
食の偏愛コラム
和定食にも通じる?今注目のネパール料理「ダルバート」
90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
毎日の食卓を楽しくする「料理の知恵」メディア【クックパッドニュース】より
「ネパール料理」がじわじわ人気に
最近、ネパール料理の人気が高まっているらしい。流行を掴むのが得意なプロ向け出版社、柴田書店が2020年6月に『ダルバートとネパール料理』を出した。また、7月には『南インド、ネパール、スリランカ 3つの地域の美味しいカレー ミールス ダルバート ライス&カリー』(インセクツ)も出ている。
2018年5月11日には、東洋経済オンラインで「新大久保『おかわり自由500円カレー』の衝撃 ネパール版定食『ダルバート』とは?」という記事が出ていた。新大久保では500円のワンコインで楽しめるネパール料理の定食「ダルバート」を出す店が増え、名物になりつつあるそうだ。背景には、10年で約6・4倍にも増えた在日ネパール人人口がある。ネパール料理の人気は、その後新大久保の外へと広がりつつあるのか。
クックパッドの食の検索サービス「たべみる」では、早くも2017年からネパールのキーワードによる検索数は増えている。3年前から流行は始まっていた。
柴田書店の本を出したのは、ネパール料理にハマった料理人の本田遼さん。大阪で二つもネパール料理店を開き、今年7月には東京・豪徳寺に3店目となる「OOLD NEPAL TOKYO」を出店。同書によると、ネパール料理はインド料理に比べて使うスパイスの量や種類が少ない一方、ニンニクとショウガを大量に使う。
この本では目立って使われていないが、以前私が『パクチーとアジア飯』(中央公論新社、2018年)でネパール人留学生(現在は日本の会社員)のケサブ・ラジゥ・ポッケーレルさん(通称ケス君)に聞いた話では、仕上げにパクチーも入れるらしい。『アジア食紀行 コウケンテツが行くネパール』(NHK-BS1)でも、カレーを作る鍋に大量のトウガラシやフェヌグリークなどのほか、生のパクチーも大量に入れていた。
ケス君によると、ネパール人はダルバートを朝晩の食事にしていて、間にビスケットやパスタなどの軽食を2~3回食べるそう。そんな軽食の定番で、ネパールの肉まんともいうべきモモも最近人気が高い。モモは、ネパール人の国民食だ。
多様化していく、現代の南アジア料理
ネパール料理の人気の理由を考えると、少し前までブームだった南インド料理の場合と共通している。スパイスを使う量が少なく、あっさりめ。軽食がおいしい。ナンではなく、ご飯に合わせて食べる。ダルバートは南インド料理のミールスと同じく、ご飯にカレー、汁物、野菜料理が並ぶもので、和定食に通じている。ミールスブームに続く、目新しい南アジアの料理として、ダルバートが注目されているのかもしれない。
1980年代に最初のブームが来た、ナンがつくインド料理は、北インドの宮廷料理にルーツを持ち、インド人の日常食とは異なる。ごちそうだから、インパクトがあるおいしさである一方、カロリーが多めなのでお腹の調子が悪いときには避けたくなる。
南インド料理ブームの背景にも、南インド出身者が日本で増えた、という事情があった。ネパール人が急増したのは2010年代だから、現地出身者の人口増に合わせて飲食店が増え、やがてハマった日本人の店も増える、とパターンも似ている。東洋経済オンラインの記事でネパール語新聞『ネパリ・サマチャー』編集長のティラク・マッラさんは、東日本大震災で中国や韓国の留学生が引き揚げてしまったため、日本語学校がネパールなどの学生を積極的に呼んだこと、また日本のビザも緩和されたことが、人口増の要因だと語っている。
もともと、日本のインド料理店で厨房に入っているのは、ネパール人が多い。そういう現象が起きるかどうかは定かでないものの、もし彼らが人気に乗じて自国の料理を出す店を始めたら、もっとネパール料理店が増えるかもしれない。
スパイスが少なめのダルバートは、ふだんそれほどスパイスを使わない日本人の好みに合うだろうし、肉まんなどの点心が好きな人は、きっとモモも気に入る。
最近はアジアを中心に移民が増え、同胞者たちに向けた妥協しない本格派の飲食店が増えた。少し前までは、南アジアの料理といえばナンとバターチキンカレーがあるインド料理店一辺倒だったが、南インド料理ブームで、南アジアといっても一色ではないことに気がつく人が増えた。
ほかにも、最近はスリランカ料理店、パキスタン料理店も多い。インドについては、南インド料理のほか、ゴア料理、ベンガル料理など、地方料理を看板にする店も登場している。いつの間にか、私たちは南アジアの多彩な食文化を知ることができるようになっているのである。
著者情報

- 阿古真理
- 1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、最新著書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。
note:https://note.com/acomari/
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCvL56TitsOyGp000u5N3R2w
Website:https://birdsinc.jp/