低温調理器「BONIQ」のマーケティングトレース

低温調理器「BONIQ」のマーケティングトレース

SNSなどで話題の「マーケティングトレース」をご存知ですか? 基本のフレームワークを使いながら成功事例を分析し、マーケティング思考を鍛える方法です。3回目となる今回は、考案者の黒澤友貴さんに低温調理器ブランドの「BONIQ(ボニーク)」についてトレースしていただきました。

前回記事はこちら:https://foodclip.cookpad.com/4122/

はじめに「マーケティングトレース」とは?

「マーケティングトレース」とは、企業のマーケティング戦略をフレームワークに落とし込んで分析し、言語化や図解をしながら思考力を鍛えるトレーニング手法です。自分自身がCMO(最高マーケティング責任者)になった想定で、戦略の仮説作りまでをおこないます。マーケティングトレースによってマーケティング脳が鍛えられると、顧客ニーズがわかるようになったり、時代の流れが読めたり、打ち手を考える力が身につきます。

以下が、黒澤さんによる低温調理器ブランド「BONIQ(ボニーク)」のトレース内容です。

低温調理器ブームの火付け役ブランド
BONIQとは

2017年にクラウドファンディングからスタートし、現在は累計出荷台数が9万台を超えたと発表している。ブランドモットーとして『一家に一台、低温調理を』と掲げ、日本に低温調理文化を根付かせるためのマーケティング活動をおこなっている。
「低温調理」のキーワード検索ボリュームは、「BONIQ」がクラウドファンディングを開始したタイミングから上がっており、最近ではコロナ禍によりさらに注目が集まっている状況である。

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大手家電メーカーが参入する厳しい調理家電市場の中で、どのようにブランドをつくり、販売台数を伸ばしているのか。また、今後、低温調理文化をどのように普及させていくのか、マーケティングトレースから戦略の裏側を読み解いていきます。

マーケティングトレーステーマ

大手企業が参入する市場の中で、ベンチャー企業がどのように戦うのか?

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PEST分析 
ー低温調理器を取り巻く外部環境ー

最初に、低温調理器を取り巻く環境分析をおこなっていく。低温調理器のブームは外部環境の変化が大きく影響しており、PEST分析から変化の具体的な要素を理解していく。

【政治視点】
・経産省がスマートライフの市場づくりを推進
・メーカーが政府にデータを開示し、連携を深めていく動きあり

※注目:データ連携の視点が重要となる


【経済視点】
・調理家電の市場規模は、約1兆4,000億円。買い替え需要主体の成熟市場
・主要販路は家電量販店で、買い替え需要がメイン
・家電量販店のネット比率は右肩上がり

※注目:ネットチャネルを抑えれば、スモールブランドも生き残れる可能性あり


【社会視点】
・国内の人口や世帯数は減少トレンド
・コロナ禍による在宅時間の増加→在宅時間の充実化に投資をする人が増加
・中食や内食の競争が激化
・健康ブームにより「タンパク質」の検索ボリュームも右肩上がり

※注目:在宅時間の充実化をさまざまなプレイヤーが取り合う構造。健康ブーム、自己開発投資の対象ブランドとなれるかが鍵


【技術視点】
・IoT(Internet of Things)/スマート家電の発展
・物流技術の発達により、自宅に居ながら食の選択肢が広がる
・SNSにより顧客へダイレクトに情報発信、発送までおこなえる環境が整う

※注目:スマート家電は顧客の生活に浸透。技術要素が、外食と内食の壁を取り払うことにつながっている

「BONIQ」にとって重要な視点を要約すると次の通りとなる。

2020年は生活者の自宅で過ごす時間が急増。外食ができない環境下で、自宅でプロの味を楽しめる調理家電ニーズが顕在化した。また、新型コロナウイルスが人の健康意識・自己開発意識を刺激し、「ウイルスに負けないための健康投資」を強化する流れがある。

健康投資のカテゴリーとして想起されるブランドになれるかが「BONIQ」の成長戦略を考える上でも重要となる。

BONIQの競合定義 
ー低温調理の業界構造を理解するー

競合について整理してみる。マーケティングトレースでは、競合を広く捉えて戦略を再定義するために、「業界競合」と「価値競合」の2つにわけて競合を理解する。

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【業界競合(低温調理器の業界)】
・国内メーカー:貝印、アイリスオーヤマ、サンコー
・海外メーカー:Anova etc

