に転換されたのですね。
杉山:気づいたのは40歳を過ぎた頃で、多少時間はかかりましたけどね。働きが一定認められるようになり、自分に少し余裕ができたことで、周りを冷静に見られるようになったのだと思います。
コロナ禍で再認識した外食の価値
北井:これから新しくチャレンジしていきたいことはありますか?
杉山:コロナ禍以降、ただ食事をするのではなく「ここに行こう」と選んできてくださっているお客さまが多いように感じています。料理は店とお客さまの信頼関係が大切だと思うんです。その値段を出す価値があると信用して、任せていただいている。だからこそ「ここに来てよかった、選んでよかった」と思っていただけるものでなくてはいけません。ですから、しっかりした料理と店を作っていこうと、スタッフみんなで話しています。
北井:外食する意味と価値が、以前とは変わってきていますよね。回数が少なくなったからこそ、安心感、信頼感があるところに行きたいというニーズ、何を誰と食べるかの重要度は、以前より増しているように思います。
杉山:そうですね。満足のいくものをご提供していきたいと思っています。また、個人的には、茨城県出身なので、いずれ全て茨城県産のもので何かを作りたいという思いがあります。生産者の方に直接会って話を聞いていく中で、地元に貢献したいという気持ちが強くなってきました。
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- FoodClip
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