
企業・業界動向
「クリスプ・サラダワークス」のマーケティングトレース
SNSなどで話題の「マーケティングトレース」をご存知ですか? 基本のフレームワークを使いながら成功事例を分析し、マーケティング思考を鍛える方法です。2回目の今回は、考案者の黒澤友貴さんに「クリスプ・サラダワークス」をトレースしていただきました。
前回記事はこちら:https://foodclip.cookpad.com/2224/
はじめに「マーケティングトレース」とは?
「マーケティングトレース」とは、企業のマーケティング戦略をフレームワークに落とし込んで分析し、言語化や図解をしながら思考力を鍛えるトレーニング手法です。自分自身がCMO(最高マーケティング責任者)になった想定で、戦略の仮説作りまでをおこないます。マーケティングトレースによってマーケティング脳が鍛えられると、顧客ニーズがわかるようになったり、時代の流れが読めたり、打ち手を考える力が身につきます。
今回は、「テイクアウト&デリバリー戦略×フードテック活用」の分野で注目を集めている「クリスプ・サラダワークス」のマーケティングトレースをおこないます。下記がマーケティング戦略の全体像を整理した図です。主要フレームワークごとに整理しながら読み解いていきましょう。
「クリスプ・サラダワークス」とは?
参照元:クリスプ・サラダワークスHP
https://www.crisp.co.jp/
まず、「クリスプ・サラダワークス」について学んでいきたい。
アメリカ・ニューヨークで流行っている「チョップドサラダ」を提供するサラダ専門店で、メインディッシュになるサラダのブームを巻き起こしたことで有名である。ヘルシーなだけじゃない、おいしくてお腹いっぱい食べられる、アメリカ発のカジュアルでスマートなサラダの提供を目的とし、目指すのは「丁寧に手作りした本物の味を、カジュアルに提供する」こと。
合成保存料、着色料は一切使用しないのはもちろんのこと、できるだけ作り置きをせずに、ほぼ全ての食材を店舗で毎日調理している。野菜は畑から届いたものをすべて店舗でカットし、ドレッシングはもちろん、自家製ハムも毎日店舗で手作りしている。
スタッフが来店客と会話をしながら、30種類以上あるトッピングからお客様のお好みのサラダを組み立てていく。好みのベース(ロメインレタス・ほうれん草・ワイルドライス)を決めたら、トッピング(生野菜や数種類のチーズ、自家製クルトンやナッツ・豆類、温かいグリルドチキンや雑穀米)を選び、最後にスタッフがメッザルーナ(Mezzaluna)と呼ばれる大きな半月状の特殊なナイフで好みの大きさにチョップし、食材をつなぐためのドレッシングと和えて提供するスタイルがブランドのユニークな点だ。
ビジョン(目指す姿)
レストラン体験を再定義することで、あらゆる場所でリアルなつながりをつくる。
自社開発のモバイルオーダーアプリを活用し、事前注文とスマート決済(キャッシュレス)をおこなっていることも特徴的だ。2014年に麻布十番に1店舗目を出店し、2019年12月には14店舗まで拡大している。
この成長の裏側にはどんなマーケティング戦略が隠されているのか?マーケティングトレースから読み解いていく。
コロナの影響により、外食産業は今まで通りの戦略では生き残りが厳しくなってきている。「クリスプ・サラダワークス」の顧客に寄り添ったテクノロジー活用は、外食産業全般に大きなヒントを与えてくれるはずだ。
参考:CRISP SALAD WORKS/レストラン体験を再定義することで、あらゆる場所でリアルなつながりをつくる。https://note.com/crispsaladworks/n/n992d050be378
ターゲティング/重点顧客のトレース
特集されている雑誌やSNSのブランド名検索から、顧客には「女性」が多いことがわかる。また、どのようなライフスタイルのユーザーが多いかをまとめると、以下のような人物像だと推測できる。
【行動特性】
- 健康投資、ファッション投資、美容投資、 ジムに通う
- SNSはInstagram利用率高く情報感度高め
- コミュニティ所属と貢献活動頻度が高い
- ランチの平均価格は1,000円を超える
【嗜好性】
- 生活にスマートさを重視
- 世界観に共感できるブランドに投資をしたい
- ランチタイムの過ごし方にこだわりがある
【ユーザー像のまとめ】
ターゲットとなるユーザー像をまとめると以下の通りとなる。
