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グローサリー
[研究開発AtoZ]実験と仮説思考
食品業界の中でも、マーケティングやセールスからすると近いようで遠い存在の研究開発職。
FoodClipでは現役の研究開発職に就かれている「じゃぐさん」に、開発職の基本や最新情報などをお話いただく連載企画。第3回目の今回は、実験と仮想思考について解説いただきました。
前回記事はこちら:https://foodclip.cookpad.com/5763/
実験をしよう!
これまでは商品開発や研究についてお話してきましたが、今回はどちらの仕事にも必ず関わる業務である「実験」についてご紹介していきます!
「実験」というと、いかにも理系っぽくて高度な知識と経験を活かしておこなわれるものというイメージがあるかもしれません。確かに、専門的な装置を用いて食品中に含まれる成分を分析したり、食品成分を細胞に添加して反応性をみたり… これはもちろん実験ですが、実験には本来もっと広い意味があります。
実験とは...
“事柄の当否などを確かめるために、実際にやってみること。また、ある理論や仮説で考えられていることが、正しいかどうかなどを実際に試してみること。”
これだけ読んでみると理系要素はほとんどありません。例えば製品市場投入前におこなうマーケティングリサーチも立派な実験です。もはや市場に製品を出すことすら社会実験のひとつかもしれません。
そんな実験をおこなうときに、例えばこんな会話をした経験はありませんか?
・A案とB案が決められないから誰かに聞こう
・質問項目はプロのインタビュアーに全てお任せ
・A案を選んだ人が52%だったからA案で行こう
・調査でお客さんがおいしいって言っていたから大丈夫
こういう事例は、だいたい失敗します…。
社内の説得の為だけに使われて、本当に生活者にとって意味があるのか疑問ですし、なんなら社内説得もできないかもしれません。得られた結果から意思決定をおこなうことができない実験は失敗と言えるでしょう。
では実験をする際には、どんなことに気をつけておけば良いのでしょうか? 今日はそんな実験にまつわるお話をしていきたいと思います。
ひとことで言うと、実験を成功させる最も重要なポイントは「仮説思考」です。
仮説思考を鍛えよう!
実験とはどのような手順でおこなわれるものなのでしょうか? 私はいつも、以下のようなフレームワークで考えるようにしています。
1.目的設定
まずは何故実験をするのか、ここから全てが始まります。ここがブレるとこれ以降の作業が全て覆ってしまうため、非常に重要なポイントです。
2.背景調査
目的が決まった後(あるいは決めながら)、すでに近い実験がされていないか事前調査をします。実験条件の参考になりますし、場合によってはわざわざ実験しなくても済むかもしれません。こうして現状の課題が明確になり、解決策を考えることとなります。
3.仮説構築
ここが最も重要なポイント!調査後すぐにでも実験してみたくなるものですが、ひと呼吸置きましょう。背景調査で課題と解決策に対する整理をすると、こんなことが起きるのでは?それをどうやって確かめるか?という仮説を立てられるようになります。
4.実験設計
仮説に基づき、実験の条件を緻密に設計します。例えば、どんな水準(何と何を比較するか)で、どれだけの例数(試験をする数)で、どんな測定方法で、など。ここで実験の成功失敗のほぼ全てが決まると言っても過言ではありません。
5.検証実験
ここまでの流れで作ったものに対し、ついに検証します。お金がかかったり経験が必要だったりと、苦労することも多いですが一番ワクワクするタイミングでもあります!
6.データ整理・可視化
無事に入手したそのままのデータ(生データ)を加工し、そのデータがきちんと取れたのか、どんな性質のデータが取れたのかを確認する作業が入ります。地味ながらもここも非常に大切な作業で、他人(委託業者や調査会社)任せの加工されたデータに慣れてこの作業を怠ると判断を見誤ります。
7.データ解析
得られたデータを解析し、3.で構築した仮説が正しかったのか否かを確認する作業をおこないます。ここで大切なことは感覚的に判断せず、統計学に基づいて仮説を検証することが大切です。ここで統計的に処理できないようなデータ取得をしているのであれば、そもそも4.の実験設計でミスを犯しています。
8.考察
よくレポートなどで「考察せよ」と言われると難しそうと構えがちですが、ここまでがしっかりしていればまとめるだけです。つまり、解析結果と仮説を照らし合わせて、例えば「3.の仮説は正しかったか?」「4.の実験条件の範囲外の何がわかってどこが限界点なのか?」などを精査していきます。
9.結論
1〜8をまとめると完成!
