[研究開発AtoZ]食品研究って何をするの?

[研究開発AtoZ]食品研究って何をするの?

食品業界の中でも、マーケティングやセールスからすると近いようで遠い存在の研究開発職。
現役の研究開発職に就かれている「じゃぐさん」に、開発職の基本や最新情報などをお話いただく連載企画。第2回目の今回は、食品研究について解説いただきました。

前回記事はこちら:https://foodclip.cookpad.com/4806/

商品開発と研究

二度目の登場となった今回も理系の仕事に関してご紹介していきます!

さて、皆さんはR&Dという言葉を耳にされたことがあるでしょうか?これはResearch & Developmentを意味しており、「D」は前回ご紹介した「商品開発」、そして「R」は今回のメインテーマであり、私が現在従事している「研究」です。

この二つは「研究開発」などと一括りにされることも多く、一体何が違うの?そもそも何をしているの?そんな疑問の声がよく聞かれます。果たして研究員は白衣を着ていて、実験室で何かわからない液体の入ったフラスコを振ったりしているのでしょうか?

今回は、商品開発と比較して関連する部署も少なく、同じ社内でもその実態はほとんど知られていないこともあるかもしれない「研究」の世界を紹介します!

食品の研究とは

食品の研究を言葉で表すと、私の中の定義では「生活者の食に関する潜在・顕在課題を定義し、それを解決するような新しい価値を提供するためのタネを探究すること」となります。これだけ書くとあまり研究っぽくないかもしれませんね。この「タネを探究する」手段として研究を用いるのであって、その目的は生活者に対して新しい価値を提供することなので、研究部門に限った話ではありません。これだけではわかりにくいので、商品開発や大学での研究など他の分野と比較してみます。

まず前回お話しした商品開発とは何が違うのでしょう?取り組む対象や取り組み方など、研究は開発と比較して例えば以下のような点で異なっています。

・商品自体に関与することは少ない
・取り組む対象が新奇で未知なもの
・製品も大事だが、原理原則も大事
・課題の解決だけでなく定義も伴う
・ゴールまでが遠く、時間がかかる

実際の業務としても商品開発職とは大きく異なっており、研究所で実験をしたり、学会参加や論文を読むことで情報収集をしたり、上司と研究進捗の相談をしたり…と大学の研究室と似たような生活を送る人も多いです。大学などの研究機関に派遣される場合すらありますし、博士課程に進みながら大学と会社の両立をしている人もちらほらいます。

業務の進め方だけ見ると、学生の方にとっては開発より研究の方がおそらくイメージしやすいかもしれません。では大学での研究と企業での研究の違いは、どのようなところにあるのでしょうか?色々あると思いますが、一つ大きな違いとしては前述の「目的」の部分があります。

企業での研究の場合は、その目的として生活者の課題を解決する(あるいは課題を顕在化させ定義する)ことや、その企業が成長を続けていくために必要な要素であることなどが挙げられます。その違いにはメリットもデメリットもありますが、その話だけでも長くなるのでまた別の機会に。

何を研究するのか

ここからは具体的な研究内容に関してご紹介しますが、どんな新しい価値を(What)どのように研究するか(How)と言う形でまとめていきます。

食品企業20社程度の研究開発のWEBサイトを確認して、各社が何を研究しているか大まかに調べてみたところ、大体以下の内容に集約されるようです。Whatを追究するためにHowを駆使するというイメージを持って眺めてみてください。具体例は後ほど説明します。

What:おいしさ、健康、持続性、食品衛生
How:成分分析、機能評価、抽出、発酵、統計等

まず生活者の課題定義・解決のため何を提供するか(What)と言う道筋を立て、それらを達成するための手段(How)を選択し、解決するための研究・実験をします。

研究者はこのHowの弾をたくさんストックするために、業務として外に積極的に情報収集に出たり、中で実験をしてスキルを磨いたりしています。研究センスの高い人はこのHowの弾が豊富で、多くの選択肢の中から適切なものを探し出す能力に長けているとも言い換えられるかもしれません。

