
組織戦略・ブランド戦略
パナソニック発ベンチャーで、徹底的なマーケットインの商品開発 ギフモが描く介護食の未来
コロナ禍を経て、円安、物価高騰と世界規模の変化は立て続けに起こり、食マーケットは今までにないスピードで変化しています。この連載では「チャレンジ」をテーマに、食関連企業の経営層が変化をどう捉え事業を牽引していこうとしているのか、その思考をたどります。今回は、家庭料理や惣菜をやわらか食にするケア家電「デリソフター」の開発を通じ、食の新しい価値創出に挑むパナソニック発のベンチャー企業、ギフモ株式会社の営業部長・水野時枝氏と、営業課長の小川恵氏にお話をうかがいました。
【食のチャレンジ:記事一覧はこちら】

ギフモ株式会社
営業部長
水野 時枝氏

ギフモ株式会社
営業課長
小川 恵氏

クックパッド株式会社
マーケティングソリューション事業部 事業本部長
北井 朋恵
■お話のポイント(クックパッド株式会社・北井朋恵より)
企業の中で食の新規ビジネスを立ち上げていくために必要なのは、以下の3つです。
①ターゲットユーザーを「作る人」「食べる人」の双方と決め、それぞれのニーズに耳を傾け寄り添った思考で開発・改良していくこと
②自社(パナソニック)のリソースや強みを客観的に理解して活かしていくこと
③実現したい世界観への強い想い、周囲の意見に耳を傾ける素直な気持ち、客観性を大事にして協働していくこと
咀嚼の問題に関係なく食事を楽しめる商品
北井:商品への熱い想いをすでにひしひしと感じておりますが、あらためまして「デリソフター」とはどんな商品ですか?
水野氏(以下、水野):高齢者や病気・障がいのある人など、咀嚼力が弱く普通食を食べるのが困難な人のために、家庭料理や市販の総菜を、見た目は変えずに柔らかく変化させる。それが、ギフモが開発した画期的なケア家電「デリソフター」です。
2021年に発売した「デリソフター」
まずは実際に「デリソフター」で柔らかくした、から揚げ、納豆巻き、りんご、ブロッコリーなどを試食してみてください。
北井:納豆巻きは海苔もお箸でスッと切れて、中の納豆は舌で潰せるくらい柔らかいですね。
でも形は崩れていない。
水野:嚥下障がいのある方は、海苔や酢飯が食べられないんです。でも「デリソフター」で柔らかくすると、酢飯にむせたり、海苔が上あごについて飲み込めない、ということがなくなるので、家族と一緒に食卓でお寿司を食べることができます。
北井:から揚げもお箸で簡単に切れますし、味がしっかり染みていて、ちゃんとおいしい!ブロッコリーも、箸で軽く押さえるだけで崩れるくらい柔らかいし、野菜の甘味も活きていますね。嚥下障がいの方だけのものではなく、家族と一緒のものを食べられる喜びを実現することにこだわっていらっしゃると理解しました!
「デリソフター」で柔らかくしたブロッコリー
ターゲットカスタマーに憑依することが、良い商品を生む一歩
北井:「デリソフター」は、お二人のアイデアとパナソニックの技術を掛け合わせた、まさにオリジナルの商品です。この発想はどこから生まれたのでしょうか?
水野:根底にあるのは、私たち自身の実体験にもとづく情熱です。小川が父親の介護を通じて経験したことと、私が抱いてきた「咀嚼に課題を抱える方にも、家庭の味を食べる楽しみを提供したい」という思いを掛け合わせて生まれたのが「デリソフター」です。
介護現場のさまざまな課題解決に必要なのは、両目を見開いて現場を知ろうとすること。そうすれば、自社の技術を生かした商品開発につながるはずです。逆に現場を知ろうとしない人に、いい商品は作れないのではないでしょうか。
小川氏(以下、小川):私が父親の介護で最もつらかったのは、1日3食の食事作りでした。どうすれば食べてもらえるか1日中メニューを考えて、作り方も試行錯誤して。それだけ手間をかけても、フードプロセッサーだと水分がとんでしまっておいしくないし、その当時の市販の介護食は高くて、本当に大変でした。
「デリソフター」を使えば、料理を作るのがしんどい日は、市販のお弁当を柔らかくして食事を済ませることもできる。食べる人に食を楽しむ機会を提供できるだけでなく、作る人にとっても調理の手間を省き、時間と心の余裕を生み出せる商品なんです。
「デリソフター」を使えば、自動で見た目も味も楽しめる食事を用意できる
水野:嚥下障がいなど、医療的ケアが必要なお子さんにとっても同じです。こうしたお子さんはペースト食から徐々に食の形態を広げて普通食に近づけていく必要があるのですが、ペースト食と普通食の中間がないことで、咀嚼力の訓練が進まず、低体重のお子さんが多いそうなんです。
ところが、あるイベントで出会ったお子さんは、「デリソフター」で柔らかくしたブロッコリーを食べたことをきっかけに、食べる量が劇的に増えたそうです。実際「デリソフター」を購入された家庭のお子さんは、体重の増加が速い傾向にあります。もし「デリソフター」に気づかなかったら、成長の機会を逸していたかもしれません。
開発当時は、やわらか食の認知度も低く、ケア家電という分野自体が市場にありませんでした。そんなビハインドな状況からスピード感を持って成長できたのは、私たちの思いにパナソニックの高い技術を掛け合わせることができたから。そこに尽きると思います。