※注目:低温調理器は、後発参入が増えており競争が激化。「アイリスオーヤマ」が参入していることからもわかる通り、一般消費者が購入しやすい低価格帯の低温調理器も出てきている。コスパの高さを訴求する調理家電とどのように差別化を図るかが鍵になる。


【価値競合(家電)】
・炊飯器、電子レンジ、ホットクックなどの調理家電
・広くは、コンビニの冷凍食品や外食ブランドなど、自宅で食事をしない選択肢となる存在は「BONIQ」の競合と捉えられる。

※注目:調理家電の主要チャネルである家電量販店には、高機能化している炊飯器、電子レンジなどが売場の大半を占めている。

競争環境から「BONIQ」を購入検討するユーザー行動の変化を整理すると、競合が増え比較検討の度合いが高くなっている。(典型的な行動は比較サイトを閲覧)選んでもらう理由の明確化と、機能面意外での差別化要素の特定が重要。また、「BONIQ」にとって外食産業はパートナーでもあり競合でもある。どのように付き合っていくかは戦略を考える上でも重要であるといえる。

BONIQのターゲット定義 
ー誰を魅了しているのか?ー

市場環境は追い風の要因が増えているが、競争環境としては激化しているのが「低温調理器」といえる。その中で、「BONIQ」は誰をターゲットとしてアプローチし、順調に台数を伸ばしているのかを整理していく。

「BONIQ」の作成しているコンテンツから、キーワードは「アスリート」であると考えられる。

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【ユーザー特徴】
アスリートをベンチマークして理想の身体を追求している層

  • 学生時代に体育会系でスポーツに打ち込んでおり、生活にストイックさが残っている
  • アスリートの書籍をよく読む
  • 現在も身体や健康への投資を惜しまない

「BONIQ」は低温調理器の市場にいち早く参入し、その中でもコアなアスリート思考のファンを獲得しているのではないだろうか。

BONIQのポジショニング 
ー差別化要素は何か?ー

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「BONIQ」の差別化要素を定義し、ポジショニングマップに落とし込んでいく。「BONIQ」の優位性は下記2つであり、この2つでターゲット顧客を動かしていると考えられる。

【コンテンツ優位性】
アスリート飯やトレーニングしている人向けの料理メニュー

【チャネル優位性】
YouTubeやInstagramのチャンネルは、2万人を超えるフォロワーを有する

「BONIQ」はデザインや技術にこだわりをもっているが、デザインや技術においては、大手家電メーカーでも力を入れて開発がおこなわれている。

機能面で比較をすると、「BONIQ」を上回る機能を提供するものも出てきている。加熱調理関連の技術は、「パナソニック」や「シャープ」も保有しており、技術面で差別化を図るのは難しい領域であると考えられる。

BONIQのマーケティングミックス

最後にBONIQの顧客に対する価値の届け方を4Pマーケティングミックスのフレームワークから整理していく。

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【売物Product】
「BONIQ」は、主要商品3種類を展開。併せて体験を豊かにするアクセサリーも販売。

  • 特徴:『タンパク質が固まらない温度帯』で調理可能
  • 便益:自宅で誰でも簡単にレストランクオリティのお肉が調理可能(シンプルで簡単な操作が売り)
  • 技術:高精度の温度管理、アプリ連携

【売値Price】
商品3種類に分けて価格設定をしている。
・BONIQ:¥19,800
・BONIQ2.0:¥20,000
・BONIQ PRO:¥29,800

【売場Place】
・BONIQ オフィシャルOnline Shop(Shopify)
・Amazon
・楽天
・家電量販店

【売方Promotion】
●クラウドファンディング
・2017年4月クラウドファンディング(Makuake)にて2回調達
・低温調理文化を日本に根付かせるミッションに共感する層

●獲得型の広告
・顕在化ユーザーには、PPC,SEO,アフィリエイトなど展開

●オウンドメディア
・月間200万PVを超えるBONIQレシピサイト

●SNS
・YouTube、Instagramを中心にSNSでファンをつくる

ポジショニングマップで説明した通り、コンテンツ資産を活かしたプロモーションは、「BONIQ」の優位性を支えていると考えられる。タニタ食堂のように、周辺コンテンツを強化することでブランドにファンをつける手法は、スモールブランドが生き残る上で重要な打ち手であることがわかる。

先行者メリットもあり、低温調理器のカテゴリーにおいて想起されるブランドになっている。比較検討時に魅力的なレシピや意思決定を促すクーポン発行など、背中を押すコミュニケーション設計ができていることが、販売台数を伸ばしている要因だと考えられる。