- 生活にトレンドを取り入れる
- 自分らしくカスタマイズしたい欲がある
- 世界観に共感できるブランドを何度も使いたい
逆にターゲットとしていないユーザー像も整理しておく。
- 新ブランドやテクノロジーには抵抗をもっている人
- ランチはコンビニで済ませることが習慣化しているユーザー
ブランドを成長させる初期段階は、共感してもらい愛着をもってもらうためのターゲットへ重点的に価値を提供している。
マーケティング基本戦略のトレース
続いて、マーケティングミックス4P(売物Product、売値Price、売場Place、売方Promotion)からマーケティング基本戦略を分析していく。
◾①売物Product+②売値Price
参照元:クリスプ・サラダワークスHP
https://www.crisp.co.jp/salads
【主力商品】
オーダーメイドで下記のようなサラダをカスタマイズ性の高いものとして注文できる。サラダ単体では高価格帯になるが、それでも購入し続けてもらうための高いサービス価値を提供している。
・クラシック・チキンシーザー ¥1,084 (404kcal)
ロメインレタス、グリルドチキン、パルメザンチーズ、トマト、自家製クルトン、シーザードレッシング
・カル・メックス ¥1,297(464kcal)
ロメインレタス、ほうれん草、グリルドチキン、アボカド、トマト、レッドオニオン、自家製クルトン、メキシカンハニービネグレット
・ダウンタウン・コブ ¥1,524 (543kcal)
ロメインレタス、自家製ハム、ホワイトチェダーチーズ、アボカド、トマト、ボイルドエッグ、バターミルクランチ
【サービス価値】
モバイルオーダーアプリを活用することで待ち時間も短縮できる
◾③売場Place
参照元:クリスプサラダワークスHP
https://www.crisp.co.jp/
【店舗】
- 都心の渋谷や六本木など主要駅の利便性の高い場所に14店舗出店
- モバイルオーダー&キャッシュレスによって都心で行列に並ばず商品を受け取れる体験を設計
- 10坪店舗で平均月商1,100万円、平均営業利益360万円
【宅配】
- 法人向けクリスプBASE
- Uber Eats
テイクアウト・デリバリー比率は高い。モバイルオーダーとキャッシュレスが、テイクアウトとデリバリーの高比率を実現している。
◾④売方Promotion
- 寄付金募集による支援活動「CRISP CONECT」(コロナ禍の医療従事者へのサラダ提供)
- インフルエンサー活用
- ファッション雑誌
- ファンコミュニティ育成
【マーケティングミックス4Pのポイント】
- モバイルアプリや、取得した顧客データ活用により顧客の店舗体験を最適化
- 都心で限られたランチタイムを有効活用したい女性を中心にリピート率を高めている
- プロモーションは、現時点ではマス展開ではなく、ターゲットに集中してインフルエンサーやメディアを選定している
マーケティングの基本4要素を組み合わせながら、高単価・高付加価値のサービス提供から、ターゲットがリピートしたくなる仕組みをつくっていることがわかる。
ポジショニング戦略のトレース
続いて、ポジショニングマップを描くことにより、類似ブランドとはどのように違った独自体験を提供しているのかを考えていく。軸としては「クリスプ・サラダワークス」の強みや顧客が選ぶ理由を表すものとなる。そのため、マーケティングミックス4Pで整理してきた内容をもとに考えていく。
価値1:提供スピード早い
価値2:カスタマイズ性高い
「クリスプ・サラダワークス」の価値を要約すると「忙しい毎日の中で、短時間で自分のためにカスタマイズしたサラダを食べ続けることができる。」ではないだろうか。この価値を支えているのが、モバイルオーダーアプリやターゲットのセグメントであると考えられる。
クリスプ・サラダワークスの
成功要因を要約
これまでの分析から、「クリスプ・サラダワークス」の成功要因は2つあると考えられる。
◾成功要因1:テクノロジーにより新しい飲食店体験を実現
自社開発のモバイルオーダーアプリによってスピードを求めるユーザーの利便性を向上。さらに、テイクアウト&デリバリー比率80%近くを実現し、感度の高い女性の中食市場を獲得。