仮説を立てずに漫然と実験しても、たまたま良い結果が得られるということはまずありません。むしろ、事実に反した一見素晴らしい結果が得られてしまう危険性すらあります。
逆にダメだったという結果が出ることは失敗ではありません。結果がダメかどうかもわからないことこそ失敗であり、設計が疎かだとその罠にはまることがあります。
この流れは、学術的な論文や特許公報なども非常に近い作りをしており、理系の人間にとっては身につけるべき必須のスキルとも言えるでしょう。
とはいえ、これだけでは抽象的でわかりにくいので、具体的な事例を挙げてみます。今回はあえて理系から離れた「マーケットリサーチ編」と、理系ど真ん中の「商品開発編」でお届けします!
マーケットリサーチの場合
1.目的設定
今回は主力商品であるグミの売り上げが年々減少気味なので、テコ入れのためリニューアルを検討しています。そこでまずは売上が減少した要因を探りました。
2.背景調査
自社のグミは仕事中の小腹を満たしとして、30代〜40代女性によく購入されていますが、POSデータなどパネル調査をする中で、特に上記ターゲット層の購入減少幅が顕著であることがわかっていました。そこで、ターゲット層に対してデプスインタビューやグループインタビューなど定性調査を実施しました。
3.仮説構築
調査の結果、健康志向の高まりからグミを忌避し始めている可能性が浮上。栄養素「あり」と「なし」では明らかに「あり」のほうが購買意向が上がりそうだということも別調査で判明。そこで、「グミに何かしら機能性成分を配合すれば健康志向のターゲット層の離脱防止及び復帰が見込める」という仮説を立て、商品開発部門と相談の上「ビタミンC」「鉄分」のうちいずれの成分がターゲット層に刺さりそうか検討を始めました。
4.実験設計
ターゲット層100名に対して、それぞれの栄養素を含有した2案のパッケージを提示して、どちらに対する購入意向が高いか選択式のアンケートに答えてもらいました。その際に、回答者の背景情報として、年齢や現在および過去の購入頻度のヒアリングも合わせて実施しています。
5.検証実験
今回は時間と予算の関係で、インターネットによる簡易的なフォームに答えてもらう形で実施しました。
6.データ整理・可視化
無事100名のデータが集まったので、2案のいずれを選んだかそれぞれの購入意向を算出した結果、「ビタミンC」が48%、「鉄分」が52%となりました。なんとなく鉄分の方が良さそうですが、本当でしょうか?
7.データ解析
データ解析のため、統計処理をおこないます。サンプルサイズが100名の場合、48%対52%では2つのサンプルに有意差があると判断できないので、今回の結果は統計的には差がない(=たまたま差がついただけ)という解析結果になりました。そこで検証したい仮説に基づき、離脱したor離脱しそうな人30名に絞って層別に集計したところ、「ビタミンC」が70%、「鉄分」が30%と逆転し、この場合は二つのサンプル間の購入意向に有意差があリました!
8.考察
今回の結果から、ターゲット層全体ではどちらの栄養素を配合しても変わりませんが、目的として設定した「ターゲット層の離脱防止および復帰」を達成するためにはビタミンCを配合したほうがより効果があるという考察ができます。
9.結論
30代〜40代のターゲット層のグミ購入頻度が低下していく中で、それを食い止めるには栄養素の中でも特にビタミンCを配合すれば良さそうです。
商品開発の場合
1.目的設定、2.背景調査
今回マーケティング部門から「ビタミンCがたっぷり入ったグミを発売したい」と提案がきました。ではビタミンC(以下VC)入りグミを試作する時に何に気をつけなければならないか、調査をしてみたところ以下のようなことがわかりました。
・VCたっぷりを表示するには基準値がある
・VCは熱に弱く、酸化され減ってしまう
・VCは溶液中で褐変すること
どうもVCを配合しようとすると、いろんなことに気をつけなければならない要注意成分のようです。ということで今回の実験の目的を以下のように設定しました。
「賞味期間内にきちんとVC量をキープできるレシピを作る」
3.仮説構築
VCは分解されやすいらしいので、熱や酸化に弱いということはそれらをどうやって防げば良いでしょう?
