[研究開発AtoZ]おいしさについて細かく要素分解

[研究開発AtoZ]おいしさについて細かく要素分解

食品業界の中でも、マーケティングやセールスからすると近いようで遠い存在の研究開発職。FoodClipでは現役の研究開発職に就かれている「じゃぐさん」に、開発職の基本や最新情報などをお話いただく連載企画。今回は「おいしいとは何か」について解説いただきました。

おいしいって何?

おいしいものが嫌いな人なんていませんよね。ふと立ち止まって「おいしいって何?」と聞かれると、意外と答えに窮するかもしれません。「おいしいはおいしいだ!」と言われたら確かにその通り。「味覚でしょ?」と言われたら確かにそれもありそう。

しかし、我々のような研究者がおいしさを突き詰めて評価をしていこうとすると、もう少し具体的な何かが欲しいところです。

実は、日本にはおいしさの研究者が企業にも大学にもたくさん存在していて、「おいしいとは何か」という問題に対して、細かく要素分解し、何らかの方法で測定し、可能な限り客観的な指標でおいしさを評価しようと試みています。

そこで今回は、おいしいという非常にシンプルな感情を細かく要素分解して、おいしいとは何か?なぜ人はおいしいと感じるのか?どうやったら、おいしいを突き詰められるのかを考えていきます!

おいしいの基本情報

まずは「おいしい」を辞書で引いてみました。

〔形容詞「いしい」に接頭語「お」の付いたもの。「美味しい」とも書く〕
① 物の味がよい。 「 - ・いお菓子」 「ごはんを-・く食べる」
② 都合がよい。利益になる。好ましい。 「 - ・いことを言われてその気になる」
〜大辞林 第三版〜

食品には三つの機能があると言われています。


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一次機能は「栄養」で、生きていくために必要なエネルギー源や体を構成する成分を補給するという大切な機能で、糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルなどがこれに当たります。

続いて三次機能として「生体調節」が提唱されており、これは体の機能を調節する機能で、近年盛んになっている健康食品の多くはこの分類に入ります。

そして今回のメインテーマである、おいしさ(嗜好)は二次機能と呼ばれており、おいしいことは食品が食品であるためにとても重要な機能ということです。

生きていくために必要なものを摂取すると快感を覚える(おいしい)というのは、非常に理にかなった摂理のようにも思えます。そんなおいしさは色々な要素に分解することができますが、私の考える要素例を以下にまとめてみました。


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大きく分けて「食べ物側」と「食べる人側」にそれぞれおいしさを決める要因があるのですが、これらを一つずつ分解して説明していきます。

おいしさの要素分解


味覚

やはりまずはここから。「美“味”しい」と書くぐらいですから、味覚が寄与していることは間違いありません。味覚には五種類あると言われており、五基本味は「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」です。

これら選ばれし五つは、味蕾(味細胞)に発現した味覚受容体にリガンド(味物質)が結合し、味覚神経を介して脳に伝わるもの、という点で共通しています。そして、「何のために存在しているか(生理的な意義は何か?)」ということも味覚ごとに説があります。

他にも「渋味」や「辛味」や「コク」は日常会話では使いますが、これらは複合的に感知していたり、違う神経を介していたりなど、基本味としてはカウントされていません。


【甘味】
・リガンド:糖類(ブドウ糖、ショ糖、果糖等)、アスパルテームなど
・生理的意義:三大栄養素の「糖質」センサー

生物にとって必要不可欠な糖類の摂取で脳内報酬系においてドーパミンの放出を促し「快」を生じると言われています。

近年は摂り過ぎの弊害も出てきており、砂糖を代替する甘味料としてステビア、アスパルテームなどが有名ですね。甘味料が変に苦かったりベタ甘かったりするのは、別の受容体に結合したり、甘味受容体への結合の仕方が違うからとも言われています。


【塩味】
・リガンド:食塩(塩化ナトリウム)
・生理的意義:塩分(ミネラル)の補給

塩味も甘味と同様に、おいしいけれど摂りすぎが問題になることが多いですが、砂糖に対する人工甘味料のようなものが食塩にはあまりないと思いませんか?実は食塩がなぜしょっぱいと感じるのか、どのように感知しているのか明らかになったのは2020年、つまり昨年なのです!この研究が発展すれば「人工塩味料」ができるのではと期待もされています。


【酸味】
・リガンド:酸(クエン酸、乳酸、酢酸など)
・生理的意義:未熟なものや腐敗を忌避する、一部エネルギーにもなる

酸っぱいものが好きな人も多いと思いますが、「甘酸っぱい」という言葉がある通り、果物や乳酸菌製品など甘味と酸味のバランスが重要になることが多いですね。

舌の細胞が酸(つまり水素イオン)を感知して酸っぱいという信号が伝わるので、例えば塩酸や硫酸も酸っぱいという噂もあります(試さないでください!)