オウンドメディアは「Shopify」を活用し、細部の工夫を継続しておこなっていることがわかる。わかりやすい例が、サイト訪問者の50%以上の人がカゴ落ちするので、その人たちに10%~20%OFFのクーポン案内を出すといった打ち手を地道に積み重ねている点だ。

BONIQのブランド成長要因のまとめ

BONIQの成長要因をまとめると下記の2つだと考えている。

【先行者優位と文化レベルのミッション】
低温調理器の可能性にいち早く目をつけ、『低温調理を日本に普及させる』文化レベルのミッションを掲げてクラウドファンディングを開始したこと

【強いチャネルを築く】
レシピサイトのコンテンツ量と質を増やすことに投資をし、後発で参入してくるブランドに負けないチャネルを築いていること

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もし自分がBONIQのCMOだったら?

最後に自分がBONIQのマーケティング責任者だったらどんな打ち手を考えるかを整理していく。

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BONIQは既にファンを獲得しているため、ここから顧客層を拡大する戦略を中心に案を考えてみた。

アイデア①:キャンプコミュニティとのコラボ

キャンプの愛好家は、BONIQのような新たなライフスタイルを提案するブランドと相性が良いと考えられる。キャンプ場でBONIQを活用したキャンプ飯をふるまうイベント開催などすると、顧客開拓が期待できるのではないだろうか。

「スノーピーク(Snow Peak)」のような根強いファンをもつアウトドアブランドとのコラボレーションも有効ではないだろうか。


アイデア②:蔦谷家電のようなライフスタイル訴求ができる売り場を強化

現段階では、マス層(コスパを気にする一般消費者)に買ってもらうことを考え過ぎず「ライフスタイルにこだわりのある層」を獲得することに集中することが、中長期的な成長のためには必要だと考える。

例えば、二子玉川の蔦谷家電とコラボするのはどうだろうか。こだわりある層からの評価向上やクチコミ増を狙い、最終的には「バルミューダ」や「バーミキュラ」のように、コスパ高い大衆向け商品とは異なるポジションを確立するべきではないだろうか。

参考までに、バルミューダやバーミュキュラの販売台数は下記の通りである。
バルミューダ:「BALMUDA The Toaster」の累計販売台数70万台(※2020年2月時点)
バーミキュラ:ブランド累計販売台数:50万台(※2019年3月時点)

BONIQが成長するためのポイント整理

  1. YouTubeやInstagramなどのチャネルには引き続き重点的に投資→特定プラットフォームにおいてNo.1になる
  2. 蔦屋家電などを中心にライフスタイルにこだわりのある層に重点的にアプローチし、熱狂的なファンをつくる
  3. 徐々に家電量販店を中心としたマス向けのチャネルに広げ、低温調理文化を日本に根付かせていく

『一家に一台、低温調理を』をモットーとする「BONIQ」が、低温調理器を一般家庭へと浸透普及させていくことを目指して、第一想起されるブランドとなるべき打ち手をどのようにとっていくのか、今後も注目していきたい。

クックパッドでの低温調理、動向

黒澤さんのマーケティングトレースに合わせて、クックパッドの検索データによる動向を見ていきます。


「低温調理/低温」関連キーワードは急上昇

黒澤さんのGoogleトレンド同様に、クックパッドの検索データでも2017年頃から検索頻度が増加しています。2020年月別でみると、4月まで緩やかに下降していたものが5月から上昇し横ばいに推移しています。

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検索者は男性と、子育て世代の女性たち

特徴的なのは検索者の属性です。黒澤さんのトレース通り、全体で比べると男性の検索頻度が高く、次いで40〜49歳の子育て世代の女性たちのようです。

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低温調理で作られているのはローストビーフや鶏ハム

低温調理のどんなレシピを求めているのか調べると、ローストビーフや鶏むね肉を使った「鶏ハム」や「チャーシュー」がヒットし上位にランクインしています。ほったらかし調理法で家族が喜ぶメニューを簡単に作れることをはじめ、肉の低価格化、低糖質ブームによって「肉食化」が拡大していることも一因と考えられます。

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著者情報

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黒澤友貴
1988年生まれ。ブランディングテクノロジー株式会社 執行役員 経営戦略室 室長。「日本全体のマーケティングリテラシーを底上げする」をミッションに6,000人近くのマーケターが集まる学習コミュニティ#マーケティングトレースを運営。2020年2月に書籍「マーケティング思考力トレーニング」を出版
note:https://note.mu/tomokikurosawa
Twitter:https://twitter.com/KurosawaTomoki
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