さらにこのHowのベースになっているのが、学校で教わるような学問。栄養学、薬学、農学などの比較的実用的なものから、分子生物学や分析化学などよりベーシックなものまで、さまざまな学問の知識が複雑に絡み合ってHowが構成されています。

ちなみに、「研究」と「実験」の違いがわかりにくいので説明しますと、「研究」はWhatからHowまでを通じて物事を探求することであり、その「研究」の中で物事を探究する手段の一つが「実験」であると言えます。

つまり、研究を構成する要素の一つとして実験は存在しており、他にも文献調査や市場の観察、それらの情報の考察など、そこまで含めて全体を研究と言います。皆さんがよく想像される研究(フラスコを振ったり、細胞を培養したり)は、実験という言葉の方が近いかも知れませんね。この実験がまさにHowの部分になります。

研究者は私を含めHowの話が大好きで、新しい知見や新しい技術にワクワクする人も多い印象はあります。例えば直近では、ノーベル化学賞を受賞したCRISPR-Cas9によるゲノム編集の話題は、職場でも大いに盛り上がりました。

ただ今回の記事を書くにあたり、Howの話は専門的性が高いのとあくまでHowは手段なので、今回はWhatを中心に深掘りして、どんな研究テーマ(製品やプロジェクトではなくテーマと呼ぶのも研究っぽいですね)が実施されているか、簡単にまとめてみたいと思います。


おいしさ

おいしいとは何でしょう?コクがあってまろやかとは何でしょう?このような問いに対して、例えば「コク」と言う表現を定量的に評価できるよう定義づけをしたり、官能評価と呼ばれる人間の感覚と成分分析など機械の弾き出す数値を掛け合わせたり、雲を掴むような非常に難しい分野です。誰しも感じるところでしょうが、「おいしい」に絶対的な正解がないことがさらに難しさに拍車をかけています。

近年分析技術が発達することで多くのデータを入手できるようになってきており、解析側のAI(機械学習など)の発展もめざましく、この二つが掛け合わされて今後は新しい知見がどんどん生まれてくるかもしれません。

(例)
・Xと言う成分がおいしさのキーであることが官能評価と成分分析の結果明らかになったので、その成分を増やすため最適な微生物を探すなど発酵技術を活用する。

・パネル(※)が高得点をつけた食品サンプルの要因を機械学習や統計解析によって「歯応え」と「サクサク感」の要素が重要であることがわかったので、それを増やすために原料の配合を変更する

(※)官能試験に参加する評価者の集団。パネラーは誤表現。


健康

近年は健康志向の高まりから、食に対する期待も年々高まっていると言われています。大きく分けて「栄養」と「機能性」と言う考えがあり、前者は炭水化物や脂質、たんぱく質など人体にとって必須なもので食品の一次機能とも呼ばれます。一方後者は食品の三次機能と呼ばれ、生体機能の調節をおこなうもので、特保やいわゆる健康食品などの大部分はこの範疇に該当します(ちなみに二次機能は前述の「おいしさ」です)。

健康に関する研究は、もちろん流行っていると言うのもありますが、研究成果(新しい健康成分)がそのまま製品のコンセプトやブランディングと一致することが多いので、研究として取り組みやすく、研究しがいのあるジャンルとも言えるでしょう。

(例)
・酵素を用いた評価実験で血圧降下に効く成分を特定したので、その成分を増やす原料加工をおこない、ヒトでも効果があるか臨床試験を実施する。

・さまざまな効果効能で知られているGABAを、たくさん生産する有用な乳酸菌の菌株を選抜(スクリーニング)する。


持続性

SDGs(Sustainable Development Goals)という言葉を聞かれた事も多いかもしれませんが、食品業界においてもこのSDGsに関連する取り組みをおこなっている企業は多く存在しています。環境活動などの持続性と研究と何が関係あるの?と思われるかもしれませんが、このSDGsにおいても研究成果を活用する事で、革新的な取り組みを実施しようとする食品企業は多く存在しています。

