新しい食事スタイルで調理負担軽減。有賀 薫さんの提案

新しい食事スタイルで調理負担軽減。有賀 薫さんの提案

コロナ禍で家庭の調理機会が増えた2020年は、食の価値の大きな変化を感じる年でした。先行きの見えない中で、今後食のトレンドはどう変化し、生活者からは何を求められていくのでしょうか。FoodClipでは新春特集として、食品業界を担うキーマンの思考を連載形式でたどります。今回はスープを軸にしたレシピ本を出版し、書籍や雑誌などで活躍する料理家の有賀薫さんをお迎えし、2020年の動向と今後の見立てをうかがいました。(聞き手:FoodClip編集部)

お話をうかがった方

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スープ作家
有賀 薫 さん

約9年、3,000日以上にわたり、毎日スープを作り続けている。おいしさに最短距離で届くシンプルレシピや、家庭料理の考え方などを発信中。著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス・第7回レシピ本大賞入賞)。
最新刊『なんにも考えたくない日は スープかけごはんで、いんじゃない?』(ライツ社)

Instagram:arigakaoru / Twitter:kaorun6 / note:kaorun / Youtube:有賀薫

2020年振り返り

ー有賀さんの2020年は、どんな一年でしたか?当初の活動予定に変更などもあったのでしょうか?

2020年が始まった当初は、“外に出ていく年にしよう”と考えていました。普段はSNSで情報発信することが多く、限られた世界から情報を得ているところもあるので、そこを飛び出した活動をしていきたかったんです。出版イベントで地方の書店へうかがったり、食の分野ではない人とキッチンについて話したりと。

新型コロナウイルスが本格化する以前の2月には、異業種で料理の話をしようとアーティストの坂口恭平さんと対談しました。実は、その後も色んな方と対談したいと思っていたのですが、イベント自体をやることが難しくなってしまって。これはきついなと思いました。

それで、とにかく誰かと生で喋っているところを見てほしくて、オンライン配信をスタートさせたんです。外出自粛期間中は、Twitterで夜にユルっと雑談をするような配信がほとんどだったのですが、癒されるというお声もいただいて、視聴者には大変喜んでもらえました。ストレスフルな状況で「肩の力を抜いていこう」というメッセージがきちんと届いたんだと思います。「ご飯作り大変です」や「スープとご飯だけでいいんだ」といったリアルな感情が聞けて、不安な状況下でいち早く繋がったというのが良かったんだと捉えていますね。


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ーコロナ禍で感じた食の変化はありましたか?

学校は休校に、企業はリモートワークとなり、家庭内で料理をする機会が飛躍的に増えたことによって、ライフスタイル関連、料理関連の需要が高まり、私自身も忙しかったです。

ネット上では外出自粛期間中、お店が休業になったシェフや料理教室をやっていた人が、InstagramやTwitter、FacebookなどのSNSに集まり、情報が過多になっていた印象でした。6月以降は家庭での料理が常態化し、家庭で料理に求められるものが変化。日々の食を回していくための質実な情報と、食べる楽しみのエンタメ情報、その両方が求められるようになりました。私もそうだったんですが、毎食自分の料理って食べ飽きるんですよね。その中で、非日常性や、驚きのある食材や料理が注目される傾向にあるなと思いました。


ーSNSでは梅仕事やケーキ作りも注目を集めていましたね。

この数年間は、旨味を強調した料理を時短・簡便に作るレシピや料理家さんが注目されていましたから、真逆ですよね。コロナ禍で、梅干を漬けるとかパンを手作りするような、いわゆる「ていねいな暮らし」が戻ってきたと分析する人もいますが、個人的には少し違う見方をしています。生活者に「暮らしをきちんとしたい」という根本的な願望があるわけではなく、ていねいな暮らしを切り出したミニトレンドを取り込んで楽しむというか。必ずしも懐古主義的なものではなく、外食に求めていた料理のエンターテイメント性を家の中に求めて生まれた需要だと思うんです。


ーこの時期、ご自身で出版されたスープのレシピ本についての反響はいかがでしたか?

