新しい食の価値観をつくる「ZENB」ブランドのD2C戦略

新しい食の価値観をつくる「ZENB」ブランドのD2C戦略

コロナ禍を経て、円安、物価高騰と世界規模の変化は立て続けに起こり、食マーケットは今までにないスピードで変化しています。この連載では「チャレンジ」をテーマに、食関連企業の経営層が変化をどう捉え事業を牽引していこうとしているのか、その思考をたどります。今回は、ミツカングループがD2Cブランドで目指す新しい食の価値観づくりについて、株式会社ZENB JAPANの代表取締役社長 濱名誠久氏に、お話をうかがいました。
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株式会社 ZENB JAPAN
代表取締役社長
濱名 誠久氏

クックパッド株式会社
マーケティングソリューション事業部
事業本部長
北井 朋恵

■お話のポイント(クックパッド株式会社・北井朋恵より)
まだ世の中にない商品を0→1で開発する際に大切なことは、以下の3つであると感じました。
①提供する商品の価値観を明確に言語化し、PDCAのPに多くの時間を割くのではなく、OODAループでトライアンドエラーを恐れず繰り返し改善スピードを最速化すること
②外部の知見を惜しみなく取り入れていくこと
③実現したい世界観が協働者全員の大義となってシナジーを生んでいくこと

そして消費者にもその想いが伝わることで、ファンは増えていくのだと確信が持てるお話でした。

ゼロからの出発で食のサステナビリティに挑む

北井:「ZENB(ゼンブ)」がローンチされてから約4年。これまで認知がほとんどなかった豆ヌードルを、一躍ヒット商品に押し上げました。そもそもなぜ、豆を使った新しい事業を立ち上げたのでしょうか?

濱名氏(以下、濱名):ミツカンの原点は、江戸時代に当時は使わずに捨てられていた酒粕からお酢を作ったことにあるのですが、この発想こそがわれわれのものづくりの基本姿勢であり、誇りでもあるんです。こうしたDNAを、どうすれば次世代へつなぐことができるのか。試行錯誤する過程で生まれたのが、「ZENB」です。

まず大事にしたのは、毎日の食生活にすっとなじむ商品であること。そして、食べれば食べるだけ、中長期的に体にも環境にもいい商品であること。この2つのコンセプトを突き詰めて、米や小麦と同じように食べられる新しい主食として、豆を使った麺を開発することにしました。

豆はたんぱく質もあるし、薄皮まで使えば食物繊維も非常に多い。しかも土壌を傷めにくいので、環境への負荷も少ないんです。ミツカンでは納豆を扱っていることから、そこで得た豆の知見が活用できたことも大きいですね。

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北井:ZENBを立ち上げた4年前といえば、まだサステナビリティやプラントベースといった発想が日本には定着する前ですよね。市場に出回っていない商品をゼロからつくるのは、相当なご苦労があったのではないでしょうか?

濱名:はい、本当に大変でした。麺にはできても、ぷちぷち切れる、ぼそぼそする、粉っぽさが残る、麺特有の歯ごたえが出ないなど、なかなか納得いく仕上がりにたどり着けず……。毎週試食会をしては、フィードバックしての繰り返しでした。とにかく全くゼロからの出発でしたから、開発にはトータル3年ほどかかりました。

「価値観ファースト」で社外と社内をつなぐ

北井:タイムリーに商品を開発し、世に出していく御社の従来型ビジネスモデルと比べると、3年というのはかなり時間をかけた印象ですが、どのようにしてゼロベースの商品構築の突破口を探し当てたのですか?

濱名:2つありまして、1つはもちろん技術者の研究力なのですが、その力を引き出してくれたのは、イタリアンのシェフやそば打ち職人といった、外部パートナーからの助言です。参画するにあたり、「今までにない新しい食べ物を作る」というわれわれの理念をしっかり理解していただき、その価値観を共有する「価値観ファースト」でつながれたことで、麺作りのアドバイスだけでなく、厳しい意見も率直に伝えてもらいました。

素材本来の味や風味を表に引き出すには、技術力が必要です。後から添加物を足して味を調整するのは簡単ですが、そこはあえてしませんでした。技術開発にとって、意識的にハードルを高く設定することは非常に大切です。なぜなら、そこを乗り越えることで、唯一無二の物語が生まれ、そこにしかない価値が生まれるから。ビジネス的にも、高度な技術を要する物づくりは真似されないし、参入障壁にもなり、大きなアドバンテージになるんです。

北井:「ハードルを高くしたからこそ生まれる唯一無二の物語」いい言葉ですね。会社として、そこまで競争優位性の高い研究開発をさせてくれる中長期視点、そして外部パートナーが後押ししてくれるというのは心強いなと感じます。ただ「ZENB」は開発に時間がかかるという観点から資金調達という意味では大変な面もあったのではないですか?

濱名:そうなんです。私も数字だけを追うならすぐにでも発売したい。でも、新しいものを提供する時ほど、お客さまに最初においしいと感じてもらえないと離れていってしまいます。安心・安全はもとより、おいしさの面でも自信が持てる商品にたどり着くため、発売を休止したこともありました。

技術者というのは、ともするとマーケティング部門から言われたものを実現する、という図式になりがちです。ただ、本当にゲームチェンジする時には、技術者もマーケティングも社長も関係なく、みんなでお客さまに向き合い、われわれの価値観を発信し続けることが必要。まさに、社内も社外も「価値観ファースト」でつながることが大切なんです。

北井:未来を見据えカスタマーのインサイト(価値観)に入り込んだ究極の商品開発は模倣が難しい……。見習いたい観点です。

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2020年9月に発売した「ZENB NOODLE(ゼンブヌードル)」