(例)
・包装容器のプラスチックの使用量を削減しつつ、中の食品の品質を担保できるような容器素材や形状を探索する。

・食品原料を加工したのちの副産物(バイプロ)から有用な成分を抽出精製する事で、廃棄物の量を削減する。例えば、大豆を搾って大豆油を生産するが、搾りかすの脱脂大豆から大豆タンパク質や食物繊維(おから)などを抽出・精製するなど。


食品衛生

最後に忘れてはならないのが食品衛生。市場で売られている食品は全て安全で、食中毒が起きたり危険な成分が残留していないことが当たり前、そう思っていただけているのであれば品質管理が正常に機能している証拠です。

食品衛生は品質管理部門が基本的には関与している事も多いですが、新しい取り組みを実施する際には、研究的な要素が必要になってきます。

(例)
・新しい健康素材を見つけ出して、実際にヒトを対象とした臨床試験を実施する前に、その素材が狙った健康効能以外の副作用など、体に悪影響を及ぼす可能性がないか毒性評価を実施する。

・これまで原料を工場へ受け入れる際に、原料中の異物確認や品質の良し悪しを人の目で判断していたが、その判断基準の定義づけ(アノテーション)をおこない、自動選別出来るAIを工場に導入・実装する。

研究職の課題

ここまでは具体的な事例を紹介してきましたが、最後に研究業務に関して私の感じている課題をお伝えさせてください。実は今回紹介した研究をおこなう部門・部署を持たない食品企業は多く存在しています。商品開発部門のない会社はおそらく存在しないでしょうが、研究は外部機関に委託したり、素材メーカーから購入するだけだったりとほとんどの業務はアウトソース可能で、実は研究機能がなくても会社としては成り立ちます。研究とは将来を見据えた投資とも言えますが、そこにお金をかけるか否かは会社のスタンスにもよるようです。何か新しくて面白いことを成し遂げるには研究部門のような原理原則を大切にし、腰を据えて検討を進められるような部隊の力が必要だと私個人としては思っています。

また、商品開発者には「商品」というわかりやすい成果が存在しますが、研究者にとって成果の概念が難しいということも課題だと思います。研究者として論文を投稿したり学会で発表することはわかりやすい成果の一つではありますが、企業で研究を行なっている以上それはお客様に価値を届けたり企業を成長させるための一つのプロセスに過ぎません。この課題は研究者に対して会社側がどのように評価をおこなうかという視点と、研究者自身がどうやってモチベーションを保ち続けるかの視点の両方に関わっていると思います。

特に近年は科学技術の進歩がめざましく、スピード感が非常に重要視されていることは間違いありません。そのため、我々研究者は常に情報をアップデートして学び続けないとならない存在です。とはいえ、それは研究に限らずどのような職種であれ、何かに本気で取り組む以上は皆さん抱えておられる課題かもしれませんね。

終わりに

今回はそもそも研究者とはどのような存在なのか?というところから研究の具体例まで幅広いジャンルまでご紹介しましたが、皆さんにとって遠い存在である食品の研究がどんな形で役立っているのか、少しでもイメージしてもらえたらありがたいです。

今回の記事をきっかけに、研究部門に興味を持っていただけましたでしょうか?まずは皆様の会社に研究部門はあるのか?あるならどんなことをしているのかなど、ぜひご自身のお勤めの会社や就職先として気になっている会社のことなどを調べてみてください!





著者プロフィール

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じゃぐ
食品メーカーの現役研究員。基礎研究から商品開発まで幅広い業務経験を持ち、学生時代から栄養学や薬理学を専門とするなど、一貫して食と健康の課題に取り組んでいる。科学全般や理系就活生向けの話題もSNSで情報発信中。
https://twitter.com/food_juggle