[発見。ニッポン食文化見聞録]山形の漬物(庄内編)

[発見。ニッポン食文化見聞録]山形の漬物(庄内編)

その土地土地において伝統的に培われた「本場」の製法で、地域特有の食材などの厳選原料を用いて「本物」の味をつくり続ける人々がいます。そんな製造者たちによってつくられる「原料」や「製法」にこだわった伝統食品を通して、日本各地の豊かな食文化を探っていく新連載。
第1回目は、山形の漬物を紹介します。

芭蕉もビックリ!
庄内地方の在来種と山形の漬物

漬物の産地として誰もが真っ先に名を挙げるのは、やはり京都。京の三大漬物といえば、千枚漬け、すぐき漬け、しば漬けだ。千枚漬けは聖護院かぶ、すぐき漬けはすぐき菜を、しば漬けは加茂なす・ミョウガ・シソを刻んで漬ける。いずれも京の伝統野菜あってこそ成立する漬物である。

それでは、京都に次ぐ漬物王国は?となるとどこを思い浮かべるだろう。おそらく何も答えられないか、山形と答える人が多いのではないだろうか。

貴族の食文化、高級料理として発展した京漬物とは違って、山形の漬物は素朴な家庭の味がベースとなっている。生い立ちはまるで異なるものの、「西の京都、東の山形」とまで言われる両者に共通するのは、多くの在来種が今なお地域の人々の暮らしに深く根付いている点だ。

そもそも漬物は保存食。雪国山形においては、特に冬場の保存食としてなくてはならない存在であった。厳しい冬を乗り切るために培われてきた知恵と、最上川流域に広がる豊かな庄内平野が育んだ数多くの伝統野菜とが、山形独自の食文化形成に大きく貢献してきたのである。

今や大人気のだだちゃ豆にしても庄内地方発祥。かつては汚れて見えるうえに臭いと敬遠され、地元以外では一部の食通にしか受け入れられていなかった事実すら、我々はもうすっかり忘れてしまっている。


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漬物用在来種の代表は、何といっても温海かぶ。400年近い歴史を誇る赤カブだ。その最大の特徴は栽培方法にある。畑は斜度30度を超える急斜面。これはスキーの上級者コース並みだ。そして焼き畑伝統農法。今も肥料を与えることはない。明治以降広まった近代的な集約農法に背を向けて、庄内の人たちはこれを脈々と守り続けてきたのである。

温海かぶは、赤い皮と白い果肉のコントラストが美しい品種だ。それなのに甘酢漬けの果肉は鮮やかなピンク色をしている。だが、着色料は一切使われていない。赤紫色の果皮から出た色素で、自らを染め上げているためだ。温海かぶと温海かぶの甘酢漬けは、それぞれエシカル消費の理念に合致する品種であり漬物であると言ってよいのではないだろうか。


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続く品種は藤沢かぶ。皮が紅白二色に染め分け、長細い形をした在来種だ。ぱっと見はダイコンにしか見えない。その味は姿以上に個性的。カブらしからぬ辛味に頭が混乱してしまう。藤沢かぶは温海かぶ以上に希少な品種と言える。

藤沢かぶは鶴岡市藤沢地区に住む渡会美代子さんが、たった一人で細々と栽培し続けていたもの。高齢の渡会さんのもとで絶滅寸前となった藤沢かぶを救い出したのが、「つけもの処本長」の前社長本間光廣さんだ。今でも藤沢かぶの加工食品を取り扱っているのは本長だけである。

本長の「温海かぶ甘酢漬」と「藤沢かぶ甘酢漬」を食べ比べてみると、2つの品種の個性がよくわかる。ほんのりとした辛味を包む旨味と果肉の柔らかさが特徴の藤沢かぶに対して、藤沢かぶはキレのよい辛味とパリッとした食感が持ち味だ。ほぼ同じ漬け汁を使っているとは信じられない。

なお、作家藤沢周平のペンネームは、奥様の出身地であるこの藤沢地区からつけられている。


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民田なすは、親指と人差し指で丸を作った中に納まってしまう大きさ。江戸時代初期から伝わる小さな丸ナスも、他の地域ではお目にかかれない。

「めづらしや 山をいで羽の 初茄子」
1689(元禄2)年6月10日。奥の細道の旅中、羽黒山詣でを終えた松尾芭蕉が鶴岡を訪れた際に詠んだ句である。このナスは、民田なすであったと伝えられている。

ほとんどすべてが漬物として食べられている民田なす。食感と味はその収穫時期、すなわち大きさできまる。8gから15gがA品で、20gを超えてしまうと規格外となってしまう。直径は3㎝ほどと500円玉硬貨と同程度、重さは500円玉硬貨1~2枚程度にすぎない。そして実よりもヘタの方が目立ってしまうフォルム。これぞ関西から東北まで広く歩き回った芭蕉をも驚かせた、民田なすの特徴なのだ。