北井:ターゲットカスタマーとしての実体験を大切にすること、またターゲットカスタマーの話に耳を傾け、憑依するほど我が事化して商品の必要性を考え抜くことが重要、そしてそれを実現させるために自社のリソースを的確に活用することでケア家電という新たな領域を切り開いてこられたんですね。
圧倒的な顧客目線を持ち、軌道修正を恐れない
北井:あらためて、「デリソフター」を使っていただきたい方、またお考えになっている市場規模について教えてください。
水野:「デリソフター」は、高齢者や舌がん・口腔がんの方、歯科矯正中の方、離乳食作りに悩んでいる方など、実にさまざまな方を対象としています。ペーストを作る際に加水が不要なので、水分摂取量に制限がある透析患者の方にとってもお役に立てる商品です。
2020年7月に発売して、現在の市場は個人と法人がほぼ五分五分。主な利用先はグループホームなどの高齢者施設で、他には個人の介護者、大学の栄養科、歯科医、訪問看護などがあります。近年は医療的ケアのニーズも増えていますね。一度に調理できる量が限られるため、医療機関の場合は緩和ケア病棟での限定的な食事提供などが主となっています。
北井:なるほど。toB、toC、両方の視点で明確な価値があり、双方で有効的に活用していただける商品なのですね。
水野:「デリソフター」は、家族みんなに寄り添う家電なんです。専用カッターと専用皿を使えばやわらか食作りができますが、専用パーツを使わなければ普通の圧力調理器としても使えます。この一台で、咀嚼に課題のある人もない人も、家族みんなのためにおいしい料理が作れる。そして、家族みんなが同じ料理を食べられる、というのが大きな強みだと思っています。
小川:私はもともとパナソニックの炊飯器事業部にいたのですが、玄米はパナソニックの高級炊飯器と比べても、「デリソフター」が一番おいしく炊き上がると感じました。それくらい、調理家電としても優秀なんです。
北井:発売から約7年。家電というと、とかく新しい技術を追加してフルモデルチェンジを繰り返す傾向にありますが、「デリソフター」のリニューアルは1回のみ。その点でも一線を画していますね。
水野:ケア家電の分野では、新しい技術を次から次へと投入して多機能にしたり、すぐにフルモデルチェンジをしたりすることが、お客さまにとって必ずしも良いとはいえません。食べる人はもちろん、作る人からも声を拾い上げ、「お客さまにとって必要なものは残し、本当に課題がある部分だけ変えていく」というプロセスもとても重要なのです。
北井:技術力が高まると、プロダクトアウトしがちです。「作る人」と「食べる人」の両方に寄り添った商品開発を徹底しているからこそ、また「引き算の美学」を徹底されて、シンプル・イズ・ベストを実現されているからこそ、競争優位のある商品力を実現できているんですね。
水野:現行商品も、お客さまの声を反映して本体はそのまま、食材を押さえて柔らかくする専用カッターを見直しています。本体とのセット売りもしていますが、せっかく愛用いただいている本体を長く使ってほしいので、カッターのみの購入もできるようにしました。
お客さまが自分にとって必要な選択ができる、ということが大事なんです。普通、BtoCですとなかなかお客さまの声にたどり着けません。弊社はDtoCを導入し、すぐ横にお客さまがいるメリットを、商品開発をはじめさまざまな場面で生かすことができていると感じます。
初代の専用カッターはストッパーの操作などで両手を使う必要があったのに対し、改良版は片手で柄を持つだけでOKに。障がいのある方や複雑な作業が苦手な方の声を反映し、より簡単に使えるようになったと好評です。
左が初代の専用カッター。右が改良版
思いの強さと素直な気持ち、そして客観性を忘れない
北井:ギフモを立ち上げたきっかけは、パナソニック社内のビジネスコンテスト「ゲームチェンジャーカタパルト」に応募したことがきっかけだったそうですね。起業までの道のりを教えてください。
水野:私たちは2016年の「カタパルト」一期生です。コンテストでは次から次へと無理難題を与えられるのですが、どのチームよりいち早く現場に出て市場をすくい上げることで、企画職や技術職が多くを占めるライバルの先を行く提案をし、思いの強さで乗り越えてきました。
勝ち残ってからも、商品化までいくつもの壁がありましたが、不安より「この商品で助かる人がいる」「絶対に商品化してみせる」というワクワク感のほうが大きくて、逆に燃えましたね(笑)。カタパルト全7期生のうち、今も商品があるのは「デリソフター」だけなんですよ。
小川:あとは、外部の協力も大きいですね。思いに共感したメディアの方が記事にしてくださったり、海外での販促時には、ADKさんが「絶対に商品化させようよ」と、英語が苦手な私たちに代わってスピーカー役をしてくださったこともありました。周囲に助けてもらうためには、知ったかぶりをせず、素直でいることも大事です。
水野:以前、あるユーザーさんにカタログ出演を依頼した際、「この商品で母は生きられたので、謝礼はいりません」と、逆に私たちを励ましてくださった方がいました。真摯な商品開発への姿勢を認めていただけたようで、本当に勇気づけられました。
北井:これから新規ビジネスを立ち上げたい人にアドバイスするとしたら、どんなことを伝えたいですか?
