キシリクリスタルの“ファン味”開発からみるファンマーケティング成功のコツ

キシリクリスタルの“ファン味”開発からみるファンマーケティング成功のコツ

1928年創業のお菓子メーカー、春日井製菓がいま、看板商品のひとつであるキシリクリスタルを愛するファンによる「ファン味開発部」を立ち上げて、“ファン味”の新商品を開発中だといいます。ファンマーケティング施策としても魅力を感じる本プロジェクトについて、その狙いや効果をうかがいました。

発売から20年以上「キシリクリスタル」進化のとき

キシリクリスタルといえば、上下にキャンディ、真ん中にひんやりとしたキシリトールを挟んだ3層構造のキャンディ。1998年に世界初のキシリトールの結晶化に成功し、2001年にキシリクリスタルが発売されました。

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発売当初は売上が伸び悩んだものの、「キシリクリスタル ミルクミントのど飴」が登場すると、濃厚なミルクとひんやりミントのこれまでにない組み合わせが爆発的ヒットとなり、キャンディ市場売上No.1の商品へと駆け上がりました。

しかし近年、売上は低下傾向にあり、新たなチャレンジが求められています。そこでスタートしたのが、創業から94年史上初の試みとなる“ファン味”の開発。ロングセラー商品のチャレンジとしてなぜファンとの共同開発を考え、どう進めているのか、プロジェクトメンバーの西村氏、矢野氏、田内氏にうかがいました。

商品への自信とファンの存在の再認識からスタート

――“ファン味”開発プロジェクトはどのような経緯で始まったのですか?

西村氏(以下、西村):2021年から2022年にかけて、キシリクリスタルの魅力を再発掘する企画として、お笑いコンビ・スピードワゴンの小沢一敬さんが委員長を務める「キシリクリスタルこのままで委員会⁉」発足し、活動していました。

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その中で小沢さんに「ファンに支えられてこんなに長く愛されて、おいしい商品なんだから自信持ちなよ」と言ってもらって。売上が伸びない中で社内でも「キシリクリスタルって最近は……」とネガティブな雰囲気もあって、社員が自信を失ってしまっていたんですけど、この言葉にハッとしました。お客さまに支えられているんだと改めて感じて、自信がでてきたんです。

矢野氏(以下、矢野):長くお客さまに支えていただいている商品だからこそ、ファンの人たちにどんなキシリクリスタルを食べたいか聞いてみたい、というのが“ファン味”開発プロジェクトの始まりです。ファンの人たちに「また食べたいな」「魅力的だな」と思ってもらえるものを作りたいと思ったんです。

田内氏(以下、田内):昔はよく食べていたけど、いまは離れてしまったというお客さまもいると思うので、「キシリクリスタルが何か面白いことをしている」と改めて注目してもらうきっかけにもなればと思っています。

――ファンに食べたい味を聞いてみるというのは、ロングセラー商品ならではですね。どんな味がでてくるかリスキーな部分もあるように思えますが。

田内:実は「キシリクリスタルこのままで委員会⁉」でも、小沢さんの好物から、カレー味とみかん味のキシリクリスタルを試作したんです。「カレー味なんて絶対おいしくならない」と思っていたのですが、作ってみると意外といける味で、挑戦してみないとわからないことを実感しました。

普通に考えようとすると「フルーツならこれが人気だから…」など、誰もが好きなものを意識して、考える範囲を狭めてしまいがちですが、個人に向けて作るとなればもっと自由に発想できます。

矢野:キシリクリスタルは発売当初「ミルク」と「ミント」という、意外な組み合わせがヒットした商品なので、意外な味というのは原点だなと。“ファン味”はキシリクリスタルらしいチャレンジですね。

“ファン味”開発のための組織づくり

――ファン味開発部には“CFO”が3名いるそうですね。

西村:当社としても初めてのプロジェクトなのでまずは何か話題性が必要だと思い、CFOを3人選出することにしました。といっても、「CFO(最高財務責任者)」ではなく、「CFO(最高“ファン”責任者)」です。キシリクリスタルの3層構造にちなんで3人にしました。

ファン味開発部は社長直下の部署で、CFO3人、18人の開発サポーター、社員のサポートメンバーという組織体制です。

CFOにはそれぞれ、新商品の「味開発」「パッケージデザイン」「販売促進」に伴う活動のリーダーを担当してもらい、報酬は1名につき33万円を支給することにしました。

――個性あふれる面々がCFOに選出されていますが、どのように募集したのでしょうか。

矢野:プレスリリースや自社のSNSで募集したところ、3名の募集に対して10数名からの応募がありました。味開発のリーダーには人気カフェのプロデュースやメニュー開発に携わるプロバリスタの丹下勇太朗さん、パッケージ開発のリーダーにはプロボクサーとスイーツ店の経営という異色の二刀流・藤原茜さん、販売促進のリーダーには年間1,000以上のスイーツを食べるフリーアナウンサーの木村彩乃さんに決まりました。

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矢野:本当に熱量の高い皆さんで、キシリクリスタルへの愛も強くて、一緒に活動する中で商品をもっと良くするための意見交換をできたことは、社員にとって大きなプラスになりました。ファン味開発部の活動を社員が仕切るのではなく、CFOの3人が18人の開発サポーターの先頭に立って進めてくれたことも、議論が活性化するポイントだったと思います。

――新商品のコンセプトはCFOが中心になって進めたのですか?