「未来の価値」を買ってもらうためのD2C

北井:D2Cでサブスクという、新しい販売方法を採用したのも驚きました。その狙いについても教えてください。

濱名:D2Cについては、明確な狙いがありました。最初から「ZENBイニシアチブ(取り組みや構想)」を大事にしていて、「ZENB」は食の価値を伝える活動である、という発想のもとでブランドをスタートさせました。

豆ヌードルという新しい食の価値をお客さまに理解してもらうには、お客さまと対話をしながら共に新たな価値をつくっていく場が不可欠。そこで、対話ができてデータも取れる入り口として、D2Cを採用したんです。よりお客さまの解像度を高める意味でも、D2Cは非常に適していると考えています。

北井:直接お客さまとつながることで、新しい食の価値を一緒につくっていく。まさにファンマーケティングですね。D2Cという形を選択されたのはすごく自然な流れだと感じました。今でこそすごく知名度がありますが、最初の認知獲得はどのようにされたのでしょうか?

濱名:正直なところ、スタートしてしばらくはほとんどお客さまが来てくれませんでした。「ZENB」の価値観を伝えるために、最初の認知拡大にあえて広告は使わず、食べてもらって真意を伝えることに注力した結果でしたが、やはりつらかったですね。

ものづくりのコンセプト自体は最初から共感を得ていたのですが、今思えばコミュニケーションの仕方がついていっていなかったことが問題でした。マスマーケティング思考になってしまい、「お客さまにきちんと伝える」ということがわかってなかったのだと思います。

潮目が変わったのは、主食になる「ZENB NOODLE(ゼンブヌードル)」を発売した後。商品の分かりやすさもあって、「ZENB」に共感した方がSNSで発信をしてくれるようになり、認知度がぐんぐん上がっていきました。

北井:商品の真の価値を伝えるためにマス広告を使わなかったのは理解できますが、認知が思うように広がらない苦しさは心から共感できます。それを乗り越えられた背景をぜひ教えて下さい。

濱名:​初期は戦略的にわざとPRを使っていなかったのですが、その理由はコマーシャルに偏りすぎると真意が伝わらないと思ったからです。シェフやサプライヤー、委託先の工場ともビジョンの共有から入って交渉を進めていましたし、コミュニティもこちらがお金を払って依頼することはせず、まず「ZENB」を食べてもらい理念に共有してもらってから、仲間になってもらっていました。

やはり、しっかりとした価値があれば、理念の近い方同士がつながって、共感の循環が生まれていくんですよね。そこを感じられたからこそ、信念を貫けたのだと思います。最近はだいぶ広いお客さまにリーチできる段階に入ってきたので、イベントやポップアップなどコンタクトポイントを増やす施策も行っています。

北井:新しい食の価値や理念にそって、実現したいことから逃げずにトライし続けた数年を心から尊敬すると共に、心から応援したくなってしまいます。コミットしてくれる人が周りに多くいるからこそ、自然に発信されつながりが広がっていくんですね。

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2023年4月、和パスタの店「こなな」と「ZENB」が期間限定でコラボレーションし、提供しているパスタ(なくなり次第、販売終了予定)

ヘルシー食から脱却し、ブームから「当たり前にある食」に

北井:クックパッドの「食トレンド予測2023」でも「豆ヌードル」をご紹介させていただきましたが、実際に検索データをみると「豆ヌードル」ではなく、「ZENB」の商品名で検索される頻度が非常に高いんです。商品名で検索されることは珍しく、かなり注目度が高まっていると感じます。逆に、単なるヘルシーな食べ物で終わらないように、さらなる価値をお客さまに届け、当たり前にさせるのが次の課題ですね。

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「豆ヌードル」「ZENB」のクックパッドレシピ検索頻度の推移比較(2019年度〜2023年度)
※記事掲載時点の集計データです

▶︎食トレンド予測2023:https://static.cookpad.com/campaign/foodtrend2022/forecast2023/
▶︎【食トレンド予測2023】パスタの代わりにも◎健康と環境にやさしい「豆ヌードル」が旨すぎる:https://news.cookpad.com/articles/48539

濱名:ブームを当たり前に変える難しさはあります。前述したようにお客さまとの接点は増やしつつ、他社とのコラボを含め、もっといろいろなお客さまに、気軽に日常使いしてもらえるような商品計画も立案中です。

メニュー提案なども大事ですが、お客さまはメニューだけを見ているわけではないので、そこはやはりお客さまのライフスタイルそのものを変えるような、そんな商品を作りたいなと。食って本来自由なものですから、われわれの手で食の選択肢をどんどん増やしていきたいですね。

そして、今後も大切にしたいのはやはりウェルビーイングです。「やがて、いのちに変わるもの」というミツカンの企業理念にあるように、人の体は食べることでできています。ただおいしいだけでなく、自然にやさしいもの、大切な人に食べてほしいもの。世代をつないでいけるようなものづくりの軸は、ぶらさずにいきたいです。

簡単ではありませんが、お客さまがコスト、おいしさ、ウェルビーイングにおいて総合的に満足していただくことができれば、意思や好意を伴う積極認知につながります。その先に、普段の食事の中で何気なく選んでもらえる場面が訪れれば、ものすごいパーセプションです。ゆくゆくはミツカンを代表する商品である「味ぽん」のように、「ZENB」が多くの食卓に並ぶことが理想ですね。

北井: 変わらぬおいしさ×コミュニケーション戦略の掛け合わせで、今後10年20年でさらに進化していったらとてもおもしろいですし、「ZENB」のファンがファンを呼び、どのご家庭でも当たり前に食べる食材になったら、と考えるとなんだかワクワクしますよね。そんな未来に向かって、クックパッドもぜひ御社とともに走り続けたいと思います。本日はありがとうございました。

writing support:Izumi Ikeda



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