
食の未来
新時代の外食キーワードは、GO TO 孤独のグルメ
FoodClipでは新春特集として、食品業界を担うキーマンの思考を連載形式でたどります。今回は、南インド料理店「エリックサウス」の料理長であり、チェーン店ウォッチャーとしての顔も持つ稲田俊輔氏が登場。長年チェーン店ならでは楽しみ方に注目し、SNSで発信し続けてきた稲田氏に、コロナ禍でのチェーン店事情についてお話をうかがいました。(FoodClip編集部)
お話をうかがった方
株式会社円相フードサービス
専務取締役
稲田 俊輔 氏
はじめに
―稲田さんがもともとチェーン店に注目し始めたきっかけを教えてください。
私は、これまで20年以上も飲食業に携わってきました。円相フードサービスでは、エリックサウスを始め、和食店やカレー店、カフェやフランス料理店などさまざまな業態の店を展開しています。チェーン店というのは最大のライバルでしたが、自分の中にチェーン店に対する偏見がありました。
「値段も安いけど、味もそこそこだろう」と思っていたんです。でも、仕事柄どうしても食事の時間が不規則になりがちで、仕事終わりには、行きたい店は閉店しています。そこで、しぶしぶチェーン店を使わなくてはいけなかったんです。「どうせチェーン店で食べるならば、おいしく食べたい」という職業病のようなものがあり、メニューの隅々まで読み込み、チェーン店のいいところを積極的に拾っていくようになったんです。
―サイゼリヤについて書いたブログが話題になり、ネットで拡散されましたね。
サイゼリヤという店は、大変使い勝手のいいディナーレストランであるということ、世の中のほとんどの人がサイゼリヤの正しい使い方を知らない、知ろうとしないとブログに書きました。
チェーン店を真面目に利用していくと、QOLが爆上がりすることに気が付いたんです。しかし、ネットを見回すとチェーン店をバカにしている風潮があり、個人店はよいしょするのに、チェーン店には冷酷なことを言う人が多かった。けれど、どんな店でもその店を支える人が必ずいます。チェーン店に残酷な言葉を投げかけることに違和感を感じるようになったんですね。そこでブログで、サイゼリヤでおすすめのカップルディナーコースをアンティパストからドルチェまで組み立てたりしていました。それから、ロイヤルホストやガスト、バーミヤン、デニーズなど色んな店を深堀りし始めました。
神宮前に店を構える「エリックサウスマサラダイナー」
2020年コロナ禍の外食チェーン店
―コロナ禍で、チェーン店はどのような変化をしていったと思われますか?
去年の年末から今年の頭にかけて、チェーン店で面白いメニューが次々に登場してネットでは盛り上がっていました。例えばサイゼリヤのアロスティーニ、松屋のシュクメルリ、富士そばの肉骨茶そばなどです。
ネットが成熟していく中で、こうしたチェーン店はネット上で、そのメニューを開発した物語をいくらでも語ることができる。ネット民を味方につけたチェーン店がマニアックなメニューで攻めの姿勢を見せてくれました。この流れが盛り上がりつつあった時に、コロナ禍に入ってしまい、どのチェーン店も一度守りの姿勢に入ってしまったのはショックでもありました。
ですが、コロナ禍において、チェーン店を含む飲食店に起こりつつあったさまざまな変化が加速されつつあります。それは、“お一人様”と“テイクアウト”の上手な利用です。
もともと飲食店はおいしいものを食べる場であると同時に、人と人が集う場としての役割も大きかった。純粋に食事を楽しむ場と、集いの場としての利用。この2つははっきりと区別できないけれど、実は集いの場としての市場規模の方がはるかに大きいと実感がありました。しかし、コロナで集いの場としての役割が機能不全に陥ってしまったんです。そこで、飲食店というのは、おいしいご飯を食べる場所として成り立たなければいけなくなったので、原点に立ち戻ったと思います。
―飲食店が食べる場所であると原点に立ち戻った時に、あらためてチェーン店の強さはどんな所にあるんでしょうか?
