高級生食パン「乃が美」のマーケティングトレース

高級生食パン「乃が美」のマーケティングトレース

SNSなどで話題の「マーケティングトレース」をご存知ですか? 基本のフレームワークを使いながら成功事例を分析し、マーケティング思考を鍛える方法です。今回は、考案者の黒澤友貴さんに高級生食パンブームを牽引している「乃が美」をトレースしていただきました。

はじめに「マーケティングトレース」とは?

「マーケティングトレース」とは、企業のマーケティング戦略をフレームワークに落とし込んで分析し、言語化や図解をしながら思考力を鍛えるトレーニング手法です。自分自身がCMO(最高マーケティング責任者)になった想定で、戦略の仮説作りまでをおこないます。マーケティングトレースによってマーケティング脳が鍛えられると、顧客ニーズがわかるようになったり、時代の流れが読めたり、打ち手を考える力が身につきます。

今回は「高級生食パン」ブームの火付け役となった「乃が美」のマーケティングトレースをおこないます。

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高級生食パンの火付け役「乃が美」とは

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参照元:乃が美HP https://nogaminopan.com/


全国174店舗とオンラインショップを開設し、多い日には「一日80,000本以上」売れている高級生食パンの「乃が美」。
価格はレギュラー(2斤)が税込864円と通常の食パンよりもかなり高額にもかかわらず、大人気だ。

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参照元:乃が美HP https://nogaminopan.com/


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参照元:Googleトレンド


Googleトレンドによると、2016年頃から「生食パン」というキーワードがブームとなっているようだ

生食パンといえば「乃が美」、と想起されるポジションが確立されていると言える。高級生食パンブームの先駆けである「乃が美」のマーケティングトレースから、トレンドを自ら創り出し、市場シェアを獲得するマーケティング戦略の在り方を読み解いていく。

高級生食パンの市場背景

・国内パン市場の規模は1兆5582億円(2017年度)
・ベーカリー市場の中で食パン市場は25.8%(2017年度)

※引用元:矢野経済研究所

・高級生食パンのカテゴリーは、ベーカリー市場全体を牽引している
・パンメーカー各社が原料や製法に付加価値をつけ、高価格帯商品の展開を進める

市場背景の要約
市場規模は横ばいである中で、高級生食パンのカテゴリーが市場全体を牽引している状態。その中でも、特に際立ったブランド力を確立している「乃が美」のマーケティング戦略はどうなっているのか?

4Pマーケティングミックス
最初に4Pマーケティングミックスのフレームワークを活用し、「価値の届け方」を分析していく。

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Product(商品価値)
「乃が美」は2つの価値を提供
1.家庭で毎日食べる食パン
2.贈答品としての食パン

Price(価格)
2斤で税込864円 ※1斤での販売もあり
シンプルな価格設定で値引きはおこなわない。

Place(流通・売場戦略)
「乃が美」の流通・売場戦略として興味深いのは、「三等地主義」と表現される住宅街の路地裏に店舗を構えていること。

住宅街で行列をつくり、地域内で口コミにつなげる、つまり「店舗が広告」という役割を果たしていると推測できる。

また、パン製造は「原材料にこだわる、パン職人に頼らない」というユニークさを持っている。パン職人を採用するわけではなく「乃が美のパンをつくる職人を育成する」という方針をとっているようだ。

Promotion(広告戦略)
「乃が美」の生食パンが世の中に知られるようになったのは、下記のメディア露出が影響している。

・webメディア:「ippin」(イッピン) 
・テレビ番組:「朝生ワイド す・またん!」
・雑誌:「& Premium 」(アンド プレミアム)

広告やSNS運用ではなくPRに注力し、「生食パン=乃が美」の第一想起を獲得したことが特徴であることがわかる。

2020年5月10日現在、Googleで「生食パン」と検索すると、検索結果の上位に「乃が美」が表示されている。検索キーワードマーケットにおいてもカテゴリーキーワードを制していることは、堅調な成長を支えている。

続いて、「乃が美」がどのような市場や顧客に対して、どのようなポジショニングを築いたことで成功したのかを分析していく。

「乃が美」のターゲット

まずは主要な顧客像を具体的にしていく。ターゲット設定はあくまで仮説ではあるが、どの顧客層が「乃が美」のブランド、生食パンブームを支えているのかを考えていく。

デモグラ属性
30代後半~50代後半

嗜好性
ターゲット① トレンドに敏感な主婦
ターゲット② パンを主食とし、品質にこだわりをもつ人

行動特性
・百貨店に定期的に足を運ぶ
・雑誌やテレビでトレンドチェックをする習慣がある
・食へのこだわりが強く新しいもの好き

ポジショニング

次に上記の顧客に対して、どのような想起ポジションをとったことで成功したのかをポジショニングマップで整理していく。

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用途軸
日常用:日常の食卓で食べるパンとして定期購入
贈答用:誰かにプレゼントするパンとして購入

価格軸
高い:日用品としては高いけど他との違いを感じられる
安い:贈答用としては高すぎずプレゼントとして最適

高級生食パンという新しいカテゴリーを日常に根付かせたこと、特別な食パンとして「贈答に食パン」という新しい行為を生み出したことをポジショニングの特徴として考えている。

成功要因まとめ

上記のフレームワーク分析より「乃が美」の成功要因をまとめていく。

1.認知獲得視点
先行者メリットとPR戦略により高級生食パンのカテゴリーで第一想起を獲得。住宅街の路地裏に出店する戦略は、地域内で口コミを生み出し、広告に頼らないで認知獲得をしている点も大きな特徴である。

2.商品提供視点
フランチャイズではなく、パートナー制(はなれ)を活用し全国に店舗を出店。顧客の期待値を上回る「品質」を追求した上で、出店地域を拡大。地方も含め、日本全国で「乃が美」の認知を高めることに繋がった。

またECによる販売もおこない、「欲しい時に購入できる」仕組みを早いタイミングでつくり上げたことは、現在のポジションを確立することにも繋がったのではないか。

まとめると、宣伝広告費をかけ過ぎずに認知を広げ、お客様に満足をしてもらうための商品(生食パンの品質)に投資をしたことは、一過性のブームで終わらずに繁栄している要因だと考えられる。

もし自分がCMOだったら?

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現在、高級生食パンのカテゴリーで「乃が美」と同様の訴求や価格帯でサービスを提供する他社は増えている。自分がCMOだったら?「乃が美」の次の打ち手として何があり得るのか、仮説を考えてみる。

カフェとのコラボレーションと販売チャネル拡大
焼きたてチーズタルトで有名な「BAKE」は、「スターバックスコーヒー」とコラボを行いカフェのフード提供に関わっている。
「乃が美」は「生食パン=乃が美」のブランドを確立しているため、「スターバックスコーヒー」や「ブルーボトルコーヒー」と提携し、新たな顧客層を開拓できる可能性はありそうだ。

スクールとの提携
パン職人を育成する製パン専門学校は複数存在する。「乃が美」の生食パンをつくるノウハウをスクールに提供することで、新たなライセンス収入を得るとともに、食パン職人の育成期間を短縮、採用費用を削減して、より新しい投資に回していくこともできるのではないかと考える。


以上が、高級生食パン専門店「乃が美」のマーケティングトレース。このように、ヒットの裏側をフレームワークを活用して言語化・構造化することで再現性を持たせられる可能性があると筆者は考えている。

マーケティングトレースのコミュニティでは、上記のような分析をメンバー同士でおこないフィードバックし合うことで「マーケティング思考力」を磨きあっている。ご自身が模倣したいと考える企業やブランドを選び、マーケティングトレースを実践することをぜひ推奨したい。

※本記事で記した内容は、マーケティング思考力を高めることを目的に、筆者個人の仮説と考察によって分析したものです。

参考:
[1] KADOKAWA 奇跡のパン 日本中で行列ができる「乃が美」を生んだ「超・逆転思考」/阪上 雄司 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07KGNSV93/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1
[2] 東洋経済ONLINE 1日5万本売るパン屋が一等地出店しない理由
https://toyokeizai.net/articles/-/248857

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著者情報

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黒澤友貴
1988年生まれ。ブランディングテクノロジー株式会社 執行役員 経営戦略室 室長。「日本全体のマーケティングリテラシーを底上げする」をミッションに6,000人近くのマーケターが集まる学習コミュニティ#マーケティングトレースを運営。2020年2月に書籍「マーケティング思考力トレーニング」を出版
note:https://note.mu/tomokikurosawa
Twitter:https://twitter.com/KurosawaTomoki
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