西村:CFO一人ひとりに社員がついて、サポートしながら進めました。まだ詳しい味についてはお伝えすることはできないのですが、味のコンセプトは「恋」と「元気」です。

――味なのに「恋」と「元気」ですか…?

西村:CFOが集まって方向性を決める中で、やはり今までにないものを作りたいということで数々のアイデアがあがったのですが、その中で「何味とは書かれていない、情緒的に気持ちに寄り添った味ができないか」というコンセプトがでてきたんです。社員からするとなかなか発想できないものだったので、新しさや面白さを感じました。

それからはコンセプトを基にとにかく試作をして、同時にパッケージや販促施策も詰めていきました。CFOたちは社員が圧倒されるような集中力で取り組んでくださって、とても刺激になりました。

――18人の開発サポーターはどのように参加していたのでしょうか。

西村:試作品をご自宅に送って味の意見をもらったり、パッケージデザインの決定に関わってもらいました。全3回のオンライン会議を行っています。

――オンライン会議だと参加者のモチベーションに差がでたりはしませんか?

矢野:正直なところ、最初はどんな人が参加してくれるか不安もあったのですが、キシリクリスタルを20年以上食べていますという人もいたりして、熱い思いを持つメンバーが集まってくれました。

ファン味開発部メンバー限定のオリジナル柄のバンダナをプレゼントして、オンライン会議の際には見えるところにつけるというルールにしました。これも会議へのモチベーションアップや、チームの結束力を高める効果があったと思います。

――確かに、メンバー限定のアイテムを身に着けると、チームとしての実感が高まりそうですね。

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社員の役割と開発スピードがポイント

――ファン味開発部の楽しそうな雰囲気が伝わってきます。一方で、苦労した部分はありますか?

西村:会社としても初めての試みなので、探り探り進めていくしかなく、その点は苦労しましたね。特にCFOや開発サポーターの皆さんとのコミュニケーションには気を付けています。メールはすべて私のところに届くようになっていたので、ご意見に一つひとつ返信するのですが、もちろん失礼のないようにしなくてはいけないですし、かといって壁がありすぎてもチームビルディングはうまくいきません。社員としての距離感の保ち方には気を使いました。

矢野:開発スケジュールについても、通常より短い期間で進行しているのでなかなか大変です。「ファン味を作ります!」と宣言してから発売までに時間がかかれば、せっかくの話題性も失われてしまいますよね。一緒に開発するファンの皆さんのモチベーションを保つことも難しくなります。なるべく早く発売できるように、2023年度中の発売を目指して進めています。

――3月3日には新商品発表&試食会のファンイベントを開催したのですよね。

西村:新商品発表&試食会のイベント当日を無事に迎えられたときにはホッとしました。ファン味開発部のメンバー以外にもファンの方々が参加してくださり、試作品を試食してもらったのですが、これまで進めてきたプロジェクトで形になったものにリアルな反応をいただけたときは特別に嬉しかったです。

矢野:ファンの皆さんが温かく迎えてくださって、色々なご意見いただいたり、喜んでいる姿を見られたときは「やってよかった!」と感じましたね。キシリクリスタルに愛と期待感をもってくださるお客さまがいることをより実感できました。

田内:イベントに参加してくれた人が“ファン味”開発プロジェクトのことを面白い経験だと感じて、周りの人にも伝えてくれたら嬉しいですね。参加者に限らず、試作の様子やパッケージデザインの打合せの様子など、進捗状況をSNSでリアルタイムに発信していまして、ファンと一緒に進んでいることを広く共有してきました。これまでキシリクリスタルを食べたことがない人にも、「何か面白いことをやっているぞ」と興味をもってもらえたら嬉しいです。

CFOからは「これから新しくファンになってくれる人たちについてもしっかり定義したい」という意見をもらって、今回の新商品では、若い世代に届けることにもチャレンジしています。パッケージについても10代・20代を意識したものになっているので楽しみにしていてください。

ファンとの商品開発で得られたものは

――新商品発表&試食会のイベントでひと区切りがついて、ファン味開発部は今後どうなるのでしょうか?

西村:もともとCFOの3人は3月3日に契約終了で、ファン味開発部は解散の予定だったのですが、「最後までやりきりたい」という熱い申し出をいただいて、商品化に向けてこれからも一緒に進めていくことになりました。良い商品を生み出すことへの熱量が高くて、CFO3人の団結力やリーダーシップには感服します。3人ともプライベートで集まるほど仲が良くて、ファン味開発部は素晴らしいチームになりました。

矢野:社風としても、お菓子を通してお客さまの喜ぶ笑顔をたくさん作っていきたいということが1番なので、今回のプロジェクトでファンの1人1人とコミュニケーションをとりながら、新商品を食べた人の喜ぶ顔をリアルに想像して開発を進められたのは、本当に価値のあることでした。

田内:これまで春日井製菓では、直接ファンの皆さんとやりとりするようなファンマーケティングにはチャレンジしたことがなかったので、探り探りの進行でしたが、結果的には手作り感のあるアットホームな感じが良かったように思います。ファンの皆さんと一緒に盛り上げていけるプロジェクトに育っていきました。社員にとっても、貴重な経験と自信に繋がっています。これからもいろいろなマーケティングにチャレンジしていきたいと思っています。



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