【苦味】
・リガンド:カフェイン、キニーネなど多数
・生理的意義:毒物に対する忌避反応

本来忌避すべき味である苦味。他の味覚とは比較にならないほど、苦味を感知する受容体にはたくさんの種類(30種類程度)あり、人類がいかに苦味を避けようとしているかがわかります。

でも慣れてくると苦味にハマる現象を感じたことがある人も多いですよね。ビールしかり、コーヒーしかり、山菜しかり。苦味がおいしさに大きく寄与していること自体は、間違いなさそうです。

【うま味】
・リガンド:グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸など
・生理的意義:たんぱく質のセンサー

このうま味は昆布やカツオ節など、いわゆる出汁の中から日本人が発見したことでも有名で、基本味に加えられたのはごく最近。英語でも「UMAMI」と呼びます。

糖や脂質や脂質と同じように、うま味物質の脳内報酬系を活性化することが知られています。それらの味をうま味で代替できないかという検討はよくなされているようですね。

ちなみに私の経験上、うま味の認識ができる人は意外と少ないです。ご自宅に味の素があればぜひ舐めてみてください。それがグルタミン酸ナトリウムのうま味単独の味です。


【その他 第六の味覚候補】
・脂肪・脂肪酸
→炭水化物とたんぱく質があるなら脂質もあるだろう!と研究されています。甘味やうま味と同様に脳内報酬系を活性化します。

・カルシウム
→近年話が出てきており、こく味がこれなのでは?なんて説も


嗅覚

✔朝食に提供されたトーストとコーヒー
✔鉄板の上でぐつぐつしているソース
✔スタミナが出そうなうなぎの蒲焼

おいしさにおいて「味覚」は確かに大切ですが、「風味(フレーバー)」という言葉が香りも含んでいるように、香りも非常に重要な構成要素です。

嗅覚が味に大きな影響を与えている事例を紹介しましょう。もし手元にジュースがあれば、試していただきたいのですが、ぜひ鼻をつまんで飲んでみてください。

さて、何の味かわかりますか?りんご?オレンジ?ぶどう?実は味覚だけで何のジュースか当てるのはとても困難です。

では、つまんだ鼻を解放してみてください。すると、戻り香(レトロネーザルアロマ)と呼ばれる香りが口などの消化管から鼻に戻って、何を飲んでいたかわかるようになります。

風邪をひいた時に味を感じにくくなる現象がありますが、味覚の感度低下もさることながら、嗅覚の影響は馬鹿にできません。ちなみに嗅覚受容体は400程度あるとも言われており、味覚とは段違いの多さです。


体性感覚

聞き慣れない言葉かもしれませんが、物理的感覚(テクスチャー)や温度感覚、痛覚などがこれにあたります。


【テクスチャー】
例えば食感、舌触りや喉越しなどですね。同じ豆腐でも絹ごしのようなとろけるような舌触りのものと、木綿のようなしっかりしたものとでは、おいしさも違います。パリッとしたクッキーもあればしっとりしたものもあります。

ゲル化剤などの配合の違いや、後工程の違いなどでテクスチャーを変えておいしさをコントロールしています。

テクスチャーは職人の世界のように思われがちですが、実は物理化学、特に流体力学の知識が必要となってくる非常に学術的な分野でもあります。


【温度感覚】
例えばアイスクリームは溶けると甘すぎて食べられないなんて経験ないでしょうか。これは甘味感度が温度によって変わるためで、冷たいと鈍くなります。

また、辛いもの(唐辛子)や冷感のあるもの(ミント)などもありますね。これらはTRPチャネルという温度を感知するチャネルのリガンドとして働き、熱さ・辛さ(hot)や冷たさ(cool)を感じます。


【痛覚】
痛覚も同じTRPチャネルから三叉神経を介して感知します。炭酸刺激、唐辛子(カプサイシン)の刺激、わさび(アリルイソチアシネート)刺激、その他スパイス(ジンゲロール)など、いろいろありますね。

