[書評コラム]日本発酵紀行(小倉ヒラク)

[書評コラム]日本発酵紀行(小倉ヒラク)

食や料理への関心が高い皆さんへ届けたい書評コラム[BookClip]。今回は『日本発酵紀行』(小倉ヒラク著、D&DEPARTMENT PROJECT社)です。 

本書の概要

この本は、d47 MUSEUM 企画展「Fermentation Tourism Nippon – 発酵から再発見する日本の旅 –」の公式書籍で、発酵デザイナーである著者の小倉ヒラクさんが、47都道府県の発酵文化を訪ねた旅行記。

全国の醸造家や研究者と発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開し、最近では東京・下北沢で「発酵DEPARTMENT」のオーナーという顔も持つ小倉ヒラクさん。彼が「発酵食品の種類がかぶらないこと/ルーツに忠実なこと/景色と人にフォーカスすること」というルールに則って、47都道府県ごとに主に1つの発酵食品を選び、製造の現場を記録した本書には、これまで知られていない発酵食品とその背景や文化を知ることができます。

下記で紹介している目次をみればわかる通り、こんな発酵食品があったのか!という発見と驚きばかり。文献や考古学的アプローチとは違う、発酵食品という生きたモノから辿る土地の文化や再発見を楽しむことができます。 

発酵文化を巡る旅の記録。
日本の食文化の原点を教えてくれる一冊

表紙のヴィジュアルから「気軽に読めそうなエッセイ感覚の旅行記かな?」と想像されているなら、いい意味で裏切られます。文字数小さめ全224ページの本書には、これまであまり注目されなかった発酵食品の現場が紹介されていて、文章の至るところで著者の「発酵食品」への愛情とも言える興味の深さや、発酵食品を通してみえる日本の文化へのリスペクト、危機感をうかがい知ることができます。

この旅は、水と土と微生物が織りなす発酵という文化から、日本という土地に生きてきた人々の記憶を掘り起こす試みだ。どこもかしこもコンクリートで固められ、信仰や祭りが消え去り、通りの風景が均質化してしまったように見える世界にも、伸び縮みする時間軸、目や耳では感知できない兆しに気づく感性が生み出した景色と文化が残っている。

                                       P10より引用


これを読まずして、この世界を知らずして「日本の食文化」と容易く発言してはいけないな‥と読了後に思わせる圧倒的情報量。めまいがするほどの新しい知識だけど教科書的ではなく、小倉ヒラク文体と呼びたいリズミカルで文学的な文章と旅の合間のエピソードが、ページをめくる速度を上げてくれます。途中に出てくる「発酵」のグラビアと呼びたくなる写真カットも刮目して見ていただきたいです。

書籍内に登場する発酵食品の多くが「発酵DEPARTMENT」で購入できるので、書籍を買ったら発酵食品もぜひ。理解を深める食体験をお楽しみください。

本書の目次一覧

はじめに
1章 味覚の記憶 東海の旅

  • 愛知・岡崎の八丁味噌
  • 三重・鈴鹿のたまり醤油

[コラム]発酵技術のバリエーションと活用法

2章 現代空間のエアポケット 近畿の旅

  • 和歌山・湯浅の金山寺味噌
  • 京都・大原のしば漬け
  • 大阪・守口の守口漬け、摂津富田の富田漬け

[コラム]海・山・島の発酵文化

3章 魚と酢の通り道 瀬戸内の旅

  • 広島・尾道の米酢
  • 岡山・日生のママカリずし
  • 鳥取・智頭の柿の葉ずし
  • 愛媛・五色浜のいずみや

[コラム]すしの進化史

4章 微生物の誘う声 離島へ

  • 伊豆諸島・青ヶ島の青酎

[コラム]日本人は何を食べてきたのか

5章 旅の身体感覚 北へ

  • 栃木・今市の日本みそのたまり漬け
  • 福島・会津若松の三五八漬け
  • 富山・射水の黒作り
  • 新潟・妙高のかんずり
  • 秋田・八森のしょっつる、ハタハタのいずし
  • 北海道・標津の山漬け