もともとチェーン店は、デートや会合、会食などの集いの場として使われることが少ないですよね。個人で行く店であり、個人の欲望に支えられていたので、コロナ禍でのダメージは少なかった。世間ではチェーン店の閉店や赤字のニュースが流れるので、飲食店の中でもチェーン店が一番打撃を受けているかのような印象を受けていますが、現実に最も甚大な打撃を受けているのは、非チェーン店です。純粋に食事を目的として個人で訪れやすいチェーン店は、非チェーン店と比べると打撃はまだましでした。また、安心・安全であるのもチェーン店の重要な要素です。ここもコロナでクローズアップされ、他を引き離した要素でもあります。
―コロナ禍では、デリバリーサービスを積極的に利用していたとお聞きしました。
緊急事態宣言中も出張などがあり、外食に頼らざるを得なかったのですが、店が閉まっていたので「Uber Eats」の生活をしばらく強いられていたことがありまして。どうせデリバリーを頼むなら、楽しんでやろうと。
そこで分かったのは、デリバリーで満足できる店、満足できない店の境界線がはっきり引かれたことです。デリバリーの料理はものすごくデリケートなんですね。どういう容器に入れるのか、ドレッシングやソースは分けるのか、かけてしまうのかなど、小さなディテールで差が出てくるんです。元の料理の美味しさよりも、デリバリーに転換した時にそれ以上の差がさまざまな要素で出てくることに改めて気が付きました。
その中でチェーン店は、料理本来の持つスペックを最大限に発揮するデリバリーだったんです。お店で食べるのに限りなく近いというか、お店で食べるのとほとんど同じものが出てきたんです。
例えば、デニーズのサラダです。サラダもデリバリーには向かない料理で、包材が小さければ野菜がつぶれてしまうし、大きければ包材の中で野菜が揺れて痛んでしまう。大きくても小さくてもダメ。その中で、デニーズのサラダの包材はまさにジャストサイズだった上に、蓋にくぼみがありまして、そこに保冷剤がぴったりと収まっていたんです。
もう1品はカレー。カレーもデリバリーの間にこぼれてしまったりと問題の多い商品。デニーズはセントラルキッチンを持っていて、カレーは1食ずつパウチに入って冷凍されたものが各店に運ばれているのですが、デリバリーではそのパウチをあたためて、ご飯と別添えでパウチごと提供していました。これは、最初驚いたのですが、彼らが持つメリットを最大限に活かし切った結果です。
さらにそれを象徴したのがサイゼリヤの大容量パックです。始めは一部の店舗で実験的におこなわれたのですが、工場から店舗に送られてきたものを小分けにせずそのまま販売していたんです。イタリアンプリン9個入り、ティラミスクラシコファミリーサイズ6人分、辛味チキン約40ピースなどです。12月からは正式に辛味チキンの販売を始めています。これが、チェーン店ができるテイクアウトの最上限で、これ以上劣化のしようがないですよね。
外食産業のこれから
―2021年の外食産業は、どのような方向に向かうのでしょうか。
やはり、会合や会食、宴会などが制限されるので、個人需要がカギになると思います。お一人様のお客様をいかに大事にするか、お一人様でいかに楽しむかです。
そのロールモデルは、「孤独のグルメ」にありました。主人公の井之頭五郎さんが、一人で飲食店を訪れ、おいしそうにご飯を食べる。このドラマが好きな人のタイプは2パターンに分かれます。「自分が一人飯する時、まさにあんな感じ!」と井之頭さんに共感する人と、「世の中にこんな飲食店の楽しみ方をする、変わった人がいたんだ」という人。どちらの人も共通しているのが「自分もああいう風に一人飯を楽しみたい」ということです。
結果的にこのドラマは、一人飯の楽しみ方のロールモデルを提案したと思います。今後、飲食店がお一人様にアピールする上で、このロールモデルがあったというのはすごく意義があることです。お一人様の食事は簡素に済ませがちですが、それが主流となると外食の市場規模は狭まっていきます。一人であってもプチ贅沢ができることを後押ししてくれたのが「孤独のグルメ」なのだと思います。
お客様側は、自分がいかにして一人でも食を楽しみ、食べたい欲望を満たすかを真剣に考える。そうすると、飲食店側も真剣に食いしん坊の願望を拾っていくと思います。飲食店側もお一人様大歓迎だということをアピールをして、「GO TO EAT」ならぬ「GO TO 孤独のグルメ」が広がっていくといいなと思います。
writing support:Yasue Chiba
著者情報

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