9月には、昨年出版した「朝10分でできる スープ弁当」が第7回 料理レシピ本大賞 in Japan 2020【料理部門】で入賞しました。同時期に「スープ・レッスン2 麺・パン・ごはん」を出版。売場でも展開いただき「料理の機会が増えて、よく使っている」と言ってもらえることも多いですね。


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12月には新刊の「なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?」も出ました。こちらは、麺、パン、ご飯の主食とスープをかけ合わせた「スープレッスン2 」とコンセプトが似ていて、昼ご飯を家で食べるときに、ひと鍋で作れて一皿で食べられるスープかけご飯のレシピを紹介しています。より簡単な料理が必要とされている状況下で、食べるのも片付けるのも楽なレシピ本を皆さんにご提案できるのは、タイミングとしては良かったかなと思っています。

スープかけご飯についてはいわゆる「ねこまんま」のイメージがあり、行儀が悪いと思われる方がいるのが今後の課題ですね。インドのミールスはお皿の上でスープやおかずを混ぜながら調味して食べますが、日本人の場合は器を分けて口の中で調味する文化。どうしてもお皿の上で混ぜることや、ご飯茶碗を汚すことに抵抗があるんです。やはり食べ方のスタイルの変化は浸透させるのが難しいな、と感じています。でも、食べ方のスタイルとしては絶対にアリ!これは、単なるレシピ提案ではなく、大きな枠で食べ方の提案です。私一人だけではなく、大きな輪でうまく広げていけたらいいなと思っています。


ー今後、スープかけご飯が食卓に浸透していくこともありそうですね。

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世の中の流れとして、求められている気がしますね。食品メーカーさんからもそれに近いレトルト食品が出始めています。もっと日本人の感覚に合わせて工夫をして、手作りの価値はそのままに皆さんの料理への負担を少しでも軽くできればいいなと思っています。

日本人って一汁何菜が基本でご飯、汁物、おかずと区分されているので、そのトライアングルをうまくお皿の中に作るともっと浸透しやすいかもとか、ご飯にスープをかけるだけでなく、何かトッピングしたり、味変できるものがあるといいなとか、色々と試行錯誤していきたいですね。


ー料理家として今の食の変化をどう捉えていらっしゃいますか?

春からの流れを見ていて、今こそライフスタイルの変化にあわせて、食のスタイルを変化させるチャンスだなと感じています。従来からの自炊は家事を担当する人にとって大きな負担がかかるシステムです。お家で食べる楽しさや豊かさを残しながら、もう少し負担を軽くできる食を考えていくタイミングです。その一環としても、上半期はスープかけご飯を浸透させていくために一生懸命活動し、私自身、料理家として料理のレシピだけでなく、ライフスタイルのレシピを作ることを意識していかなければと考えています。

2021年は・・・

ー2021年は、どんな活動をされる予定ですか?

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まだ文章なのか、配信なのか未定ではありますが、自炊することの意味や価値を発信していく予定です。料理を手作りする価値は生活を豊かにしたり、コミュニーションを生む部分にあると思っています。食は合理性のみを追求すると、工場で作られたものをレンジで温めるのが一番手っ取り早いんですよ。だからこそ、料理を作るハードルを下げつつ、作る価値を感じられる料理を発信し、手作りする価値を残すような方向に持っていかないと、料理が手出ししにくいものになって、その結果、生活しづらくなっちゃうんじゃないかと思っています。時間ができたから時間をかけて作るというよりも、また違う新しい視点を入れながら、食を取り巻くライフスタイルを考えていきたいです。

あと、料理を簡単にする取り組みとは別の軸で、ここ数年スープとマインドフルネスって結びつかないのかな?と考えていて。


ーマインドフルネスは、食の価値再編の流れでも話題になっています。食や料理の価値として、心と向き合う料理はより一層注目されそうですね。

私、ブイヨンを真夜中にとっていて、瞑想的だなと思う瞬間があるんですよ。というのも料理で扱うものって、基本的に全て自然物なんです。料理は自然と向き合う行為なので、心が癒される効果があって、自分と向き合うことや瞑想に繋がるのではないかと考えています。心が内側に向きやすい今だからこそ、料理を精神軸で発信するのは皆さんに届きやすいのではないでしょうか。

他にも、チャレンジしていきたいことはまだまだあります。私は基本的に「料理でどうコミュニケーションをとるか」を考えている人間なので、今後も人とのコミュニケーションや、人の心と向き合った発信をしていきたいですね。



writing support:Akira Fukui





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