本長ではA品だけを用いて「民田茄子からし漬」を製造している。

粕漬の伝統製法

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粕漬とは、一般に日本酒を搾ったあとにできる酒粕に野菜や魚を漬けた保存食のことを言う。粕漬と聞いてピンとこない人でも奈良漬ならわかるだろう。じつは粕漬と奈良漬は、基本的には同じもの。奈良の粕漬が奈良漬とよばれて全国的に有名になってしまったため、他の地域でも粕漬を奈良漬と謳うようになってしまったというわけだ。

漬物と一口に言っても、その製法にはさまざまな種類がある。中でも最も手がかかるのが粕漬だ。何しろ昔ながらの製法を守った粕漬は出来上がるまでに1年半を要する。このうち1年間が塩漬けで半年が味付けだ。塩分濃度80%で塩蔵すると野菜は腐らなくなる。これを酒粕に漬け直して徐々に塩分を抜いていく。最終的に4%になるまで、酒粕を交換する塩抜きを4~5回繰り返すのである。


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現代の粕漬は、水で一気に塩抜きする簡易的な製法が主流となっている。だからこそ伝統製法でつくられた粕漬を口に入れた時には、手間暇を惜しまないからこその味わいを舌で探りたいものだ。

家業を守ることが山形の在来種を守る
創業110年以上「つけもの処本長」

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鶴岡市大山に店を構える「つけもの処本長」は、創業以来110年以上に渡ってこだわりの漬物づくりを続けている。

本長が漬物を作り始めたのは1908(明治41)年。灘の銘酒「白鹿」、辰馬本家酒造での見習奉公を終えて帰郷した本間長右衛門が、灘で出会った粕漬に商機を見出し、造り酒屋の多い鶴岡で自ら製造に乗り出したのがはじまりだ。現在本長ではさまざまな漬物を取り扱っているが、粕漬については創業当時からの製法を守り続けている。

変えていないのは製法だけではない。原料となる野菜についても同じである。現代の品種に比べてコスト高になる在来種を、農協経由ではあるものの委託契約栽培で買い取り続け、山形の在来種を守る者としての責任を果たしているのである。

「つけもの処本長」の新たなチャレンジ

漬物の消費量は減少の一途を辿っている。米の消費量の減り具合からして激しいうえに、減塩志向が追い打ちをかける。キムチブーム、浅漬けブームもあるにはあったが、この流れに抗うのは不可能だ。一方で、伝統にとらわれない自由な発想で開発された漬物も登場してきている。玄海漬本舗のドライフルーツ粕漬などはその典型だろう。

40歳で光廣さんから家業を継いだ光太郎さんは、状況を打開するために一気にデザインを変え、矢継ぎ早に新商品を出した。けれども最初の頃は社員から否定され続けてばかりだったそう。

「このまま今のスタイルを続けていたらつぶれる。伝統を生かしながら新しい価値を生み出すにはどうしたらいいか。数字さえついてくれば全員が納得してくれるはず。これが粕漬の技術で野菜じゃないものを漬けてみようという発想につながりました。クリームチーズの粕漬はこうして生まれた新商品です」


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クリームチーズを粕漬にした「蔵王チーズ粕漬」の発売は、本長にとって若い女性に指名買いされるようになった初めての出来事。と同時に光太郎さんにとっては、社員に社長として認められたと実感した瞬間ともなった。

「私の使命は家業を守ることと在来種を守ること。これは完全に同列です。後者はお客様から求められていることですし、社員とも共有しています。だからこそ今は焦りしかありません。売上を落としたら在来種を守ることもできなくなりますからね。生産者に利益が残る価格で一定数量をうちが買い上げ続けられるからこそ、庄内の在来種は絶滅を免れているのです」

お酒が好きで日本酒やワインとのコラボを計画しているという光太郎さんだけに、古臭いイメージを変えることに成功しつつある日本酒業界の動きは常にチェックしていると言う。新商品開発のヒントは、東京の百貨店の化粧品売り場を観察しているときに一番得られるのだそうだ。

山形の漬物は、「本場の本物」でも認定

「本場の本物」とは、日本各地の豊かな食文化を守り育てるために設けられた地域食品ブランドです。言い換えれば、その土地土地において伝統的に培われた「本場」の製法で、地域特有の食材などの厳選原料を用いてつくり続ける「本物」の味と認められた食品の証です。

山形の漬物は、「本場の本物」に伝統の味、本物の味として認定されています。
https://honbamon.com/product/16-yamagata-tsukemono/index.html


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著者プロフィール

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竹下大学
「食と農にかかわる物語づくりをお手伝い」をモットーに縦横無尽に活動中。
農作物を起点とした日本の食文化・食品加工・品種改良に詳しい。
植物好き、料理好き、酒好き。J.S.A.ソムリエ。
著書に『日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語』など。
https://peraichi.com/landing_pages/view/takeshita/
https://twitter.com/wavebreeder