
企業・業界動向
「すしテロ」よりも注目すべき、外食チェーンの“本気の改革”
「安くて早くてうまい」日本の外食チェーン文化は、機械化・自動化などを用いた地道な企業努力で実現してきたものだ。昨今の、顧客による迷惑行為はこれらを根底から揺るがしかねない。この記事では、外食チェーンの努力を紹介することで、飲食業界を応援する。
※この記事は ITmediaビジネスオンライン([新田龍]/2023年3月10日掲載)からの転載記事です。
2023年に入って以降、外食チェーン各店における迷惑行為動画の炎上騒動が相次いでいる。
ちょうど10年前にも、「バイトテロ」「バカッター」などと呼ばれる迷惑行為の炎上騒動が日本中を騒がせたことがあったが、当時の動画・画像投稿者はおもに飲食店やコンビニの店員やアルバイトスタッフであった。
一方、今回の一連の騒動における投稿者は、主に利用客として店を訪れ、迷惑行為をするところが相違点だ。
回転寿司店での迷惑行為を皮切りに、さまざまな炎上騒動が起きている(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)
おそらく、そのような迷惑客は以前から一定割合で存在していたに違いないが、スマホや動画共有サービスが発達したことで、迷惑行為が一種の「おもしろコンテンツ」として多数濫造されるようになった。その結果、多くの人目にも触れやすくなったという時代背景の変化があるものと考えられる。
多くの人目に触れるほど、迷惑行為は問題視されやすく、必然的に炎上しやすくなる。昨今はそういった可燃性の高いコンテンツを積極的に拡散し、閲覧数を増やすことで、自らのサイトや動画アカウントの広告収益を得ようとする者も多く存在する。そのため、一度注目を浴びれば拡散は幾何級数的に増加することになる。そうやってネット上で話題になれば、マスメディアもすぐに後追い報道をおこない、炎上はさらに加速するという構造だ。
「安くて早くてうまい」外食を守るには
外食チェーン各社は、従前の労働集約型の産業構造から地道な努力で改善を継続し、機械化、自働化によって効率化を実現させてきた。結果として、これまではいわば「ハレの日」の特別な食事だった寿司や焼肉といった本来高価な料理が、気軽に食べられる料金水準へと進化していったのだ。
しかし今般の一連の迷惑行為により、外食各社は追加の清掃や衛生・監視対策など、本来不要であったコスト負担を強いられる形となった。わが国の「安くて早くてうまい」外食サービスが成り立つのも、迷惑客など存在しない、性善説を前提としていたわけであるから、現状のままの価格帯ではもはや産業として成り立たないであろう。
私たちが当たり前のように享受してきた、リーズナブルでハイクオリティーな外食サービスは、決して当たり前ではなく、各社の不断の努力によって維持されているものだ。
よって本稿では、産業構造を崩壊させかねない炎上騒動を無意味に後追いするのではなく、厳しい収益構造においても工夫を凝らし、効率化や生産性向上を成し遂げている飲食各社を顕彰する報道をもって、わが国の誇るべき飲食業界を応援したい所存である。
「100人入ったら100人辞める」をどう脱却? 「すし銚子丸」の働き方改革
関東1都3県で92店舗(22年5月時点)の回転寿司店を展開する「すし銚子丸」は、1977年創業の老舗企業で、東証スタンダードに上場している。以前は年中無休営業という事情もあり、従業員は休みをとれず長時間労働も常態化しており、「100人入ったら100人辞める」といわれるほど離職率も高い状況で、労基署から指導を受けたこともあった。
あまりに多くの従業員が辞めていく状況に危機感を抱いた現・常務取締役の堀地元氏は、労基署の担当者に相談。退職者にも会社の課題をヒアリングし、必要と思われる施策を全て実行すると宣言した。
2017年には堀地氏が主導して「働き方改革本部」を設置し、店舗の営業時間短縮、繁忙期の営業形態変更、繁忙期開けの店舗休業日導入などを次々と決定。店舗の長時間労働を是正していった。
働き方改革を進める「すし銚子丸」(画像は公式Webサイトより)
全店舗のうち半分ほどを休業させることで、1日あたり約1500万円の減収となってしまう。「それでも店を閉めるから、皆休むように」と繰り返しメッセージを出していくうちに、店舗側でも「本部は環境改善に本気だ」と気付き、徐々に現場と本部の意識の差が縮まっていったという。
結果として、従業員の離職率は改革前の16年5月期に12.6%だったところ、20年5月期には7.5%と、1桁台にまで減少することとなった。
その後は、依然として長時間労働が残っていた本部の改革にも着手。折しもコロナ禍という背景もあり、社内研修や会議、勉強会のオンライン化を推進していった。結果として会議や研修のために人が集まることで要していたコストを年間で約360万円(売り上げ換算で1億1800万円程度)も削減できたほか、オンラインで魚のさばき方を研修するなど教育面での生産性も向上した。