コロナ禍においては、3月31日にテイクアウト・デリバリー・店頭受け取りを中心とした戦略に切り替えている。このスムーズな戦略転換ができたのは、自社開発のモバイルオーダーアプリの開発とサービスへの組み込みを先進的におこなってきたからだと考えられる。
また、法人や団体向けにオフィスやレジデンスへ宅配する「CRISP BASE」というプランも同時にローンチしている。
◾成功要因2:熱狂的ファンコミュニティ育成
カスタムサラダを提供する競合の新規参入が増えている。競争環境の中で「クリスプ・サラダワークス」は以下のような対応でファンを獲得している。
①データをもとにした既存顧客とのコミュニケーションの強化
(例)会員の購買データをもとに、リワードを出してさらにリピート率を上げる
②世界観に共感するコアファンの強化
(例)「CRISP NEIGBORS」と呼ばれるコアファンを囲い込むクローズドコミュニティを形成する
テクノロジーの強化だけで差別化を図ることは難しい中で、ファンコミュニティ育成を同時におこない、競争力をつくり出していると考えられる。
デリバリーサービスにおいても「Uber Eats」のような外部委託ではなく、自分たちで届ける体制を整えている点は「クリスプ・サラダワークス」が得意とする独自の顧客接点づくりをする姿勢が現れている。
「クリスプ・サラダワークス」は、テクノロジーを活用して効率化を図る発想ではなく、データやコミュニティを活かし、独自の体験づくりに成功している。
上記の図が成功要因を整理した内容となる。これからの飲食店に求められるポジションといえるのではないだろうか。
※参考:
CRISP NEIGBORS/CRISP NEIGBORSとは
https://note.com/crispsaladworks/n/n6b0dd4aa98cb
CRISP NEIGBORS/クリスプ、デリバリーはじめます。
https://note.com/crispsaladworks/n/na165d1d93509
クリスプのプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000037550.html
自分がCMOだったらどうするか?
以下2つの構想を仮説として考えてみる。
【カスタマイズ性の向上】
(例)野菜の産地や農家を選べる(1次産業が抱える課題の解決)
(例)農家が直営店舗をつくる支援パッケージをつくる。
例えば、顧客の出身地に合わせて食材を選べるなどコミュニケーションをカスタマイズし、リワードを出すなどもできると体験価値がさらに上がるのではないだろうか。
また、農家から店舗までの物流をデータによって管理・最適化することにも関われるとブランド価値はさらに上がるのではないかと考える。
【新たな意味・付加価値を加える】
(例)アプリ内で健康データを管理し、体調や健康状態に合わせてオプションメニューを提案(ときにはクーポン発行)
今後は利便性の追求と合わせ、新しい「意味・価値」をつくり出すブランドが生き残る。現状の強みを踏まえ、テクノロジーによって新しい価値を付与できないかと考える。
また、少し未来の話になるが「トヨタのスマートシティー構想・Woven City」と提携ができると、自宅、職場、車、飲食店のデータがつながった新たな体験を提供できるのではないだろうか。
「クリスプ・サラダワークス」のマーケティングトレースは、外部環境が大きく変わる外食産業にとって「テクノロジーの力で顧客体験を最適化する」新たなマーケティング視点の学びにつながるはずだ。
参考:『フーズチャネル』経営者インタビュー
https://www.foods-ch.com/gaishoku/1578544480410/
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著者情報

- 黒澤友貴
- 1988年生まれ。ブランディングテクノロジー株式会社 執行役員 経営戦略室 室長。「日本全体のマーケティングリテラシーを底上げする」をミッションに6,000人近くのマーケターが集まる学習コミュニティ#マーケティングトレースを運営。2020年2月に書籍「マーケティング思考力トレーニング」を出版
note:https://note.mu/tomokikurosawa
Twitter:https://twitter.com/KurosawaTomoki
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