前述の通り、味覚とは受容機構が全く違います。苦味と同様、TRP刺激も小さい頃から好きな人はほとんどいないでしょう。もちろんそのまま大人になっても嫌いな人も多いですが、好きな人はとことん好きになりますよね。人体は不思議です。


視覚

「目においしい」なんて言う表現もありますよね。実は視覚とおいしさもかなり研究がなされています。今回はちょっと変わった事例をご紹介しましょう。


【色】
皆さんワインの味の違いってわかりますか?ブドウの品種や年代、シャトーの違いではないですよ。赤ワインと白ワインの区別がつくかという実験です。馬鹿にするなとお思いかもしれませんが、実際にこんな実験がおこなわれています。

フランスで醸造学を学ぶ学生に対して、ある赤いワインを飲んでもらい、感想を求めました。当然のように多くの人は赤ワインでよく使われる表現で感想を述べていきます。でもそのワイン、実は白ワインを赤く着色したものだったのです。つまり、色に騙されて味を勘違いしたわけですね。誰一人このトリックに気付かなかったとか。

このワインの事例は極端ですが、他にもかき氷シロップの味は全て同じで色と香りが違うだけという話もありますし、それほどまでに色はおいしさに影響を与えていると言えます。


【情報】
情報が味に影響することも、さまざまな実験からわかっています。例えばこんな説明がされたらおいしそうに感じませんか?

✔ ︎契約農家が手塩にかけて育てた有機野菜
✔ ︎茶師も認めた、急須で入れたようなお茶
✔ ︎じっくり3年熟成発酵させた希少なエキス
✔ ︎産地直送、国産本マグロ

中身は同じ食品でラベルだけ入れ替え、テスターに提供して実験するような趣味の悪いことをしている研究者もいるようです(笑)


聴覚

ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)というのがYouTubeなどの動画サイトで流行っているのをご存知でしょうか?

端的にいうとリアルな音体験なのですが、シャキシャキしたものを食べる咀嚼音、とんかつを包丁できる時のザクザクという音、ビールなど炭酸をコップに注ぐ音、どれも食欲をそそられます。

嗅覚の重要性が鼻をつまめばわかるのと同じように、何も聞こえない状態で食事をしてみるのも面白いかもしれません。


食べる人側の状態

さて、ここまでは食べ物自体の味や香りがどのように人の五感に訴えるかという話でした。では、食べる人側の違いはどうでしょう?最後に簡単に触れていきます。


【生理的状態】
空腹は最高の調味料、何て言葉もあります。喉がカラカラの時の水もおいしいでしょう。飲食する人の状態によっても「おいしさ」は変わっていきます。


【食文化】
食文化の違いも「おいしさ」を感じる違いの一つ。
海外の伝統的な食品(特に発酵食品)で受け付けないものって必ず一つはありますよね。海外の人から見た納豆もそうかもしれません。


【食経験】
過去の飲食経験があるとその「おいしさ」は変わってきます。前回感動するほどおいしかったとしても、次に普通であれば期待ほどのおいしさを感じないかもしれません。その他にも「体質」「年齢」「性別」「環境」など、食べる人側の違いによって「おいしさ」は変わってきます。

要素分解によって新しい発想につながるかも

まだまだ語りきれていないものも多いですが、おいしさを要素分解すると、ここまで細かくなります。

五感を通じて感じられる食品そのものの性質、食べる人の性質がそれぞれ複雑に交差し合ったカオスな状態に対して、人の脳は「おいしい」か「おいしくない」かという非常にシンプルな判断をします。

こうやって要素分解することで何ができるかというと、どの要素がおいしさ(売上)に貢献しているか、それぞれのパラメータを変動させることで検討できるということです。さらに、新商品を開発するときはこの要素のパラメータを入れ替えて組み替えてみると、これまでにない新しい発想が生まれるかもしれません。

おいしさを考えるときに一度要素に立ち戻ってみることで、いろんな可能性を模索してみてください。



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著者プロフィール

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じゃぐ
食品メーカーの現役研究員。基礎研究から商品開発まで幅広い業務経験を持ち、学生時代から栄養学や薬理学を専門とするなど、一貫して食と健康の課題に取り組んでいる。科学全般や理系就活生向けの話題もSNSで情報発信中。
https://twitter.com/food_juggle