水野:前例のない新しい道を作るときは、チーム内で間違いをきちんと指摘し、軌道修正できることが重要だと思います。
小川:新規事業の多くは少人数ですから、意見が食い違ってぶつかることも多くあります。私と水野さんもたくさんケンカしましたけど、間違っていたら謝って、また前を向いて進めばいい。「いい人に見られたい」なんて、気にする必要はありません。
水野:もう一つ忘れていけないのが、「自分も商品のいちユーザーであるべき」ということ。私自身が「デリソフター」を毎日使うヘビーユーザーだからこそ、客観的に良し悪しを把握できるし、お客さまに寄り添うことができると自負しています。
北井:あきらめない姿勢と、圧倒的な顧客目線。新しいものを作り出すパワー。お二人からは、松下幸之助氏のスピリットをすごく感じます。
「介護食で誰一人困らない世界」を目指して
北井:お話をお聴きしていると、ケア家電にはものすごく未来を感じます。もっとたくさんの人に知っていただきたいですね。
水野:実は今、「デリソフター」を導入する外食産業の方も増えています。例えば、大阪の「芝藤」、京都の「梅の井」、静岡の「うな吉」、滋賀の「魚繁大王殿」など、そうそうたる有名店が名を連ねています。
外食産業もお客さまの高齢化が顕著で、食のバリアフリー化が喫緊の課題。ホテルでも高齢者や障がい児の食事対応に「デリソフター」を導入している事例もあり、今後もぜひ外食産業の方と一緒に取り組めたらという思いです。
北井:お互いビジネスの幅が広がるし、外食産業の皆さまのブランディングにもつながって、幸せな共栄共存になりそうですね。他にはどんなチャレンジを予定していますか?
水野:食の領域で3つの商品を出したいと思っています。1つ目はお茶などの液体にとろみをつけられる家電。2つ目は「デリソフター」で作ったやわらか食をミキサー食にする家電。3つ目は喘息やアトピーの方が自力で痰を出せる排痰ベルトです。
世界的に見て日本は最も高齢化が進んでいますから、日本から新しいケア家電を発信すれば、世界も追随するはず。ケア家電もレトルト介護食も、細かい気遣いができる日本人にとって、得意分野だと思います。
北井:高齢化が進んでいる日本だからこそ、実現できれば今後世界的な価値を発揮できると考えると非常にわくわくしますね。こうしたチャレンジをしていくにあたり、壁となる課題はありますか?
水野:社内制度の仕組み上、パナソニックの下で続けるのか含め、検討する時期に入っています。ただ「デリソフター」は確実に次世代でも役に立ちますし、世代をつないでいくべき商品だと信じています。
パナソニックにはたくさんの商品がありますが、食で課題を抱える方に寄り添う商品は「デリソフター」しかありません。同じような課題は日本だけでなく世界中にあるので、食のSDGsという観点からも意義があるはずです。
北井:ただ、こうして実際に話して試食まですればその良さがダイレクトに伝わりますが、言葉だけでエンドユーザーに訴求するのは難しそうですね。
水野:それも課題の一つです。試食キットや「デリソフター」で作ったやわらか食の販売会など、実際に食べていただける機会を増やすための施策も今検討中です。
乗り越えるべき課題は多いですが、「介護食で誰一人困らない世界」を目指して、創業当初の思いにさらにエンジンをかけて、チャレンジし続けていきたいと思います。
writing support:Izumi Ikeda
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