また同社では「日本全国の港から直接魚を仕入れる」ことを創業以来のこだわりとしていたが、この魚の買い付けについてもオンライン化を実現。漁港で上がったばかりの魚をオンライン映像で詳細に確認し、その場で金額交渉をして、従来にないスピード感で新鮮な食材を入手できるように。これにより、従来は港まで往復6時間をかけて実施していた現地買付が瞬時にできるようになり、育児・介護中の従業員でも買付担当として中枢で活躍できるようになった。
その結果、コロナ禍中の21年5月期第2四半期は前年同期比で39.5%の増益、営業利益率でも前年同期比2.2%の向上という成果を得られたのである。
「ワタミ」が進める、配膳ロボットとAIによる売上予測、発注自働化
「ミライザカ」「鳥メロ」など、国内外で400店を超える飲食店を運営する外食大手「ワタミ」も、コロナ禍を機械化とシステム化で乗り切ろうとしている。
同社は14年から労働環境改善に着手し、深夜営業の削減、不採算店舗の閉鎖と従業員の再配置、勤務間インターバル制度導入、会議効率化、賃金ベースアップ実現などを矢継ぎ早に実施。取り組みを地道に継続した結果、従業員の年間離職率(4月1日~翌年3月末日までの常用雇用者数の離職率)は16年3月末が21.6%であったところ、19年3月末は8.9%へと低下するまでに至っている。
多くの外食ブランドを運営する「ワタミ」の改革とは(画像は公式Webサイトより)
コロナ禍で居酒屋業態の売り上げが全国的に落ち込んでいた中、同社はメインブランドである居酒屋「和民」全店を順次「焼肉の和民」に切り替えるという大規模な業態転換を実施。今後はフランチャイズ展開も含め、5年で200店舗の出店を目指しているところだ。
同店は最初から「非接触型飲食店」として、料理配膳ロボットを導入し、配膳や下げ膳を自動化。肉や料理は回転寿司店でも見かける「特急レーン」に乗せて運ぶことで、従業員との接触率を減らしている。
ロボット導入店では、1台あたりアルバイトスタッフ換算で月100時間分程度、人件費として約10万円分の働きを賄えており、1店舗あたり月間人件費換算で約5%程度の生産性向上につながっている。
実際、とある導入店舗では従前ホールスタッフ10人で運営していたが、ロボットと特急レーン導入後は同規模の業務を5人で賄えているという。業態転換後の売り上げでみても、昨年対比で約150%の増収を実現できている。
また、AIを用いた売上予測、発注の自動化システムの導入も着手している。
AIが過去売上データを基に売上予測をして、それを基にそれぞれの営業日に何人のスタッフ必要かを算出、アルバイトスタッフのシフト表まで自動作成ができるというものだ。従前は店長が手計算し、1週間あたり2~3時間を要していた作業が自動化したことで、店長は確認と承認作業をおこなうだけとなり、今後はわずか10分程度で済むようになる公算だ。しかも、店長が経験値から2週間前に予測をした場合と、AIが前日に予測した数字で比較すると、平均して7%、AIのほうの的中率が高いという。
さらに、従前は自店舗が掲載登録しているグルメサイトごとに個別に電話とFAX、メールで受付と席数管理が必要であった予約システムも、全て一元集約のうえで自動化を実現。店長の勤務時間のうち大きな割合を占めていた、スケジュール、発注、予約対応のための管理工数を減らせたことで、営業と接客に集中できる効果が出ている。
さまざまな取り組みの結果、コロナ禍で大打撃を受けていたワタミの全社業績も、本年度は黒字を確保できる見通しだ。
人手不足の中、生き残るための企業努力
人手不足の中、生き残るための企業努力が目立つ外食業界(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)
帝国データバンクが23年1月、全国1万社超に対して実施した「人手不足に対する企業の動向調査」によると、「正社員の人手が足りない」と回答した飲食店は60%超。アルバイトなど「非正規社員の人手が足りない」との回答はなんと80%を超え、コロナ禍前のインバウンド需要が活況だった19年以前と比べても過去最高に人手が不足している状況だ。
アルバイトなど「非正規社員の人手が足りない」飲食店は80.4%(画像は帝国データバンクのリリースより)
コロナ禍中の行動自粛要請や相次ぐ時短営業で離れてしまった働き手が戻ってこないという声も多く聞かれる中、今回採り上げた企業以外にも、各社でオンライン化、機械化、自動化などによって効率化を進め、働きやすさと売り上げ確保の両立に試行錯誤を続けている。その企業努力は他業界の企業にも参考になるだろう。
顧客の迷惑行為など逆風が続くが、わが国が内外に誇る素晴らしい外食文化を絶やさないようにしていきたい。
元記事はこちら
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- ITmedia ビジネスオンライン
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