・そもそも本当にVCは分解されて少なくなる?
・抗酸化能のあるポリフェノールを配合したら?
・脱酸素剤をパウチの中に入れてみたらどう?
・とにかくVCをたくさん入れてみたらどうか?
・でも入れすぎたら褐変して見た目が悪くなる?
調査をしたおかげで、いろんな仮説が立てられそうです。
4.実験設計
構築した仮説をベースに以下のような試験水準を考えてみました。
水準1.VC10mg配合グミ
水準2.VC10mg+茶ポリフェノール1mg配合グミ
水準3.VC10mg+茶ポリフェノール2mg配合グミ
水準4.VC10mg配合グミを脱酸素剤と共に保管
水準5.VC20mg配合グミ
重要なポイントとして、水準1のような基本的なもの(control群)を比較対象として置かなければ話になりません。グミ中の成分がバラつく可能性もあるので、各水準の例数を3つずつ試作します。
5.検証実験
実際に水準1〜5のレシピを試作します。
グミ自体の作り方や加速劣化試験、賞味期限の推定方法、VC量の測定方法など、実験器具やノウハウが必要になる部分も多いですが、幸い社内に知見があったのでスムーズに進められそうです。例えば、賞味期限推定は化学反応速度を予測するアレニウス式がよく用いられますね。
6.データ整理・可視化
各水準のVC量のデータが上がってきたので、平均値や標準偏差を計算したところ、バラつきも小さくきちんとデータが取れていることが確認できました。例えば1週間熱をかけた時のVC量は以下のように変化していました。
水準1.10mg→6mg
水準2.10mg→7mg
水準3.10mg→8mg
水準4.10mg→6mg
水準5.20mg→15mg
7.データ解析
賞味期限推定計算をしたところ、水準3の量ほど残存していれば賞味期限内にVC量をきちんと保つことができそうです。水準5でも量は保てていますが、現物を見たところ色が茶色っぽくなっており、商品としては難しそうでした。数値だけでなく現物を見ることも大切です。
8.考察
今回幾らかの仮説を立てましたが、今回の条件においては
正しかった仮説
→VCは分解されるが、ポリフェノールで防げる
→量を増やすと見た目が悪くなる
間違っていた仮説
→酸素を除去してもVC減少はとめられない
ただし限界点として、あくまで理論値であること、工場で作った時と全く同じにならないこと、流通時により過酷な条件に置かれるかもしれないことなど、実態として今回とは異なる条件にさらされる可能性が挙げられます。
9.結論
賞味期間内にきちんとVC量をキープできるレシピを作ることを目的として、さまざまな水準の試作を実施し、加速劣化試験にかけたところ「VC10mg+茶ポリフェノール2mg配合グミ」のであれば、試作条件下においては目的を満たす。
終わりに
今回の事例は条件や結果など含め全て私の妄想ですが、こういった課題にぶつかるようなシチュエーションは、よくあるのではないでしょうか?
特に実験をする前に仮説を立てておくことは、どんな条件で実験するか、どうやって解析して考察するかに関わってくるので、最も重要なポイントであると言えます。「仮説思考」なんて言われることからもその重要性がわかります。
実験を成功するためのスキルは、理系に関わらずビジネスのさまざまなシーンで応用できますので、まずは動き出す前に結果を想像しながら仮説を立ててみてください。
著者情報

- じゃぐ
- 食品メーカーの現役研究員。基礎研究から商品開発まで幅広い業務経験を持ち、学生時代から栄養学や薬理学を専門とするなど、一貫して食と健康の課題に取り組んでいる。科学全般や理系就活生向けの話題もSNSで情報発信中。
https://twitter.com/food_juggle