[コラム]北前船から見る近世の海運事情

6章 ご当地スタンダードの発酵おやつ 関東の旅

  • 群馬・高崎の酒まんじゅう、前橋の焼きまんじゅう
  • 神奈川・川崎大師のくずもち

[コラム]発酵が景観をつくる

7章 発酵から見た経済史 日本の近代化を見直す旅

  • 兵庫・淡路島の清酒
  • 香川・小豆島の木桶、醤油
  • 徳島・吉野川流域の阿波藍

[コラム]発酵と信仰

8章 辺境を生きる知恵 九州の旅

  • 宮崎・日南のむかでのり
  • 熊本・阿蘇のあかど漬け
  • 長崎・対馬のせん団子
  • 佐賀・呼子の松浦漬け

9章 記憶の箱舟

おわりにかえて
本書で取り上げられなかった発酵食品

 

『日本発酵紀行』まえがき

 木々が葉を落とし、土や水のなかの生命が息を潜める季節、町外れの蔵からプツ…プツ…と小さな音が聴こえてくる。桶や樽のなかで微生物たちが活動を始めた音だ。川が凍りつくほどの寒さのなか、蔵ではたらく醸造家たちは上着を脱いで狭い室(むろ)に入っていく。

 室のドアを開けると、じっとり湿った蒸気と甘い栗のような香りが押し寄せてくる。室の真ん中には底の浅いプールのような長い箱があり、そこには白く靄(もや)がかかったような米が寝かされている。米についている靄は、カビだ。毒を出さず、人間に有用な成分をつくってくれるニホンコウジカビという不思議な微生物。室に充満する熱と香りは、米を食べて爆発的に増殖していくこのカビから発せられるものだ。

 人間たちは米粒を両腕を使ってかきまぜ、ばらし、曲芸のように米粒を底からすくって噴水のように空中に巻き上げていく。このように撹拌することでカビが呼吸するために必要な酸素を送り込み、火傷させないように適度に放熱させていく。手入れ作業が終わると、醸造家たちはじっとカビの茂った米、麹(こうじ)を見つめる。

「とてもいい。すごく元気に育っている」
「湿度はこのままでいいかな?」
「あと数%だけ乾かそう」

 彼らは手を通して、鼻を通してカビたちと対話をしているのだ。室から出ると、醸造家たちは階段を登って冷たく乾いた踊り場のような場所へ移る。そこには小さなタンクが規則正しく並べられている。タンクでは、ベージュ色のペーストに無数の小さな泡が浮き上がり、プツ…プツ…と音を立てている。

 このペーストは室でコウジカビをつけた麹と米を水と混ぜ合わせたもの。泡を立てているのは酵母。カビが米を食べた時に分解した糖分をエサにして大量のガスを放出する。ガスは麹ペーストに含まれるタンパク質や脂質の薄い膜に包まれて気泡となってふくらみ、爆(は)ぜ、そのバブルの底で酒の材料となるアルコールが生成されていく。

 ここは淡路島の日本酒蔵、都美人。
朝の5時、都会の人たちが眠りこけている(あるいはようやく寝床につく)時間に蔵人たちの仕事が始まる。米を洗い、蒸し、室に運び、カビの手入れをし、タンクに酒の酛(もと)を仕込み…と、1日かけて微生物たちの世話をするのだ。まだ日の昇る前のしんとした空気のなか、人間たちが寡黙に作業をこなしていく。

 誰の声も聴こえないはずなのに、蔵のなかには不思議な賑やかさがある。目に見えない微生物たちが刻一刻とその数を増やし、麹室(こうじむろ)やタンクのなかでさざめいている。蔵人たちは耳を澄まし、じっと彼らの声に耳を傾ける。目に見えない、耳にも聴こえないミクロの対話。

 やがて朝焼けが蔵を照らし、学校へ向かう子どもたちの声が遠くから聴こえてくる。人間の時間が始まった。

 

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著者情報

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渥美まいこ
FoodClip編集長。ストラテジックプランナーを経て現職、好きな料理はベトナム料理。
https://note.com/atsumimaiko
https://twitter.